最後のキーマン
ふと、目を開ける。
目を、開けたのだと、明確に理解できる。
まず、その事に、何よりの違和感を感じる。
常に、目に映るのは闇。
光の一筋も差さない地下の牢では、目を開けているのか閉じているのか、分からず、意識すらしなくなっていたのに。
自らの生まれ故郷を守護する精霊に体を貸し、久しぶりに光を目に映し、新鮮な空気を吸ったのはついさっきの事。
表にある“彼女”の意識の裏で、生まれて間もない頃に手放した娘の成長した姿を目にする事ができた。
いつだったか、娘の事を伝えに来てくれた少年と共に。
あんな場所に、生まれたばかりの赤子を置き去りにしたのだ。
とうに亡くなり、二度と会えないと思っていた娘。
ほんのひと時の――ローレル様を介しての、間接的な再会。
直後、長きに渡り自分をあの地下に閉じ込め続けた夫であり、長である男による攻撃を、うけるまでの――
そこまで思い出し、ハッと彼女――ルナは半身を起こした。
「……え?」
深い――致命傷に近い一撃を食らったはずの身体。
なのに、痛みもなく当たり前に身を起こせた。
何より。
見覚えのない場所のはずなのに、何故か懐かしい気のする空気。
「――さすが。天使の癒しと、優秀な“先生”の的確な処置は効果てきめんだったようだね」
それは、覚えのないはずの声なのに、どこかで聞いたことのあるような声。
聞いたことのある声に、とても良く似た声。
そして、不思議とどこか覚えのある面影と重なる顔。
「ここ……は……」
彼女が誰か。それも気なったが、それ以上に気になることがある。
「あの世じゃ、ない……?」
あの男は、――あの男の一族は、驕りが弱体化を招いていたとはいえ、それでもまだ、充分優秀な戦士なのだ。
能力は優秀でも、戦う訓練を一切していない女相手にしくじるようなヘマをする男ではない。
「ああ。……まあ、人界でもないからな。常人にとってはある意味それに近い場所とも言えるが……肉体の命が尽きていない以上、我が一族の血を持つあんたにとってここは、そういう場所ではないだろう?」
――ルナは。生まれも、育ちも、あの狭い世界の中で。
でも、その狭い世界の中に、こんな女性は居なかったはずで。
だけど何故か見覚えのある気のする彼女が、“我が一族”と言うならば。
心当たりだけはある。
母が、祖母が、曾祖母が持ち、次代に継いだ力。
あの男の一族が欲した力を有した血。
「私は魔女モーガンの一族の末裔の一人。ここは、次元の狭間。そこにある、とある知り合いの屋敷だよ」
その彼女が、ルナの想像を肯定する言葉を口にした。
「あんたの娘の傍に男がいただろう? あれの屋敷さ」
ルナが置き去りにした娘を見つけ、今も、娘を大事に思ってくれている、あの少年。
だが、その姿はここにはない。
記憶にあるあの時点で既に、ボロボロだったのに。
「あの子達は、ここにはいないよ」
ここにいない彼らが、今、どこにいるのか。続きは聞くまでもなく分かる。
「……はぁ。あんたもかい。その顔は、じっと寝ていてはくれなそうだね?」
聞きたいことは、本当はもっとある。だけど、今は……
「確かに、私はあなたと同じ血を引いているのかもしれない。でも、私の故郷は、あの場所だから。あの娘が背負わなきゃならないものがあるなら、私はそれ以上に責任があるから」
ルナは、そっと寝台から降り、立ち上がった。




