弐
私は木枯らし吹きすさぶ横縞通りに来ていた。
黒いセーラー服に白いスカーフといった格好だ。
髪は迷ったが博士におさげを結ってもらった。
博士のお祖父様の喫茶店へ一つ深呼吸してから入る。
「いらっしゃい」
博士のお祖父様、他界してもうずいぶん経つらしいが、完璧に喫茶店を切り盛りしていた。
依頼主が来ていることを目で教えてくださり、私は黙礼をする。
「ごきげんよう」
依頼主しか客はいなかったので、一番奥の席へ座っていた後ろ姿へ声をかけた。
「……あ、は、はい。こんにちは」
驚いたことに、依頼主は大きな身体をした子供だった。
「あなた、春太郎くん?」
「あ、は、はい。春太郎です」
向かいの席にすわりながら、私は驚きを隠せなかった。
だって、顔は幼い子供なのに身体がもう私よりひとまわりも大きいのだ。
「あなた、お幾つ?」
「あ、は、はい。数えで十一歳です」
「ずいぶんと発育がいいのね」
「…………」
「あら、ごめんなさい!気になさっていたの?私ったら、本当に考えなしで、ごめんなさい」
「あ、いえ……」
春太郎くんは私の軽率な言葉を目をぱちくりさせて、首を振り許してくれた。
「ねぇ、あなた、何か注文なさいな。お詫びに奢らせてちょうだいよ」
私はほっとして春太郎くんに笑いかける。
「あ、は、はい。あ、ありがとうございます。では、ソーダ水を……」
私はお祖父様に目配せを送ると、お祖父様は頷いて食器棚からグラスを出した。
「あ、あなたは?」
春太郎くんはそわそわとして私に訊いてきた。
「ふふ、春太郎くん、あなた、子供なのに気がきくのねぇ。ありがとう。でも、私は飲めない食べられないのよ。これはそういう仕組みなのよ」
私はセーラー服の袖をまくり陶器のような腕を見せ、自分の手で撫で上げる。
「し、仕組み……」
「ええ、そうなのよ。だから私は春太郎くんを助けられるのよ」
少しだけ得意になって私は袖を元に戻しながら微笑む。
「………」
「そんな顔をしないで、私、きっと必ず春太郎くんを助けますから」
悲しそうに目を伏せた春太郎くんの冷たい手に私のさらに冷たい手を重ねたら彼は顔を上げ、絶望と光明をない交ぜに感じ取った複雑で大人びた表情を見せた。
「お待たせしました」
お祖父様がソーダ水を春太郎くんの前に優しく置いた。
グラスの底から湧き上がり続ける小さな無数の気泡に、春太郎くんは子供らしく目を輝かせストローから吸い飲む。
「……おいしいや」
「よかったわ。春太郎くん」
「はい」
「では、私は行ってきますから、春太郎くんはどうする?お家へ帰っている?それとも、ここで待っている?」
私が立ち上がると、春太郎くんは途端に不安そうにしてしまう。
「あ、あの、ぼ、僕は、あの、あ、あなたを、ま、待って、ま、待っていたいのですが……」
「ふふ、春太郎くん、では、待っていてちょうだいな、私、大急ぎで終わらせてきますからね。大急ぎで戻ってきたら、春太郎くん、一緒に楽しいお話をして、夕方になったら、私、春太郎くんをお家まで送ってあげますからね」
「は、はい。僕はここで、あ、あなたを……ま、待ちます」
「ええ、きっと待っていてね」
「はい」
春太郎くんは嬉しそうに笑って私を見送ってくれた。