大精霊ローレルの世界
シンと、静まり返った彼らを見下ろし、ローレルは薄い笑みを浮かべた。
「……まあ、考えをまとめる時間くらいはやろう。――そうだな。あの日が暮れるまで。答えが出たなら、我が祠に呼びかけるが良い。……それまでに呼びかけが無くば、否を選んだものと見なし、そのように行動する。そこな二人、その間、暇つぶしの相手をしてもらおうか」
そのまま、視線だけをこちらに流し、ローレルは改めて悪戯っぽい笑みを唇にのせ、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、チャンネルが切り替わるように、周囲の景色が変わる。
岩肌の目立つ高所の小さな集落から、緑の濃い匂いのする深い森の奥、空さえ見えないほど、沢山の種類の緑色に囲まれているのに、ポカポカと暖かな陽の気に満ちた、美しい景色。
その中心には、見覚えのある大樹――ローレルの樹が佇み、その根元の祠があるはずの場所に、ふわふわとローレルが浮かんでいる。
竜の姿をとっていた潮の姿は、元の姿なのに、何だか、何かが違うように見える。
可愛い子供の姿なのは違わないのに、いつもより存在感を大きく感じるというか……
「ここは……」
その理由を、咲月は何となく感覚的に悟ってはいたが、それでも疑問を口にした。
「ここは、人間界・魔界・天界・次元の狭間と、全ての世界に通ずる、世界の柱たる大精霊ローレルを形作る世界」
その疑問に、ローレルが答える。
「現存する人間たちがそれぞれに思う、ローレルという存在へ向けられた力が集い、形になった世界であり、我が存在と力の源でもある世界。お前たちの中の“心の世界”に似てはいるが、人の力に依って存在する我らは、この世界の中で主となる事はできない」
人々の心を映すように、移り変わっていく世界。
「人の世の移ろい、それに伴う人々の心のあり方が変わっていくのも、当然のこと。それに柔軟に対応できなくば、我らは生き残っていけぬ。そこは弱肉強食という自然の摂理同様のものである。それに倣っての運命ならば、逆らうべきではない……のだがな」
自嘲の笑みを浮かべながら、自らの本体である大樹の枝を見上げる。
「確かに、それはそうでしょう。ですが、彼らのあれはそういう問題とは別物です」
しかし、それを朔海は即座に否定した。
「今、世界のあり方は大きく変わろうとしている。今ある問題は、まさにそこに起因していて、だからこそあの方もこの事態を憂いている。……ですが、彼らのあれは、性質がそれとは全く違います」
彼らは、ローレルの力の恩恵を直に受け、それを生業として生活を成り立たせていた。
当然、ローレルの存在を疑う事は有り得ない。
ただ、その存在に対する感謝の気持ちを忘れ、ローレルを蔑ろにしてきた。
それは、直に精霊や魔物といった存在と触れ合う機会が激減し、更に科学の発展からそういう存在を現実と架空とはっきり線引きするようになったために薄れた、というような理由とは違う。
「精霊とともに生きる、ファティマーの一族は、今も彼らと深く繋がり、彼らの力を借り、上手く活用しながら生活し、一目置かれています。彼女たちは、彼らへの感謝を忘れず、正しい付き合い方を守って生きている。……そんな彼女たちの努力の結果を、彼らは正しく検証もしないまま、ただその力だけを許されざる方法で利用した」
朔海は、憤りを隠さない口調で吐き捨てた。
「……ローレル様。今回、彼らがどのような選択をするにしたとしても……どうかお許しを願いたい事がもう一つあるのです」
「――ルナの事だな」
一つ、頷いて、ローレルはその名を口にした。
「……ルナ以外にも、この街に馴染みきれていない、魔女の一族の血を引く者達が居る。図々しく恥知らずな話と分かってはいるが、彼女たちの事も頼めるだろうか」
「その件については、モーガン一族より既に受け入れを打診されています」
「……そうか。……ならば、改めて挨拶くらいはするべきだろうな」
ローレルは、パチンともう一度、指を鳴らす。
すると、どこからともなく、お茶の支度と可愛いレースのクロスのかかったテーブルと椅子が現れる。
「だが、まあまずは」
その一脚に優雅に腰掛け、湯気を立てるハーブティーに口をつけながら、朔海たちにも席を勧め、微笑んだ。
「我が力を継ぐ愛しき子らとのおしゃべりを、ほんのひと時の間、楽しませておくれ」




