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第3話

 



 


 妻が倒れ、急いで救急車を呼び病院へ搬送されたがその日のうちに起きる事は無かった。主治医の先生も検査をしたが、異常は無く今はただ眠っているだけで命に別状はないから様子を見ようと言っている。


 自分の実家と、妻の方の実家に連絡を入れて倒れた事を伝えるとすぐに来てくれた。


「一哉、あんた酷い顔してるよ。徹夜明けなの?」

「ん、二日続けて徹夜だったんだ。帰ったらいずみが倒れていて、起きたと思ったらまた意識が……」


 説明をしているうちに、手が震えてきて母が背中をさすってくれた。義母も手を握ってくれる。


「一哉さん、今日は私達が居るから寝て下さい。ケイも私が迎えに行って預かりますから」

「そうよ。古谷(ふるや)さん達と交代で誰かしら居る様にしておけばあんたも安心でしょう。今は寝なさい」


 二人からそう言われ、強く傍に居ると言えなくなってしまい大人しく休む事にした。ケイの迎えも任せてあるので、ゆっくり眠れるだろう。

 家へ帰ると誰もいない寝室で布団を敷いて横になるとプツリと意識が途切れた。



 また夢を見ているのだろうか。辺りは真っ暗で一筋の明かりもない。


 ズ……ズズッ……


 前と同じく、暗闇の中から何かを引き摺る様な音が聴こえる。だが前と違う所は体を動かす事ができ、ただ音が聴こえるだけだった。それでも気味が悪く離れようと脚を動かすが、どんどん音は近づいてくる。


 ズ……ズズッ……


 走る。息を切らして、音から逃げる様に走る。


「何で走っているのに近づいてくるんだ……!」


 ズ……ズズ……ズッ……


『み……つけ……た……』


 地を這う低い男の声が耳元で聞こえたかと思うと、息苦しくて首に纏わりつく何かを引き剥がしたくて掻き毟る。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 そこで目が覚めた。



「……っ、はぁ、はぁ」


 手を見れば寝ながら掻いたのか、指先に血が付いていた。

 起き出して洗面所へ行き鏡を見る。薄っすらと首を囲む様に何かの痕があり、その痕をなぞる様に掻き毟った傷ができていた。


「……ハイネックの服なんて持っていたか?」


 手を洗い、自分の持っている服を確認するが何とか一着見つけたぐらいだ。何着か買いに行かなければ。きっと、こんな傷があるなんて見つかったら母達にも心配されてしまうだろう。


 静まり返ったリビングに一時の安らぎを求め、コーヒーを淹れた。ソファに座るとふと妻の手帳がテーブルの上に置いてあり目に止まる。倒れた原因が何か分かるかもしれないと覗き見てしまう罪悪感を拭い、手帳を開いた。




 + + +




 手帳には簡易的な日記みたいに書き込めるページがあり、そこへ数週間前の物は一言二言書いてある程度だったが、ここ数日のページにはぎっしりと書き込まれていた。



 ◯月△日 雨


 ケイと二人でご飯を食べる。夫は仕事で帰ってこなかった。暗闇の中で私とケイ以外の気配がして怖い。停電になった時は居てくれる方が良いと思った。懐中電灯を寝室で見つけたが、こんな所へ置いただろうか。嫌な感じがする。

 ロックの外し方は知らない筈なのにケイが窓を開けた。それに、「お友達」とは誰の事だろう。一人で遊んで……消されていて読めない。


 夜中に目が覚めた。ケイを探したら砂嵐が映るテレビに向かって泣き喚いていた。抱き締めるとそのまま眠ってしまう。「  ちゃん」が「お友達」なの?


 ◯月×日 雨


 空が白んだ頃に眠ってしまった。寝不足だ。何か夢を見た気がするが、不快感が残るだけで思い出せない。ケイに起こされ好物のパンを出すと喜んで食べた。

 幼稚園へ送る前に山田さんに会った後、そこで古ぼけた写真を拾った。ケイはこの写真を見た時「  ちゃん」だと言った。そんな筈はない。十五年以上も前の物なのだから。


 家に帰ると夫から電話があり今日も帰ってこれないと言った。こんな時に居ないなんて酷いと思ってしまう。途中でノイズが入って切れてしまい寂しさは募るばかりだ。一哉さんに会いたい……。


 家事を終えてあの写真は山田さんの物かもしれないと思い至り届けに行った。写真は山田さんの孫の写真だった。名前を聞こうとしたけれど拒絶されて帰った。

 いつもニコニコしている山田さんが無表情になるなんて……。やっぱり「  ちゃん」は……字が乱れていて読めない。


 迎えに行ったら先生に呼び止められ、ケイの描いた絵を見せられた。黒いワンピースを着た赤い女の子が「お友達」だと言う。今日だけじゃなくて数週間前からだそうだ。真剣に心配されてしまった。



 ◯月□日 


 ……は覚えていないと言……た。色々な事があり過ぎて…………しそうだ。

 壁に「きづいて」と……字。怖い……。

 夢……女の子、「  ちゃん」? ……男が……。……、……。


 倒れた日の日記は字が乱れ、断片的にしか分からない。だが、最後の文字が頭から離れない。


 “たすけて”




 + + +




 夜になってしまったがいずみの実家へお邪魔してケイに会いに行った。


「ぱぱ〜!」

「おぉっと、良い子にしてたか?」

「ばぁばとじぃじとおるすばんちゃんとしてたよ〜」

「うん、ケイは偉いな」


 俺の姿が見えると走って飛びついてくる。ぎゅーっとシャツを掴む手が離れないぞ言っている様で、ケイも不安なんだと気づかされた。

 ずっとベッタリくっついて離れずにその日は泊まらせてもらい、朝になるとやはり眠っている時にうなされていたらしく、義母に心配されてしまった。

 朝はケイが大泣きで大変だったが、何とか家を出る事ができた。




「おはよう……って、菊池どうしたんだ?」

「ん? あぁ、早瀬か。おはよう」

「ハイネックなんて珍しい。暑くないの?」

「まぁ、暑いな。首を掻いた傷が酷くてさ、見苦しいよりは暑苦しい方が良いかと思ったんだ」

「どれどれ……っ、」

「おいっ」


 いつもの調子で早瀬がグイッと襟に指を掛け引っ張る。傷を見た途端に笑顔が凍りつき息を呑むとすぐに手を離した。


「ごめん……。痣みたいになってるけど一昨日掻いてた所だよな? それさ、大丈夫なの?」

「起きたらこうなっていたんだ。大丈夫かは分からないな」

「そうだよな……。その傷を見ると嫌な感じがしてすんごい鳥肌立った」

「……」


 早瀬は自分の腕をさすり、そんな事を言った。やはりあの夢と何か関係があるのだろうか。いずみが倒れた原因も……?


「早く治した方がいいって」

「そうだな」



 順調に仕事を終え、いずみの様子を見に病院へ行ったが今日も目を覚まさなかった。怖い夢でも見ているのか、時々うなされ手を伸ばそうとしている。俺はその手を取り握り締めた。


「いずみ……」

「……」


 早く目覚めてくれと祈るばかりだ。妻が居ないと思うだけでこんなにもポッカリと心に穴が空いて虚しさが募っていく。それに、あの手帳の内容も自分が見る夢も繋がっている様に思えてならない。


「一哉さん、来ていたんですね」

「はい」

「やっぱり顔色が悪いわ。ちゃんと寝てます? いずみが目を覚ましたらビックリしちゃうわ」


 持ってきた花を花瓶に生ける義母に、あまりと苦笑を返すと仕方ないですねと飴を何個か渡された。


「いずみが好きな飴なのよ。糖分とって、もう少し頑張って下さいね」

「ありがとうございます」


 親子だから当たり前だが無邪気に笑う、その笑顔がいずみにソックリで少し元気を貰えた。今日は自分の実家に居るケイを迎えに行ってから自宅へ帰ってきた。相変わらずベッタリとして離れない。


「ぱぱ、ままは?」

「ママは病院に泊まりだからまだ帰ってこないよ」

「まま、ひとりでさみしくないかな」

「そうだな……」


 自分も寂しいのに、母を気遣う息子に胸がいっぱいになり泣いてしまった。年を重ねて涙(もろ)くなったなと思いながら眠りにつく。

 不思議な事に今日はあの夢を見なかった。だが、ドタドタと走り回る音に起こされた。


「ん……? ケイ……何時だと思っ……」


 目を覚ませば、辺りはまだ暗い。隣にはスヤスヤと眠るケイ。……さっきの足音はなんだ?


 ドタドタドタ……クスクス……


 今度は足音と共に子供の笑い声らしき物が聞こえてしまった。空室の筈の二〇三号室、つまりはこの部屋の上から。


 暫く天井を凝視したがそれ以降は物音ひとつ聞こえなかった。時計を見れば午前二時を指していた。





 




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