癒しの光
「どうやら、今すぐにも、本来の用途に必要な状況のようだな」
釣具屋や、キャンプ用品売場で見かけるような、大型のクーラーボックスの蓋を開け、中から血液パックを取り出す。
「取り敢えず、うちで保管していた物をかき集めてきたが……」
「――ありがとうございます、助かります。ファティマー様に手配はお願いしましたが、何しろ急だったもので、第一便が届くまでのつなぎ分の不安が、的中してしまいまして」
「まあ、元はあなたから融通してもらった物だしな。……だが、今はそれどころではあるまい」
彼は、険しい顔で、葉月の前に横たわるルナを見下ろす。
「この娘の気配。……お前の縁者だな」
彼女の寝台を挟み、葉月と向かい合うように立ちながら、ちらりと咲月に目を向けた。
「気配……? そんなものだけで分かるんですか……」
「そこらの人間では難しいが、お前の気配は特殊なのでな」
葉月が、点滴に加えて輸血の準備を始めるのを眺めながら、清士はその手を彼女の上にかざした。
「……それっぽっちの血では、今もまだこれだけ溢れる出血は補いきれまい。……失われた血を戻すことはできないが。我が同胞の迎えを追い返す手伝いくらいはしてやろう」
その手から、見覚えのある淡い光が放たれ、それがぼんやりとルナの身体を包むように広がっていく。
――それは。魔物である咲月や朔海、葉月では望めない力。
次から次へと溢れてきていた新しい血の匂いがふと途切れ、青白かった彼女の頬に赤みが僅かながらに戻る。
傷を癒し、失われた体力を回復させる、天使の癒しの光。
彼の言うところの“天使の迎え”、咲月に馴染み深い表現をするなら、三途の川を渡りかけていた彼女が、戻ってきたと素人目にも分かる明らかな変化。
葉月も、思わずといった様子で息を飲んだ。
「あ……ありがとうございます」
咲月は、腰を折り深々と頭を下げて礼を言う。
「お前に感じた覚えのある気配が、ローレルのものと聞いたのでな。あれも、かつての我と同じく魔を狩る者。――まあ、ここらで恩を売っておくのも悪くないと思ってな」
ふん、とそっぽを向いてみせながら、彼は咲月にも手を伸ばし、額に触れる。
「――何より。仮にも我が弟子がここまで消耗している様子なのを、黙って見過ごしたままあの社には帰れぬのでな」
触れられたところから、暖かい光がじんわりと、未だしつこく凝り固まっていた疲労をじんわりと癒していく。
「あの小生意気なチビも、あの王子――明日からは王となるのだったか、あの男もこの場に居ないのなら、お前も戻るのだろう、戦場へ」
そして、彼は、いつになく真剣な表情で咲月に告げる。
「……ローレルは、古よりの大精霊のひと柱。あの大樹が折れたなら、世界は少なからぬ影響を受けるだろう。それも、災厄と呼ぶべき被害を」
第一報を聞いた時点では、咲月にとっては一大事でも、それは私事の範疇で。
なのに、突然、ルシファーからの極秘任務をも飛び越えそうな世界の危機にまで発展してしまった事態に、引き攣りそうになる頬を筋肉を両手でパチンと叩く。
「一国を預かる王の妃として、そしてこの事態を引き起こした責任の一端を負う者として。何とかしに行ってきます」
「――では、これを。彼に渡してやるといい」
清士が持ってきたものよりはるかに小さい、弁当箱サイズの保冷箱をファティマーが差し出す。
中身は――聞かずとも分かる。
清士が持ってきてくれたものを持ち運びやすい器に移し替えてくれたのだろう。
父だという、見も知らぬ男から投げかけられた言葉に傷ついた心も、暖かなもので癒され、新たな力で満たされていく。
母も、もう心配はないだろう。
だから。
「――はい。……行ってきます」
ファティマーに。葉月に。清士に。頭を下げて、咲月は彼を喚ぶ。
「――潮」
喚びながら、彼らから離れ、少し場の開けた場所を選んで移動する。
移動しながら、彼と同化し、竜へと姿を変える。
「これが……」
感心したように、ファティマーが咲月の姿を見上げる。
竜の姿のまま、もう一度頭を下げ――ふっと、彼らの前から姿を消した。




