第七戦
カヴァルステラの一族は、ケンタウルスの血を取り込んだ、占術と弓術に優れた一族。
吸血鬼の一族としては珍しくあまり好戦的ではなく、武より知を尊ぶ気風のある一族だ。
――しかし、その血ゆえのものか、彼らのプライドの高さは魔界でも折り紙つき。
そんな彼らにとって、ただ力任せに殴り合うだけの戦いなど、ナンセンス。
それでも、四大家の長の義務として、要請されれば仕合を断ることは出来ない。
だからこうして不快感をあらわにしながらも、こうして舞台に降り立った。
けれど、肝心の対戦相手は既に息も絶え絶え、瀕死寸前の有様だ。
しかも、フィールドのコンディションは最悪。
ただでさえ不本意な仕合を、よりつまらない状況で、無駄に行いたくはないと、彼が思うのも無理はない状況ではある。
実際、朔海は既に体力も魔力も限界まで使い果たした上、負ったダメージも甚大で、回復するにもその余力も既に怪しい状況にある。
だが――
「……申し訳ないが、それは出来ない。仕合は続けるよ。この身が灰になるまで、僕が仕合を放棄する事は無い」
痛む喉から、それでもはっきりと自らの意思を示す言葉を押し出す。
「僕にはもう、後に引くことも、逃げる事も――諦める事も許されない。守りたいものを守るためには、どうしても力が要るんだ。そしてこの仕合は、それを得るために必要なものだから。僕は戦うよ、例えそれがどんなに惨めで不格好な戦いになるとしても――」
朔海は、手に小刀を握り直し、相手の出方を伺うように腰を低く落とす。
「……下品で醜い戦いなど、我ら高貴なる一族に相応しくない。泥臭い喧嘩など、獣のする事。――そういう意味合いで言えば、我ら一族は戦いを好まぬという貴方様に一目置いておりましたのに。……失望いたしましたよ」
失笑を漏らし、朱馬は盛大にため息をついてみせた。
「では、お望み通り――私をこのような場へ引き出したことを後悔する間もないうちに、その身を灰にして散らしてさしあげましょう」
彼が手を差し出せば、彼が舞台へ降り立つのに合わせて引き出されてきた美しい馬が主のもとへ駆け寄ってくる。
それは、白と栗毛の中間の――まるでミルクをたっぷり入れたロイヤルミルクティーみたいな毛色の艶やかな、サラブレッドに似た足の細い馬。
その背にくくられていた弓矢を手に、愛馬にまたがる。
汚れた服の裾が馬の毛を汚すことに尚一層不機嫌そうな顔をしながらも、手綱も握らず、鐙すらない鞍の上、彼は手にした弓をいっぱいに引き絞り、その矢尻の先を朔海に向けた。
「我が一族の弓矢の腕は、百発百中。……それは、弓矢の腕前に加え、我らは占を得意とする一族。どこへ逃げようと、この矢から逃れることは叶いません。――命中する前に、それを撃ち落とさぬ限りは決して避ける事はできません」
動かぬ的に百発百中、というのはまあ、大変なことではあるが、弓の腕に秀でた者ならある程度可能なことであろう。
しかし、動く的に百発百中、というのは尋常ではない。
けれど、それを可能とする一族であるからこそ、彼らカヴァルステラは四大家の地位にある。
「もしも私の順がもう少し早ければ、もしかすると私の矢はあなたの使い魔の降らせる炎の雨に全て焼き尽くされ、私は負けを認めなければならなかったかもしれません。……ですが、今のあなたにもう一度、それが出来るとも思えない」
それに加えて、深い知識と高い占術の腕前ゆえ、軍師としての才もずば抜けている。
腕力では劣り、魔術そのものの威力もそう高くはない。
しかし、それを補ってあまりある能力が、彼らの強み。
「……その能力は是が非でも欲しい。だから、どんなにみっともなくとも戦って――勝たせていただきます」
朔海の返しに、朱馬は矢羽根に添えていた手を離し、矢を放つ。
「ふん、その虚勢がいつまで保つものか……。では、遠慮なくいかせてもらおう」