思惑
「――これはこれは、“綺羅星”の殿下」
朔海が葉月やアルフレートの傍を離れると、こちらから声をかけるまでもなく、あちらからわらわらと周りに群がるものたち。
大半は娘たちだが、彼女たちに先んじて声をかけたのは彼女たちの中の誰かの父親であろう壮年の男性だ。
吸血鬼の世界は実力主義の弱肉強食――とは言え、基本の基を人間に模しているため、通常は単純な腕力だけを見れば女性より男性に軍配があがる場合が多く、またそれはある程度の年齢までは年経るごとに強くなるが、そこを越えるとゆっくり衰えていく。
葉月などはまだ山の頂点に達するまでもう少しかかるだろうが、この男性は既に山を越えている。――しかし、年齢分積んできた経験値が、衰えた力を補って余りあるケースも少なくない。
そういうものをひっくり返すだけの何かを持たない限り、娘たちは父親に抗うことは許されない。
「ミル家の霜牙殿、か」
――ミル家。今は既に亡い巨人族の力を代々継ぐという家だ。
そしてそのルーツにふさわしい巨体を持ち合わせた男を前に、娘たちは恨みがましい目を向けつつも、ぐっと押し黙り、一歩下がる。
「この度は、竜王位の受勲、おめでとうございます。先だっての殿下の仕合を見逃した事、娘共々口惜しく思っているところでございまして……」
その彼は、その巨体の後ろに隠していた娘の背を押し朔海の前に引き出した。
彼女もまた当然、ミル家の血を引く娘。父親に比べればまだ華奢に見えるが、――周りを囲む娘たちと比べると明らかに大柄だ。
「娘の霜花にございます」
背が頭一つか二つ分飛び抜けているのはもちろん、年頃の娘にしてはがっしりした体格で、彼女と目線を合わせるのに、朔海は少し首を上へ向けなければならなかった。
「――お初にお目にかかります」
父に促され、そう頭を下げる彼女は、しかし周囲にひしめきささやき交わす少女たちに比べ、ふてぶてしいと見られても仕方のない風な様子で朔海を見下げた。
ちらちらと朔海を気にするように向けられる娘たちの視線も、これまで朔海には縁遠いものであったが、彼女のそれもまたいつも見てきたただの蔑みの視線とは違う。
だが、いつまでも彼と彼女に場を独占させるつもりのない次の男が間に割って入ってくる。
「殿下、お久しぶりにございます。覚えていらっしゃいますか、昔殿下の遊び相手を仰せつかっておりました」
「……ああ、カーク家の炎玉殿だったな。――それは、忘れるわけがないだろう」
それは、まだ朔海が“認証の儀”を受けるより前のこと。
まだ正式な披露目前の幼い子どもだった朔海の周りには涼牙を筆頭に多くの侍従がつけられ、同時に選び抜かれた名家の子息たちが遊び相手の名目で与えられていた。
……親は、将来の有効な縁を求めて子を送り込むが、幼い子供たちの間にそんな大人の思惑など関係ない。特にこの魔界で、弱いのは自己責任、負けるのは弱いのが悪い、という理屈がまかり通る中、当然朔海がその子供たちの集団の中で下位に置かれたのは当然の成り行きで。
その中でガキ大将よろしく特に朔海をいじめてくれたのがこの彼――今はルビーやガーネットといった赤い宝石をじゃらじゃらつけた炎玉だった。
彼はその身なりの通り、カーバンクルの力を継ぐと言われるカーク家の次期当主候補だ。
「全く、貴殿が竜王位とは、一体どんな魔法を使ったんだか。昔貴殿の遊び相手だったと言ったら、妹が紹介してくれと珍しく可愛くおねだりしてきたもんでね」
「あ、あの、お初にお目にかかります。杏珠と申します。以後お見知りおき頂けたら光栄でございますわ」
なるほど、確かに美しい娘だが――
「まあ、昔のよしみで良くしてやって頂けたら幸いで。よろしければ我が屋敷にて、かつての旧交を暖める意味でも共に盃を交わしましょう」
「……そうですね。今は何かと忙しい時ですので、また時間の出来たときにでも」
彼の申し出に対し、朔海は社交辞令で躱す。
「あのっ!」
男達に先を超されながらも仕方なしに順番を譲った娘たちの中から、しびれを切らしたらしい一人が声を上げた。
「あの、私、リン家の柚芽と申します。その、よろしければ今度、私とお茶でもいかがですか?」
淡いピンクのドレスの可愛らしい、見た目は儚い花の様な少女だが、見目に反し中々に勇気のある少女のようだ。
しかし、彼女が口火を切ると、我も我もと周りを取り巻いていた少女たちも活気づく。
「私、元老院に席を持つナンシー伯の娘、ラナと申しますの。私、竪琴が得意ですの。是非一度、私の演奏をお聞きにいらしてくださいまし」
「あら、音楽なら私の歌のほうが――。ああ、私、シレナと申します」
「――たしか、セイ家の方だったと記憶しておりますが」
「まぁ、ご存知でいただけたとは光栄でございますわ!」
「ええ、本日お招きしたお客様の顔と名前は一通り、覚えておりますよ。そちらの方はレイミア嬢、そのお隣の方はロア嬢、レーシー嬢ですよね?」
朔海が、それぞれの顔を順繰りに眺めながら名を呼ぶと、彼女たちは一様にはしゃいだ様子をみせた。
「今日、僕がこの宴を催した理由は、一度、貴女方と直接話をしてみたかったから。僕が何故そんな事を突然思い立ったのかは――後日、お分かりいただけるかと存じます。宴はまだ、始まったばかり。時間はたっぷりあるのです。そう急がず、ゆっくり宴を楽しみましょう」
やんわりと牽制を含めつつ、朔海は言った。
――そう時間は、たっぷりある。手紙一枚では分からなかったことを知り、見極めるために開いた宴だ。……その手間賃に見合った元は取らねばならない。
まだ、始まったばかり。自分で言った言葉に早くも目眩を覚えそうになりながらもそれを必死に押し隠し、朔海は笑みを浮かべた。




