いざ、出陣
毎年、暑い季節が近づくと、新聞やTVに、その手の話題が多く登場し、そういう光景を撮した写真や映像を見る機会も増える。
外国の戦争の様子も、日々報道される。
けれど、平和な日本で、こんな光景を生で見る機会はない。
こんなふうに、黒煙がいくつも立ち上り、男たちの怒号や女子供の悲鳴が耳に痛い、その光景を目の当たりにして、咲月は息を飲まずにはいられなかった。
思わず目を背けたくなる、弾ける火の粉が雨のように降り注ぐその下を逃げ惑う人々の姿。
だが、彼らをそうして追い詰めているのは、無機質な軍用飛行機でも、戦車でも、大砲でもミサイルでもマシンガンでもない。
クマみたいに大きな、巨大な狼。黒、銀、灰色、青銀、茶、赤――。色が乱れ、逃げ惑う人々に牙を剥くのを、戦闘員が必死に防ごうとしているが……
『押されてます……ね』
まだ遠目に見ていても、非戦闘員に被害が及ばないよう、魔狼の群れを村の中に入れないように押しとどめるのが精一杯で、押し返す余力はなさそうだ。
それも、一人、一人と少しずつ欠け、その防壁も、いつまで保つか分からない状況。
しかし、その頭の上を超え、あざ笑うように彼らの魔術が降り注ぎ、氷の柱が槍のように降り注ぎ、火球が弾けて火の粉が舞い、街を襲う。
だが、まだそれらが決定的に人家や住人達に被害を及ぼしている様子はない。
人々は混乱してパニックこそ起こしているが、戦闘員以外の人間に目立った負傷者は見受けられない。
「あれは――」
空から無数に落ちてくるそれの下に、無数の赤いコウモリがまとわりつき、その軌道を逸らし、被害のより少なく済むところへ落としている。
「――潮!?」
人の多い地面を避け、人家の屋根に上って自らの簡易使い魔で敵の魔術の被害を最小限に留めている。
彼の声に、その姿を見つけた咲月は即座にそちらへ向かう。
「朔海!」
「……潮……、……咲月?」
彼の居る屋根の上で、潮との同調を解く。
「ローレル様!」
そうして咲月と分かれた潮はまず、街一番の大木へと飛んでいく。
それは、周囲の木々を圧倒する、他とは明らかに違う大きさの樹。
だが、その大きさ以上に何かものすごい存在感を感じる。
潮が呼んだその名は、彼の“親”でもある、大精霊の名。
「つまり、あれがその大精霊の宿る樹……?」
その樹の上にも、火の粉や氷の槍は降り注いでいるのに、不思議とその枝葉にそれが届く前に、それら全てが幻であったかのように消え失せる。
樹木を包むように、薄く銀に輝く光の膜が覆い、それに触れたそばから氷も炎も消し飛ばされる。
「ああ、潮からそう聞いてるし……何より、あの銀の光の色、潮の破魔の光の色と同じに見える。街の人も混乱しているけど、概ねあの樹を目指して逃げているみたいだし、間違いないだろう」
舗装も整備もされていない、剥き出しの地面のままの通りは狭く、人はそう多くないのに、ひしめき合う人々でいっぱいになっている。
「……咲月。今のところ、僕はあの人の姿をまだ見ていない。彼女……君のお母さんは、多分あの家の地下に捕らわれたままだ」
「私の……お母さん」
当然だけれど、こうしてこの場に立っても、ここが自分の故郷だなんて、思えない。
朔海と初めて出会ったというあの街に連れられて行った時以上に、記憶にない過去に戸惑いを感じる。
「……ありがとう、朔海。でも、ごめん。今はまだ、私、どうしたらいいのか、分からない。……だけど、このまま分からないままで終わらせたくないから。……それも、あんな文字通りの野郎連中にやられるなんて、嫌だから。それに、潮にとってもここは大事な場所みたいだし」
潮の呼びかけに応えるように、樹のてっぺんに、ふわりと淡い女性の姿が像を結ぶ。
「まずはあいつらを片付けて、他の事は全部その後に考えよう、朔海」
咲月は彼の手を取って立ち上がる。
「……今度は、一緒に戦える。行こう、朔海」
そのまま彼の手を引いて、咲月はためらいなく屋根の上から、飛び降りた。




