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Need of Your Heart's Blood 3  作者: 彩世 幻夜
-序章- Departure
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始まりのその日の光景

※この作品は、吸血鬼モノです。

※吸血シーンや宗教的表現、また、バトルシーンにおける多少の残虐表現が含まれます。

※恋愛を描いています。18禁表現はありませんが、軽めの性的描写があります。

※苦手な方はご遠慮下さい。


◆評価・感想など頂けましたら、嬉しいです。

 「――お迎えに上がりました」


 あの日と同じ様に、豪奢な6頭立ての馬車を操り、屋敷の門前で出迎えたのは、朔海の教育係兼侍従長だった涼牙だった。

 相変わらず、パリっとした黒の燕尾服に白いシャツ、赤い蝶ネクタイ、白い手袋に、ビシッとセットされた髪と一部の隙もない装いで、彼は慇懃に頭を下げた。

 馬車の扉を開け、従僕が慌ててその前へ踏み台を置くところまで、まるであの日のVTRを見せられているかのように全く変わらない。


 だが、こちらはあの日とは随分と違う。

 屋敷の前で見送りに出てきてくれているのは、咲月の師匠たるファティマー一人だ。

 けれど、着飾った咲月のすぐ斜め後ろには城の女官の制服を身につけた、咲月の教育係兼侍女のセレナが立ち、その反対の斜め後ろには城の官服姿の葉月が立っている。


 あの日、朔海が一足先に魔界へ移り住んでから、約半月が過ぎていた。


 今日まで、葉月は城とこちらとを忙しく行き来し、急いで揃えた朔海の側近候補たちは、朔海と共に魔界へ赴き、この半月、咲月の傍に居たのは使い魔であるスタンとセレナ、そしてファティマーである。


 この半月、きっちりみっちりばっちり、きゅうきゅうに詰めに詰めた鬼のスケジュールを組んでくれた師匠たちの地獄の猛特訓を受けた。

 ……たった半月ながら、それだけの時間で3ヶ月分程度のノルマをこなした気がする。


 必要なことだと分かっているから何とか耐えたけれど、そうでなければとっくに逃げ出していただろう。

 けれど、それに耐えただけの成果は、得た。


 「――はい。よろしくお願いします、涼牙殿」

 彼は、侍従。――臣下相手に頭は下げない。軽く頷いて、咲月は一歩、前に出る。

 それに先んじて、まずは葉月が馬車へ乗り込み、中から咲月に手を貸してくれる。

 彼の手を借り、咲月が乗り込んだあとで、セレナが乗り込む。

 余裕で6〜8人は乗れる広い馬車で、葉月が咲月の向かいに、セレナが咲月の隣に座った。


 「……では。出発致します」

 涼牙が馬車の扉を閉め、御者台へ登る。


 程なく、馬の嘶きが上がり、ゆっくりと馬車が走り出す。

 窓の外で、ファティマーが一人、こちらに手を振ってくれている。


 これから当分の間無人になるこの屋敷の管理は、彼女に一任してある。

 もう、しばらく前から彼女の別邸の様になっていた屋敷だ。

 今後は完全に彼女の居住スペースと化すに違いない。


 そんな事を思ううち、ザバン、と音を立てて馬車が川へと突っ込んだ。

 ――事故……ではない。

 この馬車に繋がれた漆黒の馬は、魔性の妖精の馬、水棲馬だ。

 水の中こそ、彼らのテリトリー。

 当然、それに繋いだ馬車も、相応の仕立てがなされている。


 水除けの魔術が施された馬車の中に水が侵入するような事はない。

 

 「戴冠式の日取りが、正式に決まったそうです」

 その中で、葉月が告げる。

 「本日よりひと月後。日本では、バレンタインデーである、2月14日――残念ながら、我らが魔界には、そんな気の利いたイベントなど無いのですが――紅龍王が正式に譲位を発表され、その後朔海様の戴冠の儀が執り行われます」


 ……まあ、例えそれに準じたイベントが存在していたとしても、今のこの時、そんな浮かれた行事に乗っかる余裕は無いだろう。

 そう思いながらも少しだけ残念な気分になりながらも、咲月は頷いた。


 「それと同時に、咲月様のお披露目の儀式も執り行われることになりました」

 「……え?」

 しかし、続いた言葉に咲月は思わず問い返した。

 「朔海の正妃として、戴冠式に出席するのとは、また別に……ですか?」

 “披露目”と言うにはアレだったが、既に『王族認証の儀』で、咲月の存在は公になっていたはずだ。

 今更改めてそんな場を設ける必要があるのだろうか?


 「例の儀式に参加していたのは、あくまで爵位を持つ貴族階級の者のみです。一般庶民には、まだ正式な通達は為されていません」

 とは言え、ゴシップ的な噂話だけなら、ごまんと流布している。

 

 「ですから一度、一般に向けた披露目を正式に執り行う必要があるのです」


 官服を着た葉月は、完全に朔海や咲月の臣下としての態度に徹し、これまでの様な気安い言葉をかけてくることはまず無い。

 少しだけ寂しい気もするが、これもけじめだ。


 「詳細についてはまだ殆ど決まっておりません。何かご要望がありましたら、お申し付けください。可能な限りは対応できるよう善処いたします」

 「そうね。でも、あくまで一番主な式典は、朔海の戴冠式。そちらの詳細が詰まってからでも、十分間に合うわよね?」

 時間の面でも、予算の面でも、そちらが決まってからの方が何かと詰めやすい。

 ……というより、メインが決まらないのに脇だけ先に決めてしまうわけにはいくまい。

 「もちろんです。当然、そちらの式典にもご出席いただかねばなりませんから、式次第など、覚えていただかなくてはならない事が色々とございまして……」

 「――でしょうね。ええ、もちろん覚悟は出来ているわよ。大丈夫、この半月を思えば何だって、何とかなるわ」


 「朔海様とも、半月ぶりの再会ですしね。……ほら。朔海様の方は相変わらずの様ですね。貴女の事が待ちきれなかった様ですよ」

 苦笑しながら、葉月が窓の外を指さした。


 ザバリ、と水飛沫を上げ、専用の水路から上がった馬車が、城門をくぐる。

 大きな正門の向こう、城の門の前に整列した男たち。

 彼らの前に立つ、一人の青年。


 「――朔海」

 「やあ、咲月。待っていたよ」

 先に降りたセレナを脇に立たせ、朔海自ら咲月に手を差し伸べる。


 「……ただいま、朔海」

 馬車から降り、軽いハグをしながら、彼の頬に口付けた。


 「――ああ、おかえり、咲月」

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