救いの手
相当に広いそこには、既に野戦病院を思わせる簡素な寝具が縦横に等間隔に並べられ、今まさにそこにまっさらなシーツが端から順にかけられていくその最中といった慌ただしい雰囲気が漂っていた。
何人も、見覚えのない女性たちが忙しく駆け回り、咲月の師匠であるファティマーがそれを指揮しているらしい。
彼女は、陣を通して現れた咲月たちに気づくと、すぐに近場にいた数人に新たな指示を与えてからこちらへ駆け寄ってきた。
「ファティマー様、どうか寝台一つと、薬を譲って下さいませんか」
その彼女に、まずは葉月が声をかける。
「……早速来たかと思ったが……どうやらそれとは違うようだね?」
やってきたのが葉月と咲月と患者のみなのを見たファティマーは、すぐに一番近い寝台に葉月に示した。
「それで、何を用意すれば良い?」
続けざまに葉月に問い、彼も即座にいくつかの名前を口にした。
「分かった。――全て私の店に在庫がある。すぐに取りに行かせよう」
と、寝台周りに集まった女性たちの中の一人に指示する。
彼女たちは指示される前に各種医療器具を載せたワゴンを寝台に寄せ、そこから次々にガーゼや包帯を取り出し、葉月の要求通りにそれらを手渡していく。
改めて、患者の顔を確認したファティマーは、何度か咲月の顔と彼女の顔とを見比べ――
「……似ているな」
小さく呟いた。
「――はい。この人が、私のお母さんだって……」
「話したのか?」
「いいえ、初めて顔を見たときには、彼女にはローレル様が憑いていて……彼女本人とは、まだ殆ど話らしい話は……。でも、朔海や潮が、そうだって」
「そうか……ならば尚更に死んでもらっては困るな」
ファティマーが、咲月の頭に手を伸ばし、そっと撫でてくれる。
「それに、お前も顔色が悪いぞ」
先ほど薬を取ってくるよう言われていた女性が、両手に籠を抱えて戻ってくる。
「ああ、それを一つこちらにもくれないか」
彼女が早速籠の中身をワゴンへ移していくのを見ながら、ファティマーが声をかけた。
そうしてまずはファティマーに手渡されたそれを、咲月に差し出す。
「朔海が今ここに居ないという事は、奴はまだ残っているのだろう?」
尋ねるように語尾を上げながらも、確信を持った顔でファティマーが言う。
「お前の状態がそれなら、奴の状況はもっと切羽詰っているんじゃないか?」
付き合いの長さで言ったら、咲月よりずっと長く、彼の性格や行動パターンを良く知ったファティマーは、自分の推察を口にする。
「……戻るんだろう?」
それでなくとも、渇いて仕方なかった咲月は、お礼もそこそこに、貪るようにパックに食いつき、中の血を吸い上げ、ごくごく飲み干す。
パック独特の苦味すら気にならない程、渇いた喉を潤す血を甘露のように感じながら、あっという間に一つを空にした。
一口嚥下する度、今にもどこかへ飛んで行きそうだった理性がどんどん落ち着きを取り戻し、枯渇していた魔力や体力も次第に戻ってくる。
しかし、所詮は血液パック。かつて味わった、直の吸血による少女の血の甘さと威力には到底及ばない。
今の消耗の具合からすれば、一つでは全然足りなかった。
ルナの血の匂いが濃く充満する場であるからこそ、余計に苦しく感じる。
「――足りない、か。……おいで、そろそろうちに次の便が届くはずだ」
早く戻りたいが、ルナの容態も気になるし、何より今の自分が戻ってもむしろ足でまといと分かるから、咲月は促されるまま、再び陣をくぐる。
ファティマーが、彼女の店の出口を指定するのを聞き、咲月もまた同じ名を唱えて血をひと雫落とした。
「何だ、人を呼びつけておきながら待たせるとは、無礼な」
切り替わった視界にまず飛び込んできたのは、白い、翼――
そして、聞き覚えのある少し偉そうな声とセリフが同時に耳に飛び込んでくる。
「いや、申し訳ない。だが、助かった、ありがとう。礼は後日改めて伺わせてもらうよ」
「……先日来、うちの連中がやたらと茶にこり出してな」
渋い顔をしながら、ファティマーと会話を交わしているのは――
「清士、さん」
人間界の、日本で良く見かける空色のクーラーボックスを肩から下げた元天使の男だった。




