吸血鬼国の政治体制
「……なぁ、竜王位って、何だ?」
慌てて使い魔を飛ばす彼から隠れるように、こそっと潮が囁いた。
「この国の称号の一つで、特に最高位とされる勲章だよ。これを得れば、今の四大公を越えて王に次ぐ位を得られる」
「四大公?」
「ううんと、……そうだね。少し、この国について説明しておいた方が良いかな、これからの為にも――」
この国の、この城にある政治機関は大きく分けて四つの区分に別れる。
もちろん、全ての機関の上に立つのが王である。
そしてその王を直接補佐し、王の意向に沿った政治を主に行うのが王府だ。
宰相や軍師、本議会を統括する議長等が、これに属する。
そして、日々国の行政を取り仕切る、行政院。
国政業務や財政、軍務、外交における通常業務を執り行う機関だ。
――同じく行政院に属しながら少々毛色が違うのが、儀典省な訳だが、それを除けば基本的には王の意に沿って動くのが通常だ。
しかし、いくら王が一番偉いとは言え、全ての意向をそのまま行政に反映するのは難しい。
何故なら、貴族院や元老院というものが存在しているからである。
貴族院、とはこの国に存在する全ての貴族が集う機関であり、それぞれの一族の代表が貴族議員として名を連ね、貴族議員議会を開き、そこで纏めた貴族の意向を反映しようと本議会へそれを持ち込んで来る。
さらにもう一つ。
元老院、とはこの国に存在する全ての爵位持ちが集う機関であり、やはりこれも議員議会を開いてそこで纏めた彼らの意向を反映しようと本会議へそれを持ち込んでくる。
「……なぁ、貴族院と元老院て、何がどう違うんだ? 爵位って、普通は貴族の位の名前じゃないのか?」
「ええと、大雑把に言えば、貴族は“家”とか“一族”単位で、議会に出てくるのはそれぞれの首長だけど、元老院は“個人”単位だから、本人が議員として議会に参加できるんだ」
この国には、多種多様な称号が存在する。
それぞれ得るのに厳格な条件が定められ、誰がいつ、どの称号を得たのか、全て詳細に記録されている。――それを管理するのもまた、儀典省に属する位階庁の仕事だ。
そして、その記録を元に全ての者の身分が決められる。
そこである一定以上の称号を得て力を認められた者に、それぞれ相応の爵位が与えられる。
さらに、ある一定以上の力を認められたものが血族内の九割以上を占める家、もしくは一族は貴族として貴族院に加盟する事が認められる。
「ただし、貴族として認められた一族の出身者はどんな爵位を持っていようと元老院には入れない。――どうしても元老院に入りたければ、一族と絶縁しなければならない」
その貴族院の中でも特に力ある家を「四大家」、元老院の中でも特に大公爵の位を持つ者たちを「四大公」と言う。
「もちろん、葉月の一族であるアルフ族も『四大家』の一つだ」
そして今の朔海は目星い称号を何一つ持たない状態だ。
唯一持つのは、『王族認証の儀』で得た、『王子』の称号だけ。
「でも、竜王位の称号を獲得すれば、それだけで現王への挑戦も許される身分を得られる」
「一発逆転の美味しい話みたいに言うけどお前、こういうのは大体がハイリスク・ハイリターンって、相場は決まってるだろう?」
「そうだね。これまで史書に記されている限り、これを獲得できた者は殆ど居ない。現王、先王、先々代王の御代には一人も出なかった」
王への挑戦が許される身分だ。王位を欲する者なら絶対に獲っておきたい称号だ。
だが、王位を欲しない者は居ないと思われるこの魔界で、それを得られたのは僅か数名。
どれほど獲得が難しい称号なのかは推して知るべし、というやつだ。
「……で、その条件は? ――決められているんだろう?」
「ああ。四大家の代表、及び四大公と公の場で仕合い、勝つ事。そしてその全ての仕合いを一日――24時間以内に消化する事。これが条件だ」
もちろん、優秀なものの揃う貴族の一族の頂点に立つからには当然相応の実力者だ。
特に強いとされる四大家の首長。紅狼は、その四大家の一つアルフ族の首長である。
当然、いくつもの称号を勝ち得ている四大公もその名は伊達ではない。
一人倒すのだって大変なのに、それを8人も、しかも24時間という時間制限内に倒さなければならないとなると、それぞれ可能な限りの短時間で連戦連勝しなければならない事になる。
それが、どれだけ過酷な条件なのかは、この称号の獲得者の数が物語っている。
「でもさ、どうせ彼らとは戦わなきゃいけないんだ。……ならここで、一石二鳥を狙うのも悪くないだろう?」
先程涼牙に託したリストには、四大家当主の名と、四大公らの名も記してあった。
そして、彼らが大人しく朔海に従うはずが無い事も分かっていた。
「単なる公開仕合の申し込みは断れても、称号への挑戦を断ることは許されていない。これなら確実に長官との面会が叶う。……だろう、“瀧守”の深山殿」
「偉そうに、若造が我が名を気安く口にするでない。それも称号を一つしか持たぬ、下の下の身の上、称号を得ることすら出来ぬ屑どもよりは僅かにマシという程度の者がわしと口を聞くなど本来許されぬのだぞ、無礼者めが」
全身、黒衣の長衣で簡素ながら品の良い身なり。
胸まで届きそうな長く白い顎鬚と、それより長い長髪もまた白い。
深々と刻まれたたくさんのシワが、その数の分だけ彼の威厳として加算されているのではと思いたくなる、そんな重厚な威圧感を隠しもせずにまとった男が、節くれだった杖を片手に、こちらへ歩いてくる。
「だが、お前の言う通り、称号への挑戦を断る事は出来ん。……しかし、その挑戦の意が偽りであるとすれば、我らはその者に直接制裁を加える事が許されておる」
「ああ、知っているとも。――だから、挑戦の意は偽りではない。僕は今ここで、竜王位への挑戦を宣言する」