第二戦
――瞬殺。
挑戦者たる“あの”第一王子と、四大公の一人でとりわけパワー戦に長けたマーズ公の戦いは、当然マーズ公の圧勝で終わるだろうと信じて疑わなかった観戦者の誰もが、そのあまりに呆気ない、そして思いもしなかった結果に息を呑み、一様に押し黙った。
「だ……第一戦、マーズ公の試合放棄により、挑戦者“綺羅星”の勝ち!」
一拍おいて、ハッと我に返った進行係が慌てて試合結果のアナウンスを流す。
「まさか……、マーズ公が……負けた?」
「し……しかも、な、何なんだよ今の……。あんなにもあっさり……面白みも何も無いような負け方をするなんて……」
「見掛け倒しもいい所じゃねぇか、つまらねぇ」
そのアナウンスによってようやく事態を飲み込んだ観客たちから、ざわざわと不満の声が漏れ出す。
「で……では、次! 第二戦を開始します。――フエル族首長、紅鬼殿、前へ!」
「あぁあぁ、情けないねぇ、マーズの野郎は。これだから脳筋族ってのは嫌になる。ウチらは力押しだけが能の獣みてぇな下級魔族と違って、美貌も知能も兼ね備えた高等種族なんだ。だったら、それなりの戦いを魅せないとねぇ」
カツン、と細く高いヒールを打ち鳴らし、背の高いスレンダーな美女が闘技場の舞台へと降り立つ。
腰まで届く、淡く透けるような蜜色の髪を左の頭の高い所でひとつに括り、緑色のヘッドドレスとリボンで纏めて赤いバラのコサージュをアクセントに留めている。
デコルテ部分がガラ空きの、黒い袖なしワンピースドレスを纏い、腰の部分に赤いシルクの布を帯のように巻きつけ、踝まである丈の長いスカートと同じ程度の長さまで垂らしている。
防具らしい防具といえば、ドレスの下にまとった形ばかりの革製の胸当てと、金の輪を重ねた腕輪を模した篭手くらい。
そもそも、足元からしてあんなヒールではそうそうまともに動けまい、という出で立ちである。
「我がフエル族は、気高きエルフの智慧と高い魔力を誇る。――腕力でこそ竜王の一族にはかなわないが、純粋な魔術戦でなら我らに分がある。この仕合は、あの筋肉バカ相手みたくはいかないよ。覚悟するんだねぇ?」
にやりと笑いながら、彼女は手にした二本の杖を構えた。
サイズは、ダンスに使うバトン程度。その両端に、美しい輝きを持つ石が嵌め込まれている。
それぞれ地のルビー、水のアクアマリン、火のガーネット、風のオパールと、四大元素を司るとされるそれを華麗に振り回す。
「――では、それでも僕に負けたならば、彼同様、先日書状に記したお願いを聞き届けていただけますか?」
「ふん、そんな未来はまず来ない。そんな約束は無意味だ」
「……けれど、100%確実な未来など存在しないでしょう? ――現に、ここに集う観客たちの誰もが、先の仕合で僕が勝利するなどとは思っていなかったはず。……けれど、僕は勝って、今こうして貴女との仕合に臨んでいる」
朔海は、挑発するように小首を傾げて見せながら笑う。
「確かに、僕が貴女に勝てなければ、無意味な約束です。貴女にとっては痛くも痒くもない事――のはずが、そうして固辞するからにはもしかして、僕に負ける可能性を貴女が感じてらっしゃるという事でしょうか?」
「――何?」
ヒクリとこめかみを引きつらせ、彼女が声を低めた。
「ここには多くの目と、耳がある。そんな中での宣言は、一族の長たる貴女にとっては絶対のものとなる。たとえ1%でもその可能性があるなら、貴女は滅多な決断はできない。……そういう事では?」
「ハッ、物は言いようだが、そう持ってこられると腹が立つねぇ。……良いだろう。万に一つもない可能性に賭ける馬鹿に、今ここで誓ってやろう」
ピシリとオパールの嵌った先を朔海に突きつけ、声を張った。
「フエル族が首長、紅鬼の血に誓う。この仕合に私が負ける事があれば、潔くお前の前に膝をつき、忠誠を誓ってやろう!」
「……では。僕はその誓いを我が物とするために。勝ちに行かせていただきます」
「させると、思うか?」
アクアマリンの先を高々と掲げ、彼女が叫ぶ。
「濁流よ!」
すると、水色に輝く宝石から勢いよく水が吹き出し、あれよあれよという間に闘技場の舞台を満たし、轟々とうねりを上げて朔海に襲いかかってくる。
朔海が背中の翼を広げて水を避けて宙へと逃れれば、今度はオパールを掲げて、
「竜巻よ!」
そう一言叫べばたちまち空気が渦を巻き、朔海に襲いかかる。
そこに感じる濃厚な魔の気配。
彼女はたった一言で彼女配下の魔に属する妖精や精霊を操ってみせている。
良質な石の力を借りているとはいえ、それは――
「ふぅん、魔法陣もなしに魔法を使う、か。さっきの奴の戦い方が吸血鬼のスタンダードなんだろう? だからさっきはお前にアドバンテージがあったわけだ。けど、こいつはお前より姫様の相手に相応しい敵のようだが、お前、どうするつもりだ?」
……そう。彼女らの戦い方は、吸血鬼には珍しく、魔術戦を得意とする。
彼女は先程から立ち位置を殆ど変えることなく、二本の杖を踊るように振り回しながら水流と竜巻を操っていた。
己の持つ魔力を自在にコントロールし自由に使いこなす術において、彼女たち一族の右に出る者は、吸血鬼一族には存在しない。この一点においては、竜王の血もかなわない。
「だけど、僕だって。この間、咲月の前でとんだ大失態を演じたからね。……あれで大いに反省したんだよ」
ぐっと、一度瞼を閉じ、力を集中する。
「持てる力があるなら、とことんまで利用する。それがどんな力であろうと、全ては使い方次第だ」
朔海は、急旋回しながら巧みに竜巻と濁流の渦を避け、紅鬼へ迫る。
「……チッ、炎蛇を喰らえ!」
すかさずガーネットを掲げようとする彼女の瞳を、真っ赤に染まった瞳で真っ向から強く睨み据えた。
「紅鬼殿、僕の母が誰だったか、彼女がどういう力の持ち主だったか。――貴女なら当然ご存知のはずですよね……?」
不敵に笑う朔海の余裕たっぷりの表情に、不穏なものを感じた次の瞬間、彼を襲えと命じた炎蛇がぐるりと180°向きを変え、こちらへ灼熱の牙を剥いた。
「――ッ、クソッ、幻術か!」
慌てて武器を投げ捨てる。
「だが、こんなもの……すぐに解いて……!」
歯を食いしばり、頭を振るう。
しかし――
「グッ、解けねぇだと!?」
「……まあ、まだ技術は拙く、我が母にはかなわないでしょうが、それでも力の総量だけで言ったら、フエル族など竜王の血に遠く及ばない。か弱き人の腕で象を持ち上げることなど出来ないように、そのままでは貴女は僕の力にかなわない」
紅鬼が投げ捨てた武器を、朔海が拾う。
「かける前に弾かれたら、拙い僕の技術では魔術に長けた貴女を幻術にはめるなど不可能だった。幸い、貴女が油断しきって下さっていたので、こうして策は無事成功しましたが」
拾った武器を彼女に突きつけ、朔海は笑った。
「さて。……先ほどの誓いの件、覚えていらっしゃいますよね?」
「……さぁな、と、とぼけてぇ所だが。さっき胸糞悪りぃ事にお前の思惑に乗って公衆の面前で公言しちまったからな。……仕方ねぇ、誓ってやるさ」
「おい、進行係! 第二仕合終了だ! この仕合、フエル族首長紅鬼が試合放棄を宣言する!」