第一の課題
朔海らがそこへ近づくのに気付いた住民たちは、さっと互いに固まり合い、その彼らを背にかばうように、男たちが武器を手に前へ出る。
ある程度まで近づいた所で、潮はこちらに止まるように身振りで伝え、彼らに向かって大声で叫ぶ。
『――!』
……その言葉を、咲月は咄嗟に理解できなかった。
少なくとも、日本語ではない。
よく聞くと、英語のようでもあるが、随分とクセがあって、意味のある言葉として聞き取るのは難しい。
だが、彼が何と言っているのかは分かる。
彼との間にある繋がりを通して、彼が言っている言葉の意味が理解できる。
「聞け、俺はお前たちの敵じゃない。同じローレル様の分け身たるお前達なら分かるだろう」
――彼ら。潮は、住民たちではなく、彼らに等しく与えられた潮と同じもの、ローレルの仔である精霊たちに言葉を向けていた。
すると、潮の言葉に応えるように、例えばある者が握り締めた武器が、またはある者が身につけた鎧が、共鳴するように小刻みに震えたかと思えば、ふわりと、いくつもの気配がその場に現れる。
前に立つ戦士たちの傍らに佇むのは、誰もが皆、潮より遥かに年嵩の、大人の姿をしながら、しかしその姿は様々で、派手な若者姿の男も居れば、中世の騎士のような鎧姿の娘も居る。
さらにその後ろに固まる住民らの傍らに現れた者たちまで数えれば、人の姿でない者まで居り、まさに文字通り千差万別の様相だ。
『――。』
その中の一人。前に立つ戦士の中でも、彼らの統率をとっているらしい男の傍らに立つ、熊のような強面の大男が、その姿に相応しい、低い野太い声で何か言った。
これもまた、咲月の耳には理解できない言語としてしか聞こえなかったが、潮の意識を通じてその言葉の意味を理解する。
「敵か否かは分からぬが、こやつが我らの同胞であるのは間違いない」
仲間の精霊の言葉に、住民たちはざわりと反応する。
……彼らには、潮たちの言葉を直に理解することができるのだろうか?
『……――?』
その反応を代弁するように、熊男の主であるらしい男が一瞬のためらいの後、こちらにむけて言葉を投げかけたが、――どうやら、先程から潮や熊男が発していた言葉は、特に精霊語とかいうのではなく、単に彼らが使う言語そのままだったらしく、やはり咲月は、潮の意識を通してしかその意味を理解できなかった。
「……お前たちは一体何者なんだ?」
警戒心を多分に含んだ問いかけ。……まあ、この状況では真っ当な質問であろう。
質問に答えようと、咲月は口を開きかけて、――閉じた。
「……潮」
代わりにこそっと、声を潜めて、己の精霊に問いかける。
「どうすれば、この人たちに私たちの言葉を伝えられる……?」
この状況、どう考えても日本語が通じるとは思えない。
……もしかしたら英語なら通じるかもしれないが、咲月の英語能力などたかがしれている。ちょっとした旅行程度なら困らないかもしれないが、日常会話となるとかなり怪しい。
しかも、これからしようとしているのは、かなり複雑になるだろう話し合い。
だが、その咲月の問いに潮が答えてくれる前に、先に口を開いたのは朔海の方だった。
「――。」
そしてその彼が口にしたのもまた、ここの住人たちが使っているそれとおそらく同じ言葉。
それもまた、潮との繋がりを通じてその意味を知る。
「彼は、その通り。ローレルの仔の精霊であり、彼女は彼の主だ」
ローレルの仔の精霊の種を預かり、彼らの主となれるのは、ローレルから祝福を受けた母親から生まれた子供だけだと、当然ここの住民なら誰もが理解している。
『――控えよ、我が主は、ローレル様に認められた我らが姫君。ローレル様の祠への道をあけよ』
潮が、居丈高に命じる。
『……我がパートナーが言うなら、我らはお前の出自に関して信じる他ない。だが、お前たちが我らの敵ではないと判断するにはそれだけでは足りぬ。我らが聖地への道をあける訳にはいかない』
しかし、戸惑う住民たちを抑えるような声音で、男がそれを跳ね返した。
『――我らがローレル様がお認めになった姫様を否定するとは、ローレル様を否定するも同じ事。……姫様の母君の扱いについても思うところがあったが、やはりお前たち、未だに己の過ちに気づこうともしないのか』
潮は、その返答を聞いて、悔しげに呻いた。
『では聞こう。此度の魔物の襲来、姫様らの助力無しにお前たちのみで退けることが可能だったか?』
痛いところを突かれた男たちが、殺気立つ。
『姫様は、住人らに被害が及ばぬよう結界を施し、ローレル様のお力を得て、連中を撃退された。……少なくとも、ローレル様のお膝元に居た非戦闘員に魔物からの直接の被害を受けた者は居ないはず――』
『……だとしてもだ! お前らは人間じゃねえ。お前らだって魔物だ。魔物は敵だ!』
しかし、それをもいなすように、潮が連ねた言葉を遮り、男たちが叫ぶ。
『ローレル様の仔でありながら、魔物に成り下がった恥さらし者の言うことなんか、聞く価値もない。……殺せ!』
住民たちの中、一番豪奢な衣装を纏った熊男の主が叫ぶ。
先程から、他の者たちを統率している様子からも、彼が“それ”なのだと、容易に察せられた。
じりじりと高まる殺意が明確にこちらに向けられ、朔海はそれから庇うように、咲月を自分の背に隠す。
彼と彼女が直接刃を交わすような事だけは、避けたかったから。
「……やっぱり、すんなり話し合いに持ち込むのは無理かな」
潮に零せば、彼は憤りを隠さず牙をむいて唸った。
「オレは今、奴らが自分の主じゃなくて良かったと、心の底から思ってる」
一触即発のピリピリした空気が、どちらか一方が、僅かにでも動けばたちまち火花が散るだろう危うい段階にまで至った時。
それを裂く、凛とした声が割って入った。




