折り返し地点
カッと、天へ掲げた朔海の手のひらから、青白い光が空へと放たれる。
と、同時に、闘技場を同じ色の光が満たした。
「この地の風を司る者よ、我が血を捧げ、命ずる。――鎮まれ」
そして、静かに、厳かに命じた。
その声に応じ、魔法陣の光が一層強い光を放ち……そして。
ぴたりと、いくつも渦を巻いていた竜巻も、風の刃も、フッとその形を失くし、消え去った。
「……さすが。――咲月の力は偉大だな」
ふっと、微かに苦笑してから、朔海は支えを失った白虎へと迫り、自らの血で創り出した短剣をウラヌスの首へ突きつける。
「貴方の風使いの技は実に巧みで、最高に厄介だ。でも、その支配権さえ奪ってしまえばもう、貴方は丸腰も同然だ」
「まぁ、そうなんですけどね。……まさか、仮にも神獣と呼ばれた力を取り込んだ僕の支配権を上回る支配力を持つなんて。――竜に、そんな力は無かったはずですよね?」
「言ったはずです。竜の力など使わずとも、勝てる、と」
「……ならば、なおさらに解せない。どうしてこれまで無位無冠に甘んじていたのです? これだけの力をお持ちなら、貴方の生まれであれば容易く王位すら得られるでしょうに」
「単に、そんなものに興味がなかった。ただ、それだけの事だ」
「しかし、今はこうして『竜王位』を賭けた仕合にお出になっている。……どんなご心境の変化が?」
「近いうち、嫌でも知る事になるだろうが。それで、例の件は飲んでいただけるのか?」
「やはり、先日の書状の件とも関係があるようですね。……既にマーズと、四大家の長二人が下ったというのに、私だけ蚊帳の外というのも面白くありません。――まぁ、良いでしょう。少なくとも私は、四大家に比べ遥かに身軽ですし、風の流れ次第ではまた違う答えになるやもしれませんがね」
肩をすくめ、彼もまた『試合放棄』を告げた。
――これで、四連勝。折り返し地点へたどり着いたところで、朔海は時計を見上げた。
「……あと、18時間」
紅狼戦と、今のウラヌス戦で、思っていた以上に時間を費やしてしまった。
「残り、あと四戦……」
等分に割るなら、一試合にかけられる時間は、約4時間半。
だが……。
「やっぱり、連戦となると、流石にキツイな……」
人間より遥かに優れた体力を持とうと、消耗はする。しかも、相手は強敵だ。
そして、相手は万全の態勢で出てくる。
「ここからが、本当の勝負……」
「それでは、第五戦、フェンリクス首長、緋鷹殿、前へ!」
アナウンスに従い、仕合の場へと降りてきた彼を前に、朔海は改めて、小刀を握り締めた。
まず、印象的なのは、鶏のトサカのような、真っ赤なモヒカンだろう。
体躯は細身だが、先のウラヌス公のような優男ではなく、しっかりとした筋肉に覆われた、しなやかな体つきをしている。
そして、金の瞳の埋まった双眸は、まるで猛禽のように鋭い。
さらに、もう一つ。彼の背には、真っ赤な、翼が――
「フェンリクス族は、不死鳥の能力を持つ」
朔海も、己の羽を広げて宙を舞うが、しかし――
「って、おい、あいつ何やってんだ?」
赤と金に輝く美しい翼を広げ、彼もまた空を翔ける――と、同時に全身が激しい炎に包まれた。
「自滅するつもりかよ?」
「いいや。……言っただろう、彼らは不死鳥の能力を持つ、って。不死鳥は、自ら炎に飛び込み、そして蘇る。……つまり彼らは火によるダメージを受けない。吸血鬼の最大の弱点の一つである炎が、効かないんだ」
「じゃあ、あれはわざとなんだな? 確かにあれじゃあ近距離接近戦タイプの敵相手なら無敵だよな。……と、するならここは無難に遠距離戦に持ち込むのか?」
「……できれば、そうしたけどね」
朔海が緊張を孕んだ声を出で言った。
その視線の先で、彼がほんの僅かに翼をはためかせた――その、次の瞬間。
すぐ、目の前に迫った彼の拳をギリギリで躱すも、彼の纏う炎が朔海の頬を掠め、ちりりと肌を焼いた。
急いで距離を取ろうとするも、全くスピードを殺すことなく綺麗な旋回を見せた彼の拳が再び迫る。
躱す余裕もなく、小刀を握り締めていた手を前に出し、己の血で拵えた盾で防御する。
――が。
吸血鬼が炎を弱点とする理由は、その力の源である血ごと燃やされ失われてしまうから。
かろうじて、その一撃だけは防いだものの……
「おいっ、盾が溶けてるぞ!」
白い煙を上げたかと思えば、パリンとあっけなく盾は四散し、消える。
「……早いな。遠距離攻撃も何も、まず距離を取らせて貰えないじゃないか」
「そう、空を翔ける能力だけを比べるなら、僕ら王族より遥かに優れているのさ、彼らは」
そして、そんな一族の頂点に居る男が、この彼。
「――まさか、俺に出番が回ってくるとは思ってなかったんだけどよ」
ニヤリと、その猛禽に似た精悍な顔に、ハンターの笑みを浮かべて彼は言った。
「お前、中々面白い。……例の書状の件、場合によっちゃあ飲んでやっても良いぜ」
「それは大変ありがたい申し出だが、その条件とは?」
「この仕合で、俺をめいっぱい楽しませろ。――それが、条件だ」