誰も見たことのない大樹の下で
お互い手を取り、互いの身体をホールドして向かい合う。
リズムを合わせる音楽の無い中で、それでも朔海はごく自然に最初のステップを踏み出す。
きちんとリードされている咲月は、ドキドキしながらも、それにつられるように足が出る。
頭で考えるより先に、呼吸をするのと同じくらい当たり前に、踊れる。
少しでもつまづきそうになれば、彼が咲月の体をふわりと持ち上げて浮かせる力技でフォローをしてくれる。
くるくると回りながら踊る社交ダンスは、元々は欧州の貴族たちの嗜みだったもので、基本的には優雅な部類に入る。
決して、激しかったり賑やかだったりするダンスではない――が……
これまで、あえて余計な刺激を与えまいと気を使っていた事を考えれば、それは彼女を興奮させるには十分だ。
くるり、くるりと踊る咲月たちを狙い、殺気のこもった衝撃派が放たれる。
それが、つい今しがたステップを踏んでいた、その足跡の残る地面に深々と食い込む。
食付きは――上々らしい。
「当然です。どんな大精霊だって、結局は精霊で、妖精の進化形みたいなものなんですから。妖精が、踊りが大好きなのは常識だし、それが精霊だって基本的には同じ。だから、精霊への感謝の祭りには踊りを捧げるんです」
元々好きで、興味のあるものなのだから、どんなに心を閉ざそうと、確実に反応を引き出せる。
「あとは、どこまで食い込めるか、です」
ニヤリと、朔海の肩の上で、潮が指で宙にルーンの文字を描き、小さくその名を唱える。
「――ソウィル、ラグズ、イングス、ベルカナ、エイワズ、ハガラズ、ジュラ、ウンジョー……」
“ソウィル”の文字で、ふと場がより明るく暖かく、太陽の力をじんわりと、この心の世界の中でも咲月たちの肌を焼く。
その、ジリジリした痛みをこらえながら、なおも踊り続けるその足元に、次の“ラグズ”が、土の香りがふわりと漂い、“イングス”でその香りがより深くなる。
“ベルカナ”で、ぴょこぴょこと緑が芽吹き、“エイワズ”でそれが爆発的な成長を見せ、一つに寄り集まるようにしてたちまちのうちに見上げるような大樹へと姿を変えていく。
“ハガラズ”で、大樹から放たれる緑と、それを支える“ラグズ”と“イングス”による土の力、“ソウェイル”の陽の力、そして元からある滝が飛び散らせる水飛沫の、程よく心地の良い湿り気も合わさり、溢れる力が“ジュラ”で実り、収穫された力が“ウンジョー”で、ゆっくりと調和をそれらに促し、喜びの光を降らせる。
ルーンの言霊で育った大樹は、見たこともない樹――きっと、外の世界のどこを探しても見つからないだろう、どんな図鑑にも載っていないそれ。
それでも“同じ”樹の精霊であるためか、ローレルはほんの一時、攻撃の手を緩め、その大樹が大きく伸ばした枝を覆う緑を見上げる。
そして。
そのタイミングを狙っていたとばかりに、潮がぴょいと朔海の肩から飛び降り、ふわりと宙を泳ぎ、たくましい力士の腕ほどもある太い枝の上に立ち、大きく息を吸う。
何をするのかと、朔海と共に一瞬、ステップを踏む足を止め、それを見上げる。
一瞬の、静かな間。
潮は、大きく口を開け、吸い込んだ息を歌声に変えて吐き出す。
それは、咲月も朔海も聞いたことのない歌。
けれど、この場の空気には自然と溶け込んでいく、不思議と心地よく響く歌。
彼の紡ぐ歌詞の言葉は、咲月には直接に理解のできるものではなく、その響きはここで耳にした言葉のように聞こえる。
舞台と、音楽が揃った。
それは、聴き慣れた円舞曲ではないけれど。
その独特のリズムに合わせて、アドリブで踊り始める。
ローレルからの攻撃は、止まったまま。
彼女は、樹の幹に背を預けるように、その根元にペタンと腰を下ろした。
微睡むように、目を閉じ、天を仰ぐ。
木漏れ日を浴び、歌に耳を澄ませる彼女の、凝り固まっていた表情が、徐々に緩んでいく。
確かな手応えに、咲月は朔海と目を見合わせ、頷き合う。
そして。彼女が、再び目を開ける――




