ツーカー
聖なる癒しの力で、既に出血の治まった傷を縫い。
既に流れ出てしまった血を補い。
傷口から侵入したかもしれないものに対して抗生剤と、、それによって引き起こされた発熱を抑える薬、それに負傷を癒す糧となる栄養剤の点滴を打ち。
……医者として出来る処置を終えてしまえば結局、最後は彼女自身の回復力を頼るしかない。
清士のような特殊能力は持たない葉月にとって、彼の助力は、文字通り天の助けのようだった。
彼の力のおかげで、既に“峠”を越した彼女の容態は、既に医者の領分から外れ、後は適切な看護を続ければ、いずれ意識も戻るだろうレベルにまで回復していた。
彼がいなければ、葉月の力のみでは、今晩が峠であると、こういったシーンでは定番すぎる言葉が必要だっただろう。
その事に感謝しながら、葉月は、静かなままな部屋を改めて隅から隅まで見渡してみる。
彼女の治療に必死であったから、多少の時間感覚の狂いはあるだろう。
しかし、“彼ら”と分かれてから、相応に時間は経っている。
彼女がここから再び戦いの場へと戻っていってからも、決して短くない時間が過ぎた。
それなのに、ここは静かなまま。
時間的には、もう第一陣が愚かな狼たちを連れて戻ってきていい頃合だと思うのだが……
そも、ルナの負傷といい、何か想像していたものと違う種類の問題が起きているのではないか?
少なくとも今ここに、葉月のするべき仕事は既になく。
医者としての仕事がないのなら、王のサポート役としての仕事へ赴くべきだろう。
葉月は白衣に手をかけながら、視線をファティマーに向ける。
「……行くのか?」
彼女との付き合いが長いのは、何も朔海だけではない。
ただそれだけの仕草で、こちらの意図を汲み取ったセリフが投げかけられる。
「医者が必要になる頃までには、戻ります」
こちらも、短い言葉だけを残し、陣をくぐる。
――が。
葉月には、朔海のような翼もなければ、咲月のように竜に変化することもできない。
一応吸血鬼の血を引いている分、そこらの人間に比べれば速く、長距離を駆ける身体能力はあるが、ここから目的地まではまだそれなりに距離がある。
目的地にたどり着く前に体力を使い果たしては意味がない。
だが。
彼らにとっての潮のような存在ならば、葉月にも居る。
「青彦、紅姫。お願いします」
彼らは、葉月の身の内にある竜王の血を封じ、制御するための要。
彼らを通じてでなければ葉月は己の力を使えず、それで使える力の総量も大幅に制限がかかっていた。
しかし、朔海の庇護下に入った今ならば……
「あいよ、了解」
青彦が、その姿を己の内に封じた竜の姿をなぞるように化け。
その力を安定させるため、紅姫がその頭の上に猫姿のまま伏せる。
葉月は彼の背に乗り、掴みどころの少ないウロコの隙間に爪を立てる。
青彦が、翼を広げる。
その様は、咲月たちのそれとは比べ物にならないほど貧弱で、明らかに聖より邪に偏った姿であるが、足としては申し分ない。
「私の事は二の次で結構。急いでください」
主の言葉に、青彦は返事をするより行動を優先し、荒っぽく空へと羽ばたく。。
代わりに、紅姫が口を開いた。
「あの子達が心配なのは、私たちも同じだもの。言われるまでもないわ」




