もう一つの提案
大抵、普通の人間にとって、吸血鬼など非日常の存在である。
そんな事は、ついこの間まで、そんなものとは全く関係ない生活を送っていた――そう思っていた――咲月だって、何か一つでもボタンの掛け違いがあれば、このファンタジーな世界との付き合い方は違っていたかもしれないと思うのだから、世間一般的に、魔物という存在が、人間にとって受け入れがたい存在だというのは理解できる。
まして、ここは魔物にとっては完全にアウェーと言うべき場所。
今回の複雑な事情が無かったなら、もしかしたら咲月も、その言葉を普通に当然のものと受け止められたかもしれない。
けれど。
どんなに実感が無くとも、ここが咲月の故郷で、彼が実の父親なのだと頭で理解してしまった以上、そのトゲだらけの言葉をすんなりスルー出来るほど、咲月の心は大人ではない。
悔しさに、ひくりと声が喉に詰まり、握りしめた手が震える。
「……何も、特別友好的な態度を望んでいるわけではない。ただ、ほんの短い間、連中を片付けるだけ、彼らに刃を向けず、静観してくれたら、それでいい」
その震える手にそっと触れ、咲月を背に庇うように朔海が一歩前に出て、咲月の言葉を継ぐ。
「あなた方にとって、僕たちがそういう存在だというのは理解はする。特に今回は実際に被害を受けているのだから、そう易々と信用できないというのも分かる。でも、少なくとも咲月個人の件で、あなたが彼女を侮辱する言葉を、僕は黙って聞き流すつもりはない」
不意にわいた血色のコウモリがわんさか集り、アーサーを地面に張り付ける。
「正直、もう疲れきっているから、できるなら早く休みたいところだけど。……でも、必要とあらば、あなた方を相手にもうひと暴れするくらいは充分できる。だけど、ここは仮にも僕のパートナーに縁のある場所。なるべく手荒なことはしたくない」
その様子を見下ろしながら、朔海は冷たい言葉を投げかける。
「……もう一つ言うなら。――この先、これからも彼女を今までと同じように地下に閉じ込めておくつもりでいるなら、僕たちで彼女を連れ帰り、僕らの城で保護しようと思っている。……ちなみに、彼女のもう一つの“ご先祖様”の一族の承諾は、既に得ている」
その体勢のまま、朔海はもう一つの“提案”を突きつけた。
ちらりと、まだ中にローレルの入ったままのルナを見て、そして咲月と目を合わせ――最後にもう一度、アーサーを見下ろす。
「僕としては、あんたに許可貰わなくても、ローレル様の許可を頂ければ良いような気もするんだけどな。これでも気を使ってあんたのメンツを立ててやってるつもりなんだ。頼むから、なけなしの情けをあんまり雑に扱わないで欲しいね」
肩をすくめてから、朔海は彼の拘束を解き、改めてローレルとルナに向き直った。
「……いかがでしょう、ローレル様?」
彼にしては、やけに芝居がかった風な声で、彼女に問いかける。
「――うむ。この先は、我らで考え、決めるべき事。しばし、猶予を頂こう。疲れているのだろうからな。我が祠の前でしばしの休息を取るがいい。お前たちなら、“大丈夫”だろう」
彼女は、少しばかり意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべながら、そこを指さした。
「……ああ、だが。此奴は借りるぞ」
それと同時にもう片方の手で、潮の首根っこを捕まえて、持ち上げる。
「もう少し、これの力を借りたいのでな」
――有無を言わせぬ無言の圧力を伴った笑みに……朔海も、咲月も、否やの返事を返すことはできなかった。




