第五戦
血の魔力を固めて創った盾は、一撃で保たなくなった。
「……やはり、この戦法も効かない、か」
大量の簡易使い魔コウモリの中に鎌鼬を潜ませ、敵に無数の傷を負わせつつ、そこから体内へ魔力という名の毒を送り込む――。
マーズには有効だった手も、緋鷹には効かない。
彼の身体に傷を負わせる前に、朔海の血で創られた使い魔の身体の方が保たずに崩れていく。
彼の頭上を舞わせた蝶が振りまく毒も、結局その素となっているのは朔海の血。
――その結果は、言わずもがなである。
そしてその間にも、炎を纏う緋鷹の拳が幾度となく朔海を襲う。
直撃を避けるだけで精一杯、掠めていく炎に焼かれた肌がチリチリと痛み、また身に着けた戦袍のあちこちに焼け焦げた穴が空く。
「なぁんだぁ? ちょっとばかし期待してたのによ。結局この程度なのか、『無能王子殿下』は?」
既にもう興味を失ったらしい彼は、つまらない物を見る目で朔海を嘲笑う。
「ハッ、この程度の野郎にやられるたぁ、所詮四大公の成り上がり共と四大家最弱一族って事だな。……紅狼のジジイだけは意外だったが、アレもそろそろ隠居すべき歳だったってトコだろ?」
休むことなく繰り出される左右のパンチ――それにばかり気を取られていたのが、良くなかった。
体ごと捻って、彼の拳を避けたはずが、いきなり腹に重い衝撃を受け、朔海は思わず体をくの字に折った。
――幸い、鎧ごし。炎の直撃は避けられたが、その熱に炙られた金属製の鎧が肌を焼く。
そしてそれ以上に、膝の皿が腹を深々とえぐり、内腑にまで届くダメージを叩き込まれ、血反吐を吐かされる。
「戦いの基本も知らねぇお坊ちゃんは、あの世に還って永遠におネンネしてればいい。……お前のその力は、この俺がきっちり有効活用してやるからよ。――ま、俺らに『あの世』なんてモンがあるのかどうかは知らねぇが」
ガツン、と、くの字に折れた朔海の身体――そうして彼の目の前に晒されたうなじ目掛けて、強烈な膝蹴りが繰り出される。
互いに拳を交えての接近戦の経験値が圧倒的に足りていない朔海は、どうしても一つ一つの攻撃に対して有効な受身を取りきれず、結果として容易く相手の思惑通りに弱点を簡単に晒してしまう。
首の後ろ――そこは、人体の急所の一つ。……当然、人の身体を模している吸血鬼にとってもそこは急所である。
そして、そこは腹部と違って鎧に覆われては居なかった。
――それは、熱いなどという言葉では到底足りない。
蹴りによって生じた痛みと相まって、一瞬意識が遠のくほどの凄絶な痛みが、脳髄に叩き込まれる。
勢いのまま、朔海の身体は地面に叩きつけられる。
「――ッ」
吸血鬼だからこそ、即死せずに済んだ。……そういうレベルの衝撃に、全身が悲鳴を上げる。
……何より、首の後ろに負った火傷の具合はかなり良くないとみた。
「おい、こら、立て。奴がとどめをさしに来るぞ!」
自らの身体で掘るハメになった穴の中、自分の血で作った血溜りに浸かる朔海の意識を、潮がキャンキャン吠えて強引に引き戻す。
「忘れたとは、言わせねぇぞ。お前を死なすワケにはいかないんだ。お前が立てないなら、オレ様が戦うって言った時、お前自分で何て言った?」
「……ああ、覚えているし、分かってるよ。――大丈夫、これだけあれば……」
朔海は血溜りに手を浸し、文字を描く。
アルファベットのH、またはNにも見える「ハガル」のルーン。
大量に溜まったそれに「ひょう」を意味する文字を与え、朔海は痛む身体に鞭打って穴から飛び出す。
「ほう、まだ動けるのか。……身体の丈夫さだけはさすが王族、竜の血を引く一族、か」
緋鷹の瞳に、失われていた興味の光が僅かに戻る。
「……だが、その満身創痍のカラダじゃもう、まともに戦うこともできないだろう?」
しかしそれも一瞬の事、彼はつまらなそうに笑った。
「――いや? 確かにキツイけど、力押しばかりが戦いじゃない。……まだ、やりようはある」
ふと、周囲の空気がキンと冷え、ばらばらと氷の礫が空から落ちてくる。
範囲は、広くない。せいぜい闘技場の舞台より少し広いかどうか――。
「……これなら、どうだ?」
朔海は再び大量の使い魔コウモリを宙に放つ。
「何を、今更……」
緋鷹は馬鹿にしたように笑いながら、翼を広げた。――最後の一撃を、入れるために。
「これで――終わりだ!」