出会いの宴
――夜会、など。これまで日本の一般庶民として生きてきた咲月にとっては当然経験のあるものではなく、お伽話やTVや映画の中の世界の話でしかなかった。
だから、咲月にとって唯一の実体験である先日の儀式の時のそれをつい思い浮かべてしまっていたのだが……。
先日の、いやに広い会場とは全く違う装いの部屋に、咲月は少しだけ緊張を解いた。
……ここだって、勿論十分に広い。
学校の25Mプールが一つ、余裕で収まりそうなくらいに広いダイニングに、丸テーブルがいくつか置かれ、その上にビュッフェ形式の料理が並び、給仕が飲み物の入ったグラスを配って歩いている。――立食形式のパーティー会場そのものの装いだ。
向けられる視線も、あの時と比べれば、敵意や悪意など無いに等しいが、しかしその全てが好意的な視線か――といえば、絶対に違う。
品定めの意味を多分に含んだ、好奇の視線が刺さる。
でも、隣には咲月をエスコートしてくれる朔海がいる。
咲月はその視線を拒絶するでも、撥ね返すでもなく。萎縮することもなく。
柔軟にいなして、その場にいる者たち一人一人に微笑み返す。
そして、ゆっくりと彼らに頭を下げる。
決して深くない、が、会釈よりは若干丁寧なお辞儀。
「……ここに居る者の大半は、既に彼女と顔と名は既にしっている事とは思うが、改めて紹介しよう。彼女が僕の伴侶であり、近々僕の正妃として僕の戴冠式で僕の隣に立つ人だ」
朔海に促され、頭を上げて、咲月は改めて名乗り――
「――私の名は、双葉、咲月」
もう一度、先程よりも少しだけ深く、頭を下げる。
「よろしくお願いします」
その時、さらりと流れた髪の影に、きらりと光る物を見留めた者がいた。
「……それは、まさか」
ボソリと、吸血鬼の聴力だからこそ拾えるという小声で呟いたのは、プルート公だった。
「さすがの観察眼ですね、プルート公。……ええ、貴公のお察しの通り、これはかの方から彼女に授けられたもの。魔王陛下に認められた、我が国の次代の正妃である証」
朔海の答えに、会場がしんと静まり返った。
「そして、もう一人。僕と、咲月とに仕える精霊、潮を紹介しよう」
ピシッと赤い蝶ネクタイをしめ、黒のタキシードを来た潮が、胸を張る。
「あの場にいた者たちは、彼女たちの力の一端を既に目にしているだろう。……彼女たちは、破魔の力を使うことができる。だから、そう心配してはいないけど、念を押しておこう」
朔海は咲月の肩を抱いて、微笑む。
「彼女に手を出すのなら、相応の覚悟をしてもらおう。命や、今ある地位や名誉を失う覚悟を。……彼女を不必要に傷つけようとするのなら、僕は容赦しない」
その、人畜無害そうな笑みとは裏腹の切れ味鋭い声音でその切っ先を突きつける。
それと同時に、給仕から赤ワインを満たしたグラスを受け取り、掲げた。
「……けれど、彼女は僕たちの力だ。もちろん、ここにいる者たち全てが、僕の大事な力だ。まずは、戴冠式。そして、その先へ――。一緒に、行こう」
まず、咲月のグラスとそれを触れ合わせる。
そして、彼女の手を引いて、一歩、二歩と進み、葉月と。四大公、四大家の当主たち。ベヒモス、カイン。順繰りに、互いのグラスを触れ合わせて歩く。
そして、朔海に続けて、咲月も。
朔海に、それぞれの名を教えてもらいながら、自分のグラスを差し出す。
「明日から、本格的に戴冠式に向けて動く。それと同時に、君のお披露目も」
「……妃の披露目なら、当然女が居ないと話にならないな? なら、私が指揮を取ってやろう」
と、まずフエル族の長、紅鬼が手を挙げる。
「では、俺はサポート役を引き受けよう」
続けてベヒモスが手を挙げた。
「主に民衆相手のイベントなら、情報収集役は必要だろうからな」
「では、私は戴冠式の方を。……雑な方に指揮を取られて雅な儀式をぶち壊しにされてはかないませんから」
と、進み出たのはカヴァルステラの長、朱馬。
「……まあまあ。仕事の話はまた後ほど、会議の席で。今は仮にも夜会の席です。この場は、親睦を深める席としましょう」
それを、葉月が途中で制し、改めてグラスを掲げた。
「さあさあ、もう一度、乾杯しましょう。……我らの政権の安泰を祈って――」
葉月の乾杯の音頭に、今度はいくつものグラスが同時に音を立てた。




