防戦の戦い方
――さて、どうするか。
再びの竜化は、一度目のそれより朔海に随分と余裕を持たせていた。
一度目の時は、多分朔海にも潮にも、あえて意図したわけではない、けれど心のどこかにはあった互いへの微妙な反感のせいか、いまいち同調が上手くいかず、自分の意思で自分の身体を操っているはずなのに、まるで他人の身体を乗っ取って、強引に動かしているような違和感と反発を感じ、繊細なコントロールを必要とする『翼を操り飛ぶ』という、自ら翼を操り飛ぶという行為自体は本来歩くのと同じくらい当たり前に出来ていたはずの事が上手くいかなかった。
けれど、状況が状況なだけに、お互い、少しずつ妥協し合って、なんとか体裁だけは保ち、一応は成功と言える程度までには至れた。……それは、咲月と潮とのそれと比べれば、なんともお粗末極まりないものではあったのだが。
今、朔海は一度目の時とは比べ物にならないほどの鮮明な感覚に、万能感に近いものを感じていた。
全ての五感も、骨格や筋肉や神経系統まで、本来の人型の身体とはまるで構造の違う竜の躰を、当たり前のように自分の身体として、特別意識せずとも、朔海の思い通りに動く。
硬い鱗に覆われ守られた、その自分の身体の中に、咲月と潮の意識を抱えている。
自分の中に感じる彼女たちの存在が、より全身に張り巡らされた神経に緊張をもたらし、それが感覚をより鋭敏にさせる。
胎の中、急速に熱い力が集まり、凝縮されていっているのが分かる。
咲月が操る破魔の力。
そして、潮が必死に大樹の精霊に意識を向けているのも、同時に強大な力を持つ者が、こちらを注視している視線も感じる。
まだ、その奥の手を出すには時間がかかる。
けれど、現状それだけの間手を拱いてる暇は無い。
自分が今すべきことは、時間稼ぎ。
まずは、屋敷を囲む連中を散らさねばならないのだが、さて、どうするか。
「……街中で火を吹く訳にはいかないしなぁ」
むしろ、屋敷を飲み込もうとする炎をなんとかしなければならない。
あれは、屋敷を取り囲む連中の術式によるものだから、術に関わる連中を散らせば、消えるはずなのだが……。
考える時間も惜しく、朔海はまず、一番手っ取り早い方法を選ぶことにする。
――かつて、心の中の世界で竜王と戦った経験から、竜という相手の厄介さを考えれば、ある程度有効であると思われる、実に単純な戦法だ。
上空から、翼を広げて滑空し、その巨体を狼たちの群れの中に割り込ませる。
半端な刃物など簡単に弾き返す硬い鱗は、それだけで十分な凶器になりうる。
時折、尾を振り、翼と手足の鋭い鉤爪で空を裂けば、吸血鬼とはいえ、結構な痛手になりうる。
ましてや、慣れない繊細な術式にかかずらう余裕は失せるだろう。
そう考え、地面に衝突せずに済むギリギリのスピードのまま、狼たちに次々体当たりを繰り返す。
しかし、さすが紅狼が抜け目なく、『本隊』として選りすぐった狼たちは簡単に取り乱してはくれなかった。
いくらか、弾き飛ばされた者は当然居たけれど、外の連中のようにそれだけで落ち着きを無くすような短慮な者は居らず、残った者たちは術者を庇うように竜へと向き直った。
その先頭に立った者の風体に見覚えがあった。
「お前は……」
「――先日ぶりでございます、王子殿下」
彼は、あの日を彷彿とさせる慇懃な口調で挨拶の言葉を放った。
「お前は、紅狼の側近だったな」
咲月に、朔海たちの正体が決定的にバレるきっかけとなった葉月邸への大規模襲撃の統率者だった彼。
あの時、結界の中に閉じ込めた彼らを追い返すのに苦戦した朔海は、咲月の血無しには回復しきれない程の大怪我を負った。
「……ええ、確かにあの時まではそうでした。あの失敗で紅狼様のお怒りを買い、降格されるまでは――。ですが、この作戦が成功すれば、再び側近に返り咲ける。いえ、紅狼様もあの状態ですから、そう遠くない未来には、私こそが一族の長として立てる」
そう語るその言動は、落ち着いているように見えて、しかしその瞳の奥には見間違えようのない狂気を孕んでいる。
「先だってはあなたの力量を見誤り、油断をしたこちらの手落ちによる負けを喫しましたが、今回はそうはいきません。
二重、三重に術者を囲む狼の輪の一番前の列が、ジリジリと朔海との間を詰め、周りを囲うように半円を描く。
――狼の牙など、竜の鱗はものともしない。束になってかかられたところで傷一つ負うことはないだろうが、何しろ相手も巨躯なのだ。
それが束になってかかってくれば、その重みで地に引きずり降ろされる可能性は大いにあった。
そうなれば、鱗に覆われていない竜の弱点となりうる目や口内を狙われやすくなる。
勿論簡単にやられるつもりもないが、無駄な時間を取られる可能性がある。
炎が、刻々と屋敷の壁を焦がしていく今、朔海は彼らとの間合いを取るため、再び上空へ逃れ、高度を上げざるを得なかった。
朔海は、眼下の光景に、覚悟を決め、咲月と繋がる感覚のうち、意識して痛覚のみを遮断し、再び降下する。
今度は狼の群れの只中ではなく、炎に包まれた屋敷の上、屋敷を自らの体で覆い、その身体を炎から屋敷を守る盾として――
刃を通さず、炎も退ける鱗も、それが熱せられれば当然、鱗に接する肌も焼ける。
炎は退けても、それが孕む熱を完全に遮断する事まではできない。
その痛みに一人耐えながら、朔海は狼の群れに威嚇の咆哮を上げた。
朔海を苛む炎は、この状況なら彼らの攻撃を阻む盾にもなってくれる。
自分の体の重みで屋敷を潰してしまわないよう気をつけながら、狼たちの次の出方を伺う。
その、朔海の対応を見た狼たちは一様に不可解な物を見る目をこちらに向けてくる。
「……成る程、我らは確かに貴方の力量を見誤っていたようだが。どうにも貴方が理解しがたい思考回路は相変わらずなのですな、“綺羅星”殿下は」
「ああ、お前たちの様なものに理解できるとも思えないし、別に理解してもらう必要もない、と、この間までの僕ならそう答えただろうが……。全く、魔王陛下も無理難題を押し付けてくださる」
こんな連中ばかりの民たちの考えを、朔海は王として、変えていかなくてはならないのだ。
「――ただ、相手を傷つける力のみが強さではないと、思い知るといい」




