夢を見るような
なんだかんだで三作目
あぁ。夢が現実になっていく。
「私の愛しいグレイス。今日もまた美しいね」
「殿下、ようこそいらっしゃいました」
私と彼が出会ったのは王宮で催された園遊会でのこと。
第一王子として生まれた彼の、婚約者候補や側近候補など、将来に繋がるお友達作りのために開かれたものだった。
彼は七歳。私は五歳。
年廻りもよく、家柄も申し分ない。有力候補のひとり。
子供というのは単純で、簡単に人の言葉に左右される。
物心ついた頃から素敵な王子様の絵本を読み聞かせられ、本物の王子様も素敵な人だよ、とささやかれた私は彼に会いもせず恋に落ちた。
実際は憧れが強すぎて人見知りを発揮し、父親の足にすがり付くことしかできなかったが。
すでに社交性を身に付けたひとつ上、ふたつ上の令嬢達が親の言いつけに従ってアピールに励むなか、おどおどする私は逆に彼の興味を引いたらしい。
そうしていつの間にかお友達の一員となり、回を重ねることによって彼とも打ち解け、そうして何時しか、彼に本当の恋をした。
彼が来るときにはそわそわして、何度もドレスや髪をチェックした。
彼の知ることはなんでも知りたかったし、彼と同じものが見たいと思っていた。
頑張って整えた装いはいつも褒めてくれたし、勉強や友人の話も嫌がらずに話してくれた。
正式に社交界デビューとなってからは、愛の告白のような、甘い言葉が増えた。
彼に想われている。
たぶん、きっと。
幼い頃から、不思議な夢を見る。
見たことのない場所なのに、なぜか知っていて。
不思議な夢なのに、なぜか人に語ったことがない。
私はいつも不思議な服を着ている。
膝から下が出ている服や、ゆったりとしたズボン。
髪は大抵ボサボサで。信じられないことに、肩程までしか長さがないこともあった。
そしていつも、見たことの文字で書かれた、見たことのない装丁の本を読んでいるのだ。
読むことのできないはずの本が、夢の中では理解できる。
なぜなら私は、読んだものをそのまま脳裏で映像としてとらえているからだ。
私の読む本は、男女の恋物語が主で。
ここには存在しない学び舎が舞台のものであるとか。
魔法が存在する世界が舞台のものであるとか。
いろいろなバリエーションの中に、グレイス、という名も、存在するのだった。
グレイスという名は、優美や上品、あるいは恩寵などを意味するもので、ままある名前と言えるだろう。
けれど、そこにアレイシア侯爵令嬢グレイス・ヒンドリーと書かれていたなら話は別である。
本の中でのグレイス・ヒンドリーは、王太子の婚約者であり、後に彼の正妃となる。
幼い頃から仲睦まじい二人ではあるが、王太子はある子爵家の庶子を見初め、側室とするのである。
グレイスに対する想いは、家族愛であると。
彼はその時気付くのだという。
あのグレイスと同じように、五歳で彼と出会った。
あのグレイスと同じように、彼に恋をした。
あのグレイスと同じように、きっと彼と結婚もするだろう。
彼の立太子まであと少し。
いつか、物語のグレイス・ヒンドリーのように、彼の心変わりを嘆く日が来るのかもしれない。
物語のグレイス・ヒンドリーのように、自ら命を絶つ時が。
―――――――――――――
私がグレイスと出会ったのは、私が七歳で彼女が五歳のことだ。
私はこの国の第一王子として生まれ、ほぼ自動的に将来の立太子と国王としての即位が決まっていた。
回りにいるのは侍女や侍従のほか、家庭教師や国王が信を置く貴族。
決して私を蔑ろになどしないし、必ず誰かが側にいて、私を気遣うのが常だった。
だからこそ、あの園遊会でも令嬢や令息が私の近くに来るのは自然なことであったし、当たり前だと捉えていたのだ。
出来るだけ多くの人と話すよう言い付けられていたこともあり、寄ってきた子と一通り話した後、周囲を見渡すように歩いた。
私より年下の子ども達は人だかりに近寄り難かったのか、大概は親と一緒にいたが、私から近寄れば笑顔で話に応じてくれた。
だから彼女は私の目を引いたんだ。
私が話掛けても返事がない。それどころか父親の影に隠れてしまって。
でもやはり気になるのか、こっそりこちらを伺おうとする。
目が合うと真っ赤になって、あわてて隠れるのがその時はとても面白いと思った。
はじめはただの興味だった。
緊張で落ち着かない様子だったのが、はにかむように微笑んだのが、とても可愛らしかった。
そうして三年が経つと、彼女はますます愛らしくなった。
私が会いに行くと、花が咲くように笑った。
時々参加するようになった茶会での話をするようになった。
仲のいい友人ができたことや、意地悪だという異性のこと。
困ってしまいます、と話す彼女に愕然とした。
これまでの私と彼女の交流は、私が彼女の家に通うことで保たれている。
そもそも彼女は侯爵家の一人娘で、将来的には婿を取ることを期待されている。
私の婚約者候補としては本来数えられないが、婿でなく彼女自身が侯爵家の当主として立つことも考えられるため、寛容に受け止められているに過ぎなかった。
この日王宮へ帰ってからは、ずっと彼女のことを考えていた。
はじめはただの興味だった。なら、今は?
なぜ彼女に友人ができたことや異性の話を素直に聞き流せないのか。
私は 彼女に 恋 を している。
ああ、やっとわかった。
これまでの行動も想いも。
これから何をすべきなのかも。
―――――――――――――
「今日はね、君に話したいことがあって」
「まぁ、なんでしょう?」
明るい春の陽射しのなか、本日は庭で二人きりのお茶会である。
出会ってから幾度となく繰り返されてきたこと。
「もうすぐ私の立太子の儀が行われることは知ってるね?」
「はい。もちろん」
「そう。正式に王太子となれば、公務も増えるばかりだし、侯爵家にはなかなか寄りづらくなるから」
「まぁ…」
彼は今年で17歳。出会ってからもう10年経つというのに驚かされる。
グレイス・ヒンドリーは彼が立太子の儀を行うと同時に婚約をしていたはずだ。
ここでもし、彼との婚約をしなければ。
哀しい結末を迎える前に、決断することができたなら?
想像に揺らいだ。もし、だなんて。そんな。
「グレイス」
真剣な眼差しで、彼が私を見る。
「私と、結婚してくれないだろうか」
その言葉は、ずっとほしいと願いながらも、心のどこかで忌避してきたものでもあった。
何度も口を開きかけては閉じる。
なんと言うつもりか。どう答えるべきなのか。
ずっと認めていた自身の恋心さえ、この答えを導き出せないのか。
そのまま黙ってうつ向いてしまう。
なにか、伝えなければならないのに。
「グレイス」
優しい彼の声
「君が、なにかに怯えていることは知っているよ」
え?
「けれど私は君を手放すことができない」
なにを……
「グレイス。君を愛しているんだ」
いつもただ、優しいばかりの人だと思っていた。
「だからごめん。君がなんと言おうと、私は君を連れていく」
こんな切なさを孕んだ瞳で見つめられるだなんて
―――――――――――――
君を手にいれるために、あらゆる手を回してきた。
侯爵家の跡取りや私の婚約者候補などの問題も、既にクリアした。
もう決して君を逃がすことはない。
―――――――――――――
彼の気持ちは本物だと信じたい。
もう一度、信じていたい。
ちゅ、中途半端でしょうか…((((;゜Д゜)))
いつも短く終わってしまうので、2000字以上を目指して書きました。
意外に長くなって驚いています。