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第4話

 



 


 ここの所、毎日雨が降っている。まだ梅雨明けは発表されていないから当たり前と言ったらそうなのだが、もう梅雨明けしていてもおかしくない時期なのでいい加減晴れて欲しい。


 いずみが倒れてからもう三日目になる。未だに起きる気配はなく、このまま目覚めないかもしれない……いや、何を考えているんだと頭を左右に振った。

 振り過ぎて目が回り、この浮遊感と共にふと昨日見た夢を思い出して身震いしてしまう。



 目の前には可愛らしい白いワンピースを着た女の子。怯えた様な顔をして俺を見ている。だが、何をそんなに怯えているのか分からない。


「  ちゃん……。可愛い可愛いボクの  ちゃん」

「ひ……っ!」

「そんなに怯えてどうしたの?」


 俺の意に反して甘い言葉が口をついて出た。本当に女の子は可愛くてその頭を撫でると愛おしささえ込み上げてくる様だ。


「ボクの可愛い  ちゃん。ずっと一緒に居ようね」

「……や、」

「うん?」

「いや、かえりたい。おうちに、かえりたい……!」


 小さな瞳に溜まった雫が溢れその言葉を聞いた瞬間、先ほどの愛しさは何処へいったのか怒りしか湧き上がってこない。


「黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」


 バシンと大きな音がして女の子が後ろへ倒れた。小さな子供に何て事をと思う間も無く、倒れた女の子の腹を蹴ろうと足を振り上げる。


 “止めろ!!”


「止め、……ろ?」

「ぱぱっ、どうしたの?」

「ケイ……。ビックリさせてごめんな」


 飛び起きた俺に驚いて目をまん丸に見開くケイを抱き締め、自分の手を見つめた。目は覚めたが、女の子を叩いた時の感触が手に残っている感じがして嫌な気分になった。



 ケイを幼稚園へ送り、出社すると早瀬が今日も会社へ来なかった。

 二日も休むなんて今まで無かった事だと心配した部長に様子を見てきてくれと頼まれ、早瀬の自宅へ向かう。あいつが休むなんて本当に珍しい。



 ザァァァァァァ……


 ピンポーン……


 呼び出しのボタンを押すが返事が無い。部屋で倒れているんじゃないかと心配になり、駄目もとで玄関のドアノブを回してみると開いてしまった。不用心過ぎるだろうと思うが今は開いている事に感謝する。


「早瀬〜? 居ないのか?」

「……、……っ……、……!」


 お邪魔しますと一応挨拶をして部屋へ上がるがリビングには居なかった。隣の部屋から呻き声が聞こえ扉を開けるとそこには喉を掻き毟りながら眠る早瀬が居た。


「っ!」


 一瞬、黒い影みたいなのが早瀬に纏わりついているのが見えた気がするが、瞬きをする間に消えたので気のせいだと思う事にした。背中がゾワゾワして気持ち悪い。


「早瀬、おい! 早瀬!」

「……っ、はぁ、はぁ」

「大丈夫か?」

「き、くち? 」


 急いで駆け寄り大きな声を上げて呼びかけると、目を覚まして驚いた顔で俺を見上げている。無精髭も生えっぱなしでこんな早瀬を見るのは初めてだった。

 荒い息を整えると青ざめた顔で“夢か”とポツリと零した。



「眠ると何かが追いかけてくるんだ。僕は逃げても逃げても最後には捕まって……っ」

「お、おい。落ち着けって」


 夢の内容を早瀬が(まく)し立てる様に話す。俺が見ている内容とほとんど同じでゾッとした。


「寝たくないのに、瞼が落ちてくるんだ……。なぁ、菊池。どうしたら良い? どうし……た……ら……」

「早瀬……おい、早瀬!?」


 俺の胸ぐらを掴み、縋ってくる早瀬がいきなりその場に崩れ落ちた。どうやら意識を失ったみたいだ。念のため救急車を呼び病院へ搬送した。


 『どこ……  ちゃん』


 意識を失う前、耳にこびりつく言葉を残してその日から早瀬は眠りについた。やはり何処にも異常は見られないらしい。……いずみと同じ症状だが、何かが違うと感じる。




 + + +




 夜にまた夢を見た。


「ほら、ご飯だよ。ちゃんと食べて」

「は、い……」


 女の子が伸ばした腕に無数に散らばる痣を見るとそれが不快でしょうがない。  ちゃんの肌はこんなに汚い色をしていないのに(・・・・)


 待て。俺は今、何を思った? 夢の男と同化していく様な感覚が、思考を塗り潰して……。



「零さないで食べなよ……。全く、やっぱりキミは  ちゃんじゃないの?」

「わたしは  ちゃんで、す。ごめ、ごめんなさいっ。ごめんなさい」

「そんなに謝らないで……、  ちゃん」

「は、い」


 ちょっと不機嫌そうにすれば、女の子は眉を下げ何度も謝る。やっぱりこの子は  ちゃんだ。頭を撫でると胸に広がるモヤモヤが無くなっていくんだ。


 別の日


 イライラする。何で笑ってくれないの。  ちゃん、ボクの事が嫌い? ボクはこんなにキミの事を想っているのに。ねぇ、どんどん小さくなっていくのはどうして?


 別の日


 また  ちゃんが泣いていた。ボクが居るのに何で泣くの。頭に血が上り顔を叩いてしまった。痛かったよね、ごめんね。でももう  ちゃんじゃないみたいだ。


 別の日


 綺麗にご飯も食べれないのか。イライラが募る。何で何でこんなに汚い色をしているの。  ちゃんはもっと白い肌をしていたんだよ。……本当に?


 別の日


 出掛けて帰ってきたら  ちゃんが逃げようとしていた。どうして、どうして? こなにこんなに大切にしているのに。また独りにするの……? ドウシテ? ドウシテボクヲオイテイクノ?


 あぁ、そうだ。  ちゃんは赤かったよね。そう思い出したよ。真っ赤だったのに何で忘れていたんだろう。あぁすごい真っ赤だ。あの時も(・・・・)真っ赤だったよね。  ちゃんは赤い色が好きなのかな? ねぇこんな所に隠れてたの?


「あぁ、ここに居たんだね……ボクのミカちゃん(・・・・)




 目が覚めた。止めていた息を吐き出すと、自分の両手を見つめその手に残る感触を思い出して嘔吐(えず)いた。


「……っぐ」


 急いでトイレへ駆け込んで吐くが、胃には何も無く、酸っぱい胃酸が出るだけだった。落ち着いた頃には空が白んできて朝を告げる。


「……はぁ、何だってこんな……」


 そのまま眠る気にはなれずに、出社するには早いが会社へ行く事にする。実家へ連絡してケイを預ける。


「まだクマが酷いよ。何もこんなに朝早く出社する事ないでしょう?」

「何かしてないと落ち着かないんだよ……。母さん、ケイをよろしくな」

「あ、ちょっと一哉!」


 小言を言われそうな気配を感じ、そそくさと実家を後にした。危うく煩いと口から出そうになった。心配してくれる母を傷付けたくはない。俺はこんなに沸点が低かっただろうか?



「あれ、菊池じゃないか。今日は早いな。どうした?」

「部長こそこんなに早くどうされたんですか?」

「早瀬があんな状態だからな。少しでも負担を……って、お前酷い顔してるぞ。寝てないのか?」


 誰もいないだろうと思っていたら、部長が既に出社して仕事をしていた。俺の顔を見ると驚いた顔をして大丈夫かと心配されてしまった。あぁ、髭を剃り忘れたが、それを抜きにしてもそんなに酷い顔をしているのか? 


「妻が入院中で、何かしてないと落ち着かないんですよ」

「おい……、いつからだ?」

「四日前になりますかね」

「馬鹿野郎、何でもっと早く言わねぇんだよ! 会社へ来てる場合じゃねぇだろうが。いや、そうさせてんのは会社か。……お前、有給たんまり残ってんだろ? それ使って休め」

「ですが……」

「うっせぇ、黙れ。上には俺が掛け合うからとっとと奥さんの所へ行けよ」


 部長が仕事モードだと口が悪くなる事をすっかり忘れていた俺は、呆気にとられて半ば強引に帰らされた。部長の言葉に甘えて今は病院へ行こう。


 病室へ入り椅子をベッドの近くへ置くとギュッと妻の手を握り締める。ただただ、早く目覚めてくれと願いを込めて。





 




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