反撃開始
火に肌を炙られた時、人はまず熱さより痛みを強く感じる。
吸血鬼は、人間よりはるかに優れた回復力を持つが、決して痛覚がないわけではない。
傷を負えば、普通に痛みを感じる。ただ、回復が早い分、人間に比べて痛みに苦しむ時間が短く、怪我を負って後遺症を残す確率も低いから、あえて痛みを気にしない。
だが、こうして継続的に痛みを与え続けられれば、その苦痛の程は人と何ら変わらない。……むしろ、視覚や聴覚などの五感が人より優れる吸血鬼は、触覚もそれらに比べればさして顕著ではないが、若干人より鋭く、つまり痛覚もまた僅かにながら、人間より辛い。
……その割に、そういえばさっき自分で炎を吐いた時には口の中を火傷したりはしなかったな、等と詮無いことを考えながら、朔海は刻々と腹の中で膨らんでいく焼け付く熱さを噛み締める。
あえて思考をそらさなければ、内からも外からも焦がされる苦痛に耐えきれる気がしない。
長いこと、次元の狭間の屋敷に引きこもって、戦いから遠ざかっていた朔海は、他の同胞たちに比べ、外傷による苦痛に慣れていない。
これが、咲月に関わる戦いではなく、この場に彼女も居なければ、少し前までの朔海であればとっくに逃げ出していただろう。
だが今、腹の中の熱を、必死に制そうとしている咲月と、彼女とこの力の源たる大精霊との間を精一杯取り持つ潮の意思を直に感じる。
なにしろ、あの竜王の力に勝るとも劣らない――だが、性質的には正反対と言ってもいい力だ。仮にも魔に属する吸血鬼である自分たちが、かろうじてながらこうして暴発させずに何とか扱えているだけで充分奇跡だ。
それを、咲月の号令と共に口を開け、屋敷を囲む狼に向け、吐き出す。
そう、先ほど炎を吐いたのと同じように、破魔の力を吹けば、眩いばかりの白銀の光に目が眩んだ。――その炎より、遥かに熱い、口腔をびりびりと痺れさせる力は、炎の壁も、狼達の壁も容易く破り、炎の術を行っていた狼たちを軽々吹き飛ばした。
術が中断され、屋敷を囲む炎はあっという間に鎮火し、吹き飛ばされた狼たちは、ひっくり返ったまま起き上がってくる気配は無い。
大丈夫だ、という潮の保証を信じ放った力は、綺麗に狼たちにのみダメージを与え、確かに光が直撃したはずの近隣の家屋への被害が全く見られない。
『当然だ。この街は、ローレル様のお膝元。全てはローレル様のご加護を受けているんだ。ローレル様の守護を受けたものが、ローレル様のお力で傷つくはず無いだろう』
扱う側には負荷の大きい力だが、少なくともここでは、敵のみに効くこれ以上ない効果的な攻撃であるのは間違いないようだ。
『潮、咲月、まだいけるかい?』
『……勿論。奴らを全部沈めるまでは、意地でも頑張るから』
声を聴けば、やはり無理をしているのが分かる。本音を言えば、無理などさせたくはないけれど……。
『――ああ。さっさと終わらせよう』
せめて、少しでも負担が減らせるよう、朔海は翼を広げ、ぐるりと改めて辺りの状況を把握する。
最も効率よくあれを排除出来る攻撃パターンをいくつも頭の中でシュミレーションし、選び出す。
先に地に臥せった狼たちは、よく見ればまだ生きている――が、その身体はすっかり弛緩し、全く動けないらしい。
この状態なら、今はしばらく放置しておいても大丈夫そうだ。
『……やっぱり奴らが吸血鬼だからだろうな。奴らの中の、魔の力だけがごっそり灼かれたんだ』
吸血鬼としての力を与えている、悪魔の力が失われ、あそこに居るのはただの吸血生物でしかないと、そういう事らしい。
『それはいい。咲月に余計な心労をかけずに済む』
どんなに受け入れがたい、憎らしい相手でも、その命を手にかけるとなれば、やはりあまり気分の良いものではないから。
「――馬鹿なッ!!」
ある意味、期待はずれな、使い古された文句と共に、周囲を囲む同胞たちの真ん中で、紅狼も彼ら同様、地に倒れ臥した姿を晒すまで、そう時間は必要なかった。
『……葉月に、伝令の使い魔を飛ばそう。こいつらを回収するための人手を手配してもらわなきゃ』
疲れたように、その様を見下ろしながら、朔海がぼやく。
『ああ、全く。ただでさえ人手の足りない時に、本当にろくでもない』
ゆっくり、地に足をつけ、同調を解く。
「……ああ、もうしばらく動きたくない。今すぐベッドに直行したい」
言いながら、重たい足取りで、上を見上げる。
「けど、まずは改めて挨拶しておかないと、だよね――潮?」




