転機に向けて
「……一体俺らはどうなっちまうんだ?」
「ローレル様の加護が無くなっちまえば、俺たちはただ腕っ節が強いだけのただの人間だ。それでも、100年も前なら、傭兵にでもなれば食っていけたかもしれんが……」
俗世から離れた暮らしを続けてきた今、国家が擁する正規の軍人として雇って貰うのはかなり難しいだろう。
「でも、腕っ節以外、俺たちに何か取り柄があるか?」
必要最低限の読み書きくらいは代々の大人が次世代の子供たちに教えてきたが、“学”と言うほどの教育を受けた者など存在しない。
彼らが優れた特技として示せるのはどれも、魔物相手の戦士にとって役立つスキルであり、そこから離れれば大した価値は見出されない、特殊なものばかり。
今の稼業を失えば、即座に食うに困るだろう者が大半を占める中、当然の不安として皆の頭をよぎるのは未来を生きる術についてだ。
「……俺たちは、これまでローレル様の力あってこそ、魔を狩る者として居られた。だからこそ、ローレル様を敬い、常々祭りや諸々をしてきたんだろう?」
生まれる前、母親の胎内に居た時分に種を貰い、精霊を育て、彼らから力を借りて魔物と戦う。
精霊の成長の節目節目には必ず決まった儀式を行い、また一年に数度、決まった節目に儀式を行うことも、決して疎かにしていたつもりは無い。
「だが、何かと利権が絡むあれこれはいつも長やそれに近しい家の者が独占してきて、俺たちはおこぼれにすら預かれず、場合によっちゃ、そのことを知る機会すら与えられなかった」
彼らは一斉に、ルナへと視線を向けた。
「あの娘は、あんたの娘だそうだな? あんたは、いつの間にか長の妻となり、いつの間にか居なくなっていた。そして今日、突然俺たちの前に現れた。一体どういう事なんだ」
長であるアーサーは知っている。
彼の縁者も知っている。
だが、大半の者が知らない話。
彼女や、彼女の母や祖母がどのように生き、暮らし、死んだのか。
彼らは知らないのだ。
もしもそれが知られれば、長の権威は地に落ちる。
「――お前たちが知る必要のないことだ」
だから、アーサーは声を荒らげて割って入った。
強い者、その代表たる長に逆らうことは御法度とされてきたこれまでなら、彼らもその一喝で口を閉ざしただろう。
しかし、彼らはローレルや、突然現れた娘と、若い吸血鬼とが口にした話を全て聞いていた。
詳細こそ不明だが、長への疑惑を生むには十分な情報を得て、しかも未来の生活のかかった彼らは今までのように黙り込むことはしなかった。
むしろ、食ってかかるように、彼らは長一族を囲む。
「俺たちは、ごく当たり前にローレル様と共に生きてきたつもりだ。……確かに改めて言われてみれば、慣習化した行事に多少怠慢はあったやもしれないが、ローレル様があそこまで失望されるような事をしたつもりはない」
だが、実際にはローレルは一族を見限るとまで言い出すほど怒り、失望している。
「一番の原因は、あんたたちが知っているんじゃないのか?」
ジリジリと、囲う輪を縮めながら、彼らは詰め寄る。
「1対1では適わないかもしれないが、俺たちだって束になれば、いくらかでも差は縮められる」
ましてや今、彼らは疲弊している。
「疲れているのは俺たちも同じだが、だからこそ今なら……」
瞳に危うい光をたたえ、彼らは愛用の武器を構える。
「俺たちには老いた親も、幼い子も居る。守らなければならない家族が居る以上、今の生活を奪われるわけにはいかないんだ」
そのために変えるべきことがあるなら、変えていくことに大きな抵抗はない。
しかし、アーサーたち長一族は違った。
これまでの仕組みがあったればこそその地位に居た。そして、その権力の恩恵を受けてきた。
それを手放す選択をする事は簡単ではない。
武器を構える彼らに対抗するように、武器を取ろうとする。
「行くぞ――」
だが、彼の相棒たる精霊は動かない。
「――主よ。我らは、ローレル様あってこそ形を保っていられる、まだ未熟な精霊だ。ローレル様の加護を失えば、我らの存在は消え失せる。アーサー、お前の精霊である俺は、お前の行いの全てを知っている」
事は、彼だけではなく、一族の者を主とする精霊たちにも関わる問題だ。
「主らの選択次第で、俺たちの存在も左右されるとなれば、主の命令とて大人しく従ってばかりはいられない」
何かを覚悟したような眼差しで、彼は言った。
「主の娘の精霊は、俺にとって可愛い弟分であり、子どもみたいなもんだ。それが、俺を超える力を得ている。これまでのやり方が、間違っていた何よりの証拠だ」
これまでのあり方を変えるか、滅びるか。
今、まさにその二択が迫られている。
「だから、彼らの問には俺が答えよう」
アーサーの相棒たる精霊が、彼の意思を無視して口を開いた。




