宣言
すっかり荒れ果てた地面の上を、大儀そうに、しかし実に優美に、かつ威圧感たっぷりに歩いてくるのは――
未だ沈黙を続けるアナウンスに代わり、朗々と響き渡る声が硬直した空気を叩き割る。
「儀典省長官、“瀧守”の深山の名に於いて、ここに“綺羅星”の朔海に、只今をもって竜王位の称号を与える」
しかし、それでもまだ静寂は破られない。
「さて。竜王位を得た者には、現王に挑戦する権利が発生する」
それは、かねてから知られ、当然この場にいる者はそうと理解してここに居る。
だが、それがよもや現実のものになるだなどと思ってここにいる者は誰一人居なかっただろう。
――当の朔海本人を除いては。
しかし、その重々しい台詞でようやく、その事実を飲み込んだ観客たちは、ざわざわと落ち着きを無くしていく。
「“綺羅星”の朔海、今ここでその権利を行使するか」
決して、大きな声ではない。拡声器や、そういう種類の魔術を行使しているわけでもない。
それでも、この広い場に凛と響いた問い。
――王への挑戦、即ち今ある全てが根底からひっくり返される可能性すらある戦い。
まさかの結果の上に行われるそれは、初めて彼らに次のまさかが現実になる可能性を真剣に危惧させた。
「……いや」
しかし、固唾を呑んで見守る彼らの視線が集中する中で、朔海は静かに首を横へ振った。
――ああ、やはりそこは“綺羅星”殿か……
その答えに即座に安易にそう考えた者は少なくなかった。
「――だが」
けれど、そのすぐ後で、朔海は早々に胸をなで下ろしていた彼らの予想に反し、言葉を継いだ。
「今、この場でそれはしない。だが、近日中には――時と場所を選んだ上で改めて、王への挑戦を行う」
そして、そうはっきりと宣言した。
ここに居る者は既に、朔海が操る竜の姿を目にしている。
そして、それを操るという事がどういう事なのか。――それは吸血鬼にとっては常識と言うべき知識である。
事実、ありえないと誰もが思っていたのに、四大家の長たちも、四大公たちも、国の中でも有数の実力者たちが負けを喫した。
「正式な証書と印章は、後日改めて授与する。――本日の仕合は、これにて全て終了と致し、この場は只今を以て解散する」
長の言葉を受け、ようやく息を吹き返したアナウンスが、慌てて観客の退場を誘導するべく声を挙げ始める。
一部、未だ呆然とする者も居る中、大番狂わせの結果と、この後の波乱の予感に、多くの者は一気に騒ぎ始める。
我先に会場を後にしようと出口に詰めかけるものたちもあれば、誘導係の目を盗んでこちらへ降りようとするものまである。
「竜王位をかけた仕合は、例え挑戦者が敗れたとしても、後々まで語り継がれる名仕合となるのが通例。挑戦者が竜王位を獲得した仕合であれば、貴族の子弟が教養として必ず教師から聞かされる。……しかし、このような騒ぎは、少なくともこのわしが目にするのは初めてじゃ」
嘆かわしい、とばかりにその様子を睨みつけ、彼はうんざりしたように顔を背けた。
「後で、書状を届けさせる。それに記した日時に、位階庁へ証書と印書を受け取りに来るが良い。……万が一にも取りに来なければ、今回の事はなかった事になる、それは承知しているな」
「――ああ」
「後日、改めてと言ったな。……日取りは決まっておるのか?」
「おおよその、目処くらいは、な。だが、まだ本決まりには到底及ばない。もうしばらくは無いだろうが、さっきも言った通り近日中には場を設けさせていただく」




