公開仕合
力が全てという魔界で暮らす者たちは、総じて好戦的だ。
己自身が戦うのも好きだが、他者の戦いを観戦するというのは彼らの最高の娯楽でもある。――その戦いの内容が自らの利害に絡まぬ場合のみ、という注釈はつくけれど。
ましてやこの国で最強を誇る者たち全てが集い、戦う。
もしも挑戦者が勝てば、そのまま王との戦いまで観られるかもしれない。
――無論、そうなれば王が交代し、これまでの体制が大きく変わる可能性があり、自らの生活にも大きな影響を及ぼすかも知れないとは分かっていても、これまでの事から彼らは挑戦者が勝利するとは思っていない。
挑戦者がどこまで善戦を見せてくれるかと、賭けまで始める者も居る。
それが、これまで何度も行われてきた『竜王位』の称号をかけた公開仕合を観に駆けつけた者たちのスタンスだった。
が、しかし。今回ばかりはその雰囲気は戸惑いに満ちていた。
常のような興奮した盛り上がりはどこにも見られない。
挑戦者に向けた失笑と、娯楽にもならないつまらない見世物への落胆。
何故突然こんな展開になったのか分からない、一般の民たちはざわざわと落ち着きなくざわめいている。
それを見下ろしながら、“瀧守”は冷笑を浮かべた。
「まさか、このような場で貴方様の戦装束姿を目にする事があろうとは、長きを生きたこのわしでも思わなんだ」
ここは、王城の外。王都の中心に造られた、闘技場だ。
各種公開仕合の数多くがここで行われる。
チケットを手に入れられさえすれば、貴族や爵位持ちで無くとも観戦が可能だ。
――とは言え、そのチケットの種別により、席の善し悪しは変わり、今朔海と“瀧守”が居るこの場所は、貴賓席よりさらに高い一番良い位置取りに据えられた場所。
王も観覧する御前仕合の際には王とその正妃が座る、王族席だ。
「これは、王より内密に言付かった件と関係がおありか?」
「……さて、我が父王がどこまで話したかは知らないが、少なくとも今はまだそれを明かす時期では無い」
「お前たち儀典省は、王位継承に口を出す権利がある。だが、一度認めたならば、余程の事情が無い限り王のやることに口を挟むことは出来ない。でなければ、己で定めた規律を自ら蔑ろにする事になるからな」
薄くて軽い甲冑を身につけ、その上から派手な戦袍とマントを纏う。
ヘルムは、つけない。また両腕の篭手部分も外側だけの簡易な物。
手首から先にかけては保護するものは何もない。
これが、この種族の戦装束のスタンダードである。
鎧の細部のフォルムや素材、戦袍のデザインや色、着こなしなどにそれぞれオリジナリティーが滲むが、向かいの貴賓席に陣取る者たちも、すでに戦装束に身を包んでいる。
一人はもちろん、紅狼だ。
横一列に8人、それぞれ真ん中から左右に4人ずつ腰掛けている。
左から紅狼、カヴァルステラ一族の長、朱馬、フエル一族の長、紅鬼、フェンリクス一族の長、緋鷹と並び、さらにその隣に四大公、水のマーキュリー、火のマーズ、風のウラヌスに地のプルートが順に並んでいる。
朔海の隣で、“瀧守”が軽く片手を上げ、部下に合図を送った。
すると、たちまち派手な音ともに数発花火が打ち上げられ、開始の合図を告げる。
「お待たせいたしました。これより『竜王位』をかけた公開仕合を開始いたします」
式典庁の進行係が、魔術で拡声させたアナウンスを行う。
普段であれば、ここらでそのアナウンスをかき消さんばかりの歓声が沸き起こるのが通例なのだが、会場は未だ落ち着きのないざわめきがおさまらない。
「此度の挑戦者は、現王紅龍王が第一王子、“綺羅星”の朔海。これより四大家当主及び四大公様方との仕合を行います。仕合時間は初戦の開始の合図があった瞬間より24時間。この会場の大時計の針がきっかり2周するまでの間。まずは仕合いの順番を決めるくじ引きを、我らが長官、“瀧守”の深山が行います」
彼は貴賓席を出て、観衆の前にその姿を晒した。
式典庁の下位役人が、そっと彼にくじの入った箱を手渡す。
あの箱の中に、それぞれの名を書いた紙片が入っている。それを、引き出した順から名を挙げ、順番を決める。
何ら魔術的仕掛けのない、至ってシンプルで古風なやり方である。
「第一戦目、マーズ公!」
くじを引いた“瀧守”自ら声を張り、その名を告げる。
その名に、紅狼は内心で舌打ちをした。
(……いや、だが。いくら四大公とは言え、所詮は成り上がりの若造だ。うちの若いのに比べれば出来が良いのはまあ、認めよう。だが、所詮我の敵ではない。むしろ、あれの使う竜の力はやはり厄介だ。これを噛ませ犬にして弱ったところを叩く方が楽で良いかもしれぬ……)
だが、しかし。
「第二戦目、フエル首長、紅鬼殿!」
(……ぐぅっ、クソッ。いや、しかし所詮は小細工を巡らすしか能のない、フエルの女帝だ。腕力において劣る奴らには、竜の力は荷が重いはず)
少しばかり焦りを感じながら、紅狼は緊張しながら耳を澄ませた。
「第三戦目、アルフ首長、紅狼殿!」
ようやく呼ばれた己の名に、紅狼がホッとしている頃、朔海も小さく呟いた。
「紅狼殿との対戦は三戦目、か」
「まぁ、お前にとっちゃインネンの戦いってやつだろ? ……テンパって空回りするなよ」
潮がこそりとそれに答えた。
「……ああ、分かってるよ」
「第四戦目、ウラヌス公! 第五戦目、フェンリクス首長、緋鷹殿! 第六戦目、マーキュリー公! 第七戦目、カヴァルステラ首長、朱馬殿! 第八戦目、プルート公!」
次々と名が読み上げられていく。
「以上、この順番にて仕合を行う!」
「それでは、まずは初戦、挑戦者対マーズ公! 両者は前へ!」
ここへ来てようやく、わっと会場が沸いた。
“火のマーズ”の二つ名にふさわしい、真っ赤なマントを翻す、大男が舞台に降り立った。
続いて、朔海も、貴賓席から文字通り“飛び”降りる。
「それでは、仕合、開始!」