狼狩り
結界を形作る力は、咲月や潮が持つ力と同質のもの。
眼下で、突然現れた障壁に憤る者たちが力任せな攻撃を加えてもびくともしないそれと、同化するように、咲月はするりと壁をすり抜ける。その後ろから、潮と同化した朔海も同様に続く。
その姿にまずざわめき、落ち着きを無くしたのは街に攻め入ろうとする狼たちを必死に阻んでいた男たちだった。自分たちの体を張って作っていた障壁が崩れ始めていた、その背後に現れた強固な壁は、狼たちだけでなく自分たちも阻んだ。
前に狼、後ろに壁。
板挟みの上に正体不明の巨大な竜。
竜といえば、それを狩れば一族の英雄として讃えられる、そのくらいの難敵が、2頭。
彼らの脳裏に『絶体絶命』の言葉が浮かぶのも無理はないシチュエーションだろう。
そして、彼らの前に居る狼たちも、驚いてはいるものの、これは彼らにとってある程度織り込み済みの事態だ。
それを初めて見る末端の者を、それを束ね指揮する者たちが引き締め、動揺を最小限に留めている。
竜の体躯から放たれ、降り注ぐ破魔の力を含んだ銀の光に、狼達は即座に街へ放っていた魔術を止め、代わりに自分たちの頭上に、盾代わりの障壁を出現させる。
彼らの血をほぼそのまま材料に作った壁に光が触れれば、即座に互いを拒絶し合って激しいスパークが走る。それが、壁のそこここでいくつも次から次へとぼぼ継続的に発生するのだから、それはまるで雷の壁のように見える。
そうして自分たちの安全を確保した彼らは、壁の術に専念する者を守るように中央に置いて、まずは目障りな目の前の小物を取り除く事にしたらしい。
揃って、武器を持つ男達に牙を剥く。
鋭い牙と爪を持ち、触れれば被れる魔界の毒気を含んだ毛皮に包まれた巨躯を相手に、破魔の効果のある剣や槍、戦斧やハンマーや弓などそれぞれが得意とする武器を向けるも、人間の体躯と比べれば大柄な武器でも、魔狼の巨躯と比べれば小枝のような頼りない武器だ。
武器の纏う破魔の気も、こうして見る限り、毛皮に染み込んだ魔界の毒気を祓う位はできても、その分厚い毛皮と肉とを貫いて急所を突くまでの事を出来ている者はそう多くない。
ただでさえ数の差があるのに、その戦力差は圧倒的だった。
――この状況の中、どう出るべきか。
『咲月、僕たち二人で挟み撃ちにしよう』
こういう状況で、戦略を練ったり指揮を取ったりという事にはまだまだ疎い咲月に先んじて、朔海が簡単な作戦を伝えてきた。
結界の前で狼たちを阻もうとしている者たちは、現状、咲月たちにとっては敵ではないが、味方とも言えない。彼らが、こちらにも攻撃を仕掛けてこないともいえない状況で、けれど彼らは極力傷つけたくはない。
と、すれば。
彼らに向かっていている狼たちを、左右から挟んで攻撃する。
それで彼らが後方に撤退すれば良し、しないなら倒す、至極明快な作戦だ。
朔海が、ちらりとこちらに目配せし、にやりと竜の顔のままでも分かるくらいに笑う。
大きく息を吸い――勢いよく炎を吹き出す。
火炎放射――。
一直線に炎の道が出来上がっていく。
それにタイミングを合わせ、咲月は背の翼を大きく羽ばたかせ、生み出した風を、風の精霊の助けを借りて支配し、朔海の炎と合わせて渦を巻かせ、炎の竜巻に仕立て上げる。
折しも、天井は雷の壁に覆われた中を、炎が暴れまわる。
これが、本当にただの魔獣であったなら、これだけで掃討できただろう充分な火力を誇る攻撃だが、高位の吸血鬼である彼らには決定打にまではならない。
群れを混乱に陥れ、少なくないダメージは与えられても、下っ端の身体を盾にしてでも己の身を守ろうとする指揮官と、盾にされる運命から逃れようともがく下っ端たちが入り乱れる中、術者たちは慌てて壁を解き、炎に対抗するため大量の氷の礫をぶつけてくる。
急いでいるためか、粒は大きくないが数は多い。
特に狙いを定める様子もなく、四方にばらまくように飛ばし、こちらの風の術をも利用し炎にぶつけてくる。
炎に触れた氷は即座に水に変わり、それは炎の熱で水蒸気となり、たちまち辺りは真っ白な靄で視界が奪われる。
次の瞬間、咲月は頭の中、朔海が舌打ちするのを聞いた。
直後、男たちの悲鳴と怒号が響く。
視界を奪われ、身動きの取れなかった、ほんの一瞬の隙をつかれた。
……相手は、狼の特性を持っていると、知っていたはずなのに。
視界が塞がれようとも、彼らには優れた嗅覚と聴覚がある。特に本能的な習性として嗅覚に頼る事の多い彼らにとって、この状況はむしろ有利で……。
『咲月、頼む、早く……! 今すぐ、この霧を吹き飛ばしてくれ……!』




