終わりと始まりの扉
あれから、慌ただしく城へと戻り。
詰めきれていなかった今日本番の段取りなどを突貫工事で詰め込んで。
さらに滞っていた仕事を手伝おうとしたら、朔海に止められ、休めとベッドに放り込まれ、気づいたら黄昏時――夜が主な活動時間であるこの国で言えば明け方と言うべき時間であった。
慌ててベッドから飛び起きれば、あっという間に使用人に囲まれて風呂へと連行され、全身磨かれたかと思えば、ドレスの着付けからヘアメイクまで、次から次へと人に囲まれ――
ようやく息をつけたと思った頃には、会場へと続く通路を、朔海にエスコートされながら歩いていた。
咲月が寝ている間にも仕事をし、きっと咲月が残した仕事までフォローしてくれたのだろう彼は、きっと自分よりずっと疲れているはず。
……まあ、城に戻ってすぐ、怖い笑みを浮かべた涼牙に連行されていった部屋に、見覚えのある人間の男が入室していくのを見たから……一応回復はしたのだろうが。
その扉を前に、彼は一度立ち止まった。
あの扉の向こうにいるのは、大半がこの国で貴族の位にある者ばかりだ。
知的な種族と自負し、その中でも上位に在ると考える彼らは、こういう場では少なくとも表面上だけは礼儀正しく取り繕い、振舞うから、この場はしんと静まり返り、厳かな空気に満たされている。
自分の背の倍近くある高い天井まで届く、大きく重厚な扉。
この扉をくぐれば、この扉より遥かに重い重責を負う証である王冠が、彼の頭の上へと載せられる。
――別に、逃げるつもりはないけれど。
「こんな日が来るなんて。ほんの十数年前まで、考えたこともなかったのに。……本当にここまで、来ちゃったなぁって思うと、ね。さすがに……ちょっと、複雑な気分になるよね」
「……そんな事言ったら、私だって。ついこないだ――朔海に“初めて”会った日からずっと、急展開続きだよ?」
何しろ、ただの――ただ、親に捨てられただけの、ちょっと不運なだけの、よくある普通の人間だと思っていたのに。
実はとんでもないワケありの生まれで、今はもう人間でもなく、これから魔界の吸血鬼の国で、王妃という位に就こうというのだから。
事実。つい一昨日までは考えてすらいなかった母が、今日この日一日の一連の儀式を見に来ているのだ。
咲月は、身にまとった黒いドレスを見下ろしながら、苦笑を浮かべるしかない。
「今日は今日で、きっと大変だろうけど。本当に大変なのはこれからで。それこそ、気の遠くなるほど先まで、それは続くんだろうけど……」
見るからに王族と言わんばかりの正装に身を包んだ彼を、眩しげに見て、彼女は言った。
「大丈夫、その格好も、ちゃんと似合ってるから。だって、その為に今日まで毎日、頑張ってきたんだし」
元々見目は良いのだし、その仕草振る舞いも綺麗だったのだから、相応の格好をさせれば当然、絵に描いたような王子様が出来上がる。
この扉をくぐれば、その称号は王子から王へと変わるわけだが――
「少なくとも、一人じゃないんだし。一緒に行こう」
咲月だって、今彼がこうして隣に立ってくれているからこそ、まだこうして冷静でいられるのだ。
もしも今ここで一人きりだったら、緊張で足も声も震えるばかりだっただろう。
一人ではないから。
咲月は朔海より先に一歩を踏み出し、扉に手をかけた。
吸血鬼の腕力を持ってしても、一人では重い扉。
「――ああ」
その手に、彼の手が触れる。
ぐっと、その腕に力が込められると同時に、重々しい音を立てて、扉が開かれた。




