親子
ただでさえ、暗くあまり気分の晴れない景色が大半を占める魔界で。
耽美を美徳とする者の多い種族の国で。
どんな時代、どんな国でもその性質上、大抵はあまり快適とは言えない環境下にある事の多いその場所は、その気はなくともついつい無意識のうちにため息が出てきてしまう。
――ましてや。
「……貴様」
破魔の大精霊の力を受け、その力の大半を削がれてまるでぼろ雑巾のような死に体であるのに、それでも未だしぶとく恨みと殺意たっぷりの視線と声とを向けられて。
ため息一つつかずにいるなど無理だ。
「……はぁ。せっかくさっきまでほのぼのと幸せな空気の中で和やかな気分になっていたのに。台無しじゃないですか。全くどうしてくれるんです」
鉄格子の向こうで冷たい石の床に伏せる男を見下ろしながら、葉月は恨み節をこぼした。
「まあ、そうだな。まだちとぎこちないが、そのうち時間が解決してくれるだろ」
「そうね。その手段が正しかったかどうか、それは簡単に答えの出せる事じゃないけど。でも、確かにやむを得ない事情があって、そこにはちゃんと愛情も想いもあったのだもの。かけ違えただけのボタンなら、ゆっくりかけ直したらいいんだわ」
その足元で、二匹の猫が頷く。
「……ええ。そういう意味では、咲月様を羨ましく思いますよ」
「初めからかけるべきボタンも無ければ、かけるつもりも無いなら、どうにもしようがねえもんな」
「あの娘の父親の方が、今後どういう選択をするかは分からないけど」
「こっちは、火を見るより明らかみたいだがな」
あちらの親子の間にあったあのほのぼのさとはあまりに対照的な殺伐とした空気がこちらの親子の間を支配する。
「どうです、いつもと逆の立場に居る気分は? 常に見下していた者に、こうして見下ろされて、さぞかし最悪のご気分でしょうが……。まあ、私に言わせればこの程度、甘っちょろすぎます」
冷笑を浮かべながら、葉月は片足を持ち上げ、行儀悪く牢の鉄格子を蹴りつける。
……吸血鬼を収容するための牢だ。当然、その怪力をもってしても壊れない頑丈な造りのそれはびくともしないが、派手な音だけは狭い空間にわんわんと耳が痛くなるほどにこだまする。
「貴様が、私の母にした暴虐。そのために私の家族が被った心痛と実害。度重なる朔海様への余計な手出し。そしてよりによってこの大事な時に、何も今知らずとも良かったはずの咲月様に余計な心痛を与えた今回の騒ぎ。……正直、今すぐこの手でくびり殺して――いえ、何度殺しても飽き足らないようにも思うくらいです」
本当なら、鉄格子越しではなく直に踏みにじってやりたいのだが。
「ですが、残念ながら今、この国の権力のうちの多くを有する一族を欠かし、更なる混乱を生むわけにはいかない、やむを得ない事情というのがありましてね」
ただでさえ代替わり直後で、元人間の正妃と、彼女があえて撒いた種で騒ぐものたちに、更なる火種と燃料を与える愚策は打てない。
「今回の騒動は、まだごく一部の関係者しか知りません。……今なら、まだ間に合う」
正直、嫌でたまらないが……
「ですが。世界を託された我が主の未来を思えば、この程度で、甘っちょろい事は言えませんから」
葉月は、自らの手のひらに牙を立て、そうして溢れた血を紅狼の前に滴らせた。
それは。葉月にとっても過去と未来、全てを賭けた勝負。
「さあ、舐めるといい。貴様が咲月様に強いたように。それが毒となるか、薬となるか。その弱りきった身体で、この血の香にいつまで強情を張れるか、楽しみですねぇ」




