二頭の竜
「街をぐるりと囲んで覆う結界を張る。奴らを街に入れないよう――潮、力を貸してくれるか?」
足が、地面に届く前に。朔海は潮に言った。
「なら、さっき姫様がしていたように、お前、オレと同化しろ。同化したまま、術を使え。そうすれば、破魔の力を練りこんだ壁が作れる」
「……咲月みたいに、上手くやれるかどうか、正直自信がないが――こんな時だ、迷ってる暇もないし、やってみよう」
繋がれた朔海の手が、離れる。
咲月もまた、その隣でいつかの様に、己の姿を人のそれから龍のそれへと変化させる。
「なら、私はこの忌々しい魔術を蹴散らしてくる。――壁が出来次第、一気に奴らを叩くんでいいよね?」
小規模なものなら、一瞬で出来るだろうが、街一つを覆う、それも彼らクラスの上級魔族の侵入を阻む壁を築くには、相応の時間と魔力が必要だ。
その間、街に凶器を降らせる魔術から、住人を守る。
水の精霊に助力を乞い、火の粉を防ぐ大きな水壁で街の空を覆う。
水壁に触れた火の粉は、端からシュウシュウと音を立て、水蒸気の靄を生み出しながら、壁を越える前に消えていく。
だが、所詮ただの水の壁。炎は遮れても、他の――特に物理的な攻撃には全く用を成さない。
火の粉の熱に温められた靄に触れても溶けきらない、鋭利な氷の槍は、水の壁を安々と抜けていく。
続けて咲月は、風の精霊に助力を乞い、無数の風の刃を生み出し、氷の刃に向けて放つ。
氷で出来た槍を、風の刃で打ち砕き、氷の礫にしてしまえば、水の壁を越える前に溶け、ただの水滴となって落ちる。
火の粉や氷の礫が纏う、魔術の邪気は、咲月が自ら放つ破魔の光で相殺できる。
一つも打ち漏らさないよう、咲月は街中を縦横無尽に飛び回り、鎌鼬を放ち続ける。
その水の壁の下で、もう一つ、眩いばかりの銀の光が柔らかく広がり、街全体に破魔の気を緩やかに広めていく。
咲月の、胴の長い東洋風のものとは違う、見るからにドラゴンといった風の、銀の竜――潮と同化した朔海だ。
彼らは、翼を広げ、羽ばたこうとしているようだが、まだ上手く同調出来ていないのか、まるで息の合わないボート漕ぎを見ている様で、ちっとも飛び立てる気配が無い。
彼らは割と早々にそれを諦め、術の構築に入った。
息が合わないようで、でも、案外息が合っている。
こんな状況でもいつも通りな二人の様子に、咲月は思わず苦笑を漏らす。
飛ぶのは上手くいかなかったようだが、術の構築はかなりスムーズに行えている。
突然現れた竜に、戦々恐々とする住民たちを、あえて牙とその巨大な身体で脅しつけて追い立て、二人から遠ざけ、ローレルの樹の下へ誘導する。
やがて、うっすら薄桃色の混ざった、半透明の白銀の壁が一気に立ち上がる。それは街をぐるりと囲んで、同じペースで上へ上へと伸び、やがて内側へと緩やかなカーブを描き、ドーム状の屋根を形作る。
頃合を見計らい、咲月は水の壁を解き、それを構築していた水を、壁が完成する前に外へとはじき出した。
水が塊となって滝のように落ち、もみ合う人と獣たちの頭上へ降り注ぐ頃には結界は完成し、もはや街には火の粉も氷の槍も一つたりとも落ちてこない。
全ては結界に弾かれ、放たれた凶器は、それを放った者へと天唾となって返る。
それを確認し、咲月は改めて彼らと目配せで合図をし合う。
――ここからが、本番だ。
敵も、敵の魔術も通さない、強靭な壁だが、それを構成しているのは、朔海と潮の魔力だ。
それと同質の力を持つ咲月は、壁に張り巡らせた力と同化することで、それをすり抜けられる。 ――無論、それを構築した本人である朔海と潮も。
彼らは再び、翼を広げて飛び立とうとする。
街の大通りを、その逞しい足で駆け、助走をつけつつ、必死に翼を羽ばたかせる。
どたどたと足音を立てて走り、ばたばたと翼を動かすその様は、少々不格好ではあるが、その甲斐あって、その巨体がふわりと宙に浮く。
正直、見ていて危なっかしい、不器用な飛び方ではあるが、咲月と同じ高さまで舞い上がり、並んで飛ぶ事はできている。
『――それじゃあ、いこうか』
頭の中に、朔海の声が直に響く。
『――待ってました』
それに、同じようにして好戦的な返事を返して、咲月は目の前の壁に頭から突っ込んだ。




