満身創痍
――直後、観客の耳をつんざく、凄まじい音が空気を裂いた。ほぼ同時に生まれた、肌を焼く熱と、目を灼く眩しすぎる光。
その瞬間、何が起こったのかを正確に把握できた者は誰一人として居なかった。
それは、当人であるはずの緋鷹さえも。
凄まじい爆風に煽られ、そこに座る見物客を巻き込みながら段々になった観客席へ叩きつけられるまで、何が起きたのかはっきりと理解することは出来なかった。
「クソッ、何が……どうなって……。畜生、動けねぇ」
観客の幾人かを下敷きにしたまま、彼は空を仰いだ。
「……何の事はない、あちらの世界では子どもでも知ってる『科学の常識』ってやつさ」
朔海は、この闘技場の舞台にひょうを降らせた。
ひょうとは言うまでもなく空から降る氷の礫。――炎を纏う緋鷹の前では氷は溶けて水になる。
通常なら、火克水となる場面だが、強すぎる炎は氷を溶かすだけでは収まらず、一気に蒸発させ、水蒸気に変えた。
そこへ朔海は、とある文字を刻んで持たせた使い魔を大量に放った。
その、使い魔に与えた文字は――
「『ソーン』。雷神トールのルーンだ。水を電気分解すれば、酸素と水素に分かれる。そこへ火を近づけたらどうなるか……。さて、この場に『酸素』だの『水素』だのと言って何のことか理解できる者がいったいどれだけ居るのか分からないけど」
つまり、水素爆発を意図的に引き起こし、緋鷹を包む炎の鎧ごと吹き飛ばしたのだ。
「言っただろう、力押しばかりが戦いじゃないと」
「おう、お前が何言ってんのかさっぱり分からないんだが……どうも動けねえしな。取り敢えず俺の負けは確定らしい」
空中から見下ろす朔海を、彼はニヤリと笑いながら見上げた。
「……まあ、つまらん仕合だと思っていたが、最後は意外に楽しめた。この、訳の分かんねえ戦法を攻略するまでの間くらいは、約束取り例の申し出、受けてやってもいいぜ」
そこに転がったままの彼の様子を見に行った審判が、主審にNOを告げた。
それを受けた進行係が慌ててアナウンスを流す。
「緋鷹殿、戦闘不能! 続いて第六戦を始めます。マーキュリー公、前へ!」
巻き添えを喰らった観客共々、担架に乗せられ場外へ運び出されていく緋鷹を尻目に、6人目が舞台へと降り立った。
満身創痍の状態を癒す暇もなく、アナウンスが会場に響き渡る。
「それでは、第六戦、開始!」
アナウンスの声が、しんと静まり返った会場に、わんわんと響く。
――その静寂は、この仕合が始まった当初の、気のない静けさとはまるで質が違う。
次に何が起こるのか。その期待ゆえ、その瞬間をつまらない事で見逃さないよう、誰もが息を詰めて舞台を注視している。そんな緊張感に満ちた、張り詰めた静寂だ。
「ここまで無駄足を踏み、なおかつ無駄な時間を過ごさねばならぬ。――今日は厄日のようだと諦めていたが。……どうやら今日は厄日どころか最高にツイているらしい」
その静寂の中、先に口火を切ったのは彼――四大公の一人である、マーキュリーだった。
「緋鷹を含め先の者らめ、不甲斐ないながらも、まあ良い仕事をしてくれた。刺だらけのイガを除き、固い殻を割り、渋みたっぷりの実を湯がいてあく抜きまで済ませた今、わしはそれをただ喰らえばよいのだからな」
まだ宙に留まる朔海を見上げ、彼は両腕を大きく開く。――まるで上から降ってくる何かを受け止めようとするかのように。
「さて、どう調理するか。あっさり喰らってしまっては見物客に申し訳が立たん。――ここは一つ、派手にいかせてもらおう」
――直後。彼の身体が爆散した。