第六戦
「あ……青いジャガイモが爆発した……?」
その、あまりに目に毒な光景に、潮が声を震わせた。
「しかもこれ……。さすが魔界って言うべきか? まんま、文字通り地獄絵図じゃねぇか」
足元に広がる有様は、そう、まるで――
「血の池地獄、って言うけどよ。……こうして実際目の当たりにすると、気色悪いことこの上ないのな」
舞台の地面が見えないほどにたっぷりとそこを満たした赤黒い液体。
周囲には、濃厚な鉄錆の匂いが充満する。
「っていうか、あれは……アイツの血なのか? それとも何かの幻か何かか? ってか、奴はどこへ行った??」
青い、ジャガイモ。その潮の言い様に、朔海は痛む内蔵を抱えながらもつい吹き出した。
「いいや、あれは幻じゃない。彼自身の血――彼の魔力そのものさ。……その辺の小物なら、あれだけ血を体外に出してしまえば当然自分は干からびるだろう。でも、彼の血の気の多さは格別でね。……そして彼は、その血に半魚人の力を内包している」
「あー、成る程、だからあの見事なまでのジャガイモっぷりなワケだ」
女性であれば「人魚」と呼ばれ、その外見はとても美しいが、男の半魚人はひたすらに醜い。
吸血鬼の血でも打ち消しきれなかったその特徴が、あのごつごつした岩男のような外見に現れている。
そして、その血故に、彼の肌は、吸血鬼特有の白さを通り越し、病的な程青白い肌をしている。
そう、まさに潮のそれは言い得て妙――。まさに、青いジャガイモのような見目だ。
しかし今は、その姿も見えなくなっている。
「――だから彼は、あの血の海の中に己の身を溶かす事ができる」
「……つまり、あの中で同化してるって事か? うへぇ、いくら吸血鬼ったってなぁ……、ありゃぁ目の毒だ」
「ああ、全くもって同感だよ。……ホント、こんなの咲月には見せられない、って、思うのにね」
ほんの少しだけ、自嘲を含んだ声で朔海が言った。
あそこにあるのは、力に満ちた血だ。――あれは、吸血鬼の血。人間の血ではないのに。
それでも、喉にひりつく痛みを感じるのは……吸血鬼の性、というやつで。
「でも、もちろんあれに迂闊に触れれば、火傷じゃ済まない」
「だよなー、吸血鬼の血って、つまりは毒だもんな? ……しかもあれって、無闇につつきまわしても『同化』してる以上、その件が無くとも無意味なんじゃないのか?」
「やあ、さすがだね。まさにその通り。……せめて銀製の武器でもあればまた話は別だけど」
「なら、俺が破魔の光を降らせば即瞬殺できるな? ……でも、俺の力を使わないなら、じゃあお前はあれをどう料理するつもりなんだ?」
潮が当然のように尋ねた。
「……お前は、あいつがこういう戦法を使うのを知ってた。って事はもちろん、対策は考えてあるんだろう?」
「……吸血鬼の最大の弱点は、銀だ。――銀は、吸血鬼から魔物としての力を奪ってしまうから。基本、吸血鬼が弱点とする物は要はその血の力を無効化してしまう類のそれだ」
だから、にんにくやら十字架やらは平気でも、太陽はあまり得意ではないし、本当に力のある聖水に血が触れればかなり痛い目を見る。
「そして、僕たちが、銀の次に苦手としているものが……火」
朔海は、ふてぶてしく笑ってみせる。
「正直、さっきの戦いでここまで消耗するなんて想定外でさ。今、これをやるってのはもう、泣きたくなるくらい辛いんだけど……、そんな事言って良い時じゃないしね」
両手首に一筋の傷を刻み、朔海は両腕をいっぱいに広げた。
「あちらが血の池地獄で来るなら、こちらは火の雨で対抗するまでさ」
わっと、その傷口からわいて出た大量の赤いコウモリが闘技場の空を埋め尽くす勢いで群舞する。
その中から、数匹、急転直下の勢いで天から地へと猛スピードで滑空していく。
その過程で、不意にその身を炎に変え、そのまま地を覆う血の海の中へと突っ込んでいく。
炎を意味するルーンを持たせた、簡易使い魔。
シュボッと音を立てて、炎は簡易使い魔の身体ごと血の魔力に喰われたように消える。
一つ、二つ、三つ、四つ。
だが、無数に群舞するそれらはそれでもまた、その身を炎に変えて次から次へと身を投じていく。
そう、その様はまさに火の雨が降るようで――。
初めのうちは、ただただ喰われているだけに見えていたそれが、次第にその天秤がゆっくりと傾きの方向を変えていく。
ほわほわと、次第にその表面から水蒸気が立ち上り始め、またぐるぐると渦を巻いていたその流れの方向が、水平軸から垂直軸へと移行していく。
「……おぉ、これぞ正しく地獄絵図ってやつだな」
潮が、大変素直な感想を漏らすが、朔海の方は大量の使い魔を放って消耗極まっている。
「前、に、これと……似たような、事、された……からな、竜王に」
荒い呼吸の合間を縫うように答えるのが精一杯な状況で、朔海はちらりと時計に目をやった。
眼下では、ボコボコと血が文字通り沸き立って泡が立っている。
「――さあ、もう時間も体力もギリギリだ。……いい加減、ギブアップしてくれよ」
朔海は、残った全てのそれを、血の海に叩き込んだ。