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1-2:仲間との旅

【1-2:仲間との旅】

 夜の帳が下りた森の片隅で、焚火を挟んで向かい合う男と少年。二人の顔は橙色に照らされている。片や彫像の如き無表情、片や魂の抜けたような無表情。どこか遠くを見るような眼差しの少年は、ぽつりと零した。

「なぁ。俺とあんたが会って、今日で何日目だっけ?」

「二週間と三日だが、それがどうしたのだ」

「その間で街に入ったのは?」

「五回だな」

「……宿に泊まれた日数は?」

「二日だ。二つの街で一日ずつ」

「――ぁぁああもう! 何が悲しくて野郎と二人で野宿、野宿、野宿の毎日を過ごさなきゃならねぇんだよ! 華が無い! 寝床と食事と、あと戦闘漬けなのは我慢するけど、せめて女子成分が欲しい!」

「金が無いのだから、宿を取れないのは仕方無い。あと花はその辺りに咲いているだろう」

「そのハナじゃねぇんだよ! この非常識勇者!」

少年ラルスは叫ぶ。やや癖のある赤茶色の髪が、ぐしゃりとかき混ぜられて更に跳ねた。罵倒された勇者クレスの方は、ラルスの言っている意味が全く分からないという顔をしている。


 世界を救う勇者一行――まだ二人だけだが――の目下の悩みは金欠だった。町から町への移動中に出会う動物や魔物を狩り、牙や毛皮などの素材を売って僅かな金を手に入れるしかない彼らは、一泊の宿代どころか食事代にも困るほどである。男二人とはいえほぼ毎日野宿は厳しいものがあり、更に戦闘が絶えず疲労は蓄積する一方だ。クレスは全く辛そうな素振りを見せないが、ラルスの方はそろそろ限界が来ている。勇者と義賊の少年による二人旅は、早くも難航していた。

「決めた。次の街で『女性の』魔法使いを仲間に引き入れて、ついでに金も稼ごう。目指せ文明的で潤いのある生活!」

 ラルスの中での最優先事項は、女性をパーティに引き入れることだ。異性との接触が皆無の現在、思春期の男子として最大の問題だと彼は考えている。とはいえ何も考えずに欲求不満を訴えている訳ではない。魔法使いであることを条件としているのは、戦力のバランスを取るためだ。いくらクレスが強いと言っても、今後を考えると、まだ戦闘面で不安のあるラルスの分まで剣で戦いながら、魔法使い役までこなすのは効率が悪い。そこが分かっていないラルスではないからこそ、まず仲間を増やして個々の負担を減らすことから始めようとしていた。ちなみにラルスの負担とは、クレスの色々とおかしな感性への対応である。

 ところがクレスは渋面で答えた。

「それは必要か? 魔法使いを仲間にするのは構わないが、女性限定である意味は無いだろう。金銭面も、今でも十分生活は成り立っている。無駄なことに時間を使うのは気が進まない」

彼は常に前へ進むことを、魔神ネーソスのもとへ行くことを考えていた。もちろん戦力の底上げも重要だと理解しているから、仲間を増やすことには反対しない。だが現状維持でも、途中でラルスと別れるとしても、彼は気にしないだろう。

「分かってねぇなあ、クレス。女子要らないとか男として終わってるぞ。あとこの誰に見せても恥ずかしい貧乏っぷりで、よく『生活は成り立っている』とか言えるな」

「どちらも理解できないな。旅と戦闘に支障が無ければ、誰が仲間だろうがどこで寝ようが何を食べようが関係無いだろう」

 ラルスは目をパチパチと音がしそうなほど大げさに瞬かせ天を仰いだ。出会ってから今までで薄々勘付いてはいたが、クレスの「人間的な営み」に対する無関心ぶりをはっきりと突きつけられたのだ。

「……俺、あんたがそこまで人間辞めてるとは思わなかったぞ……」

「? どういう意味だ?」

「例えばさあ、ふかふかのベッドで寝たいとか、美味いメシのために頑張ろうとか、そういうの無いか?」

「睡眠や食事は体力を回復する手段にすぎない。必要最低限摂取できれば良い」

「じゃあ、格好良くキメて女の子たちに『キャーステキー!』とか言われてみたくない?」

「俗物的な願いだな。私の使命にそういうものが必要とは思えない」

非常識という先ほどのラルスの暴言はある意味で間違っている。そもそも彼の価値観において、人間の三大欲求は底辺にあるというだけだ。彼の最重要事項は勇者としての使命であり、全ての基準が戦いに役立つかどうかだった。

「何だかなぁ。確かに戦うだけなら必要無いんだろうけどさぁ……」

 温かみが無い、とラルスは苦々しげに心の中だけで呟く。世話になっている相手にそこまで言うのはどうかと思うのと、何よりどういう反応が返って来るか怖かった。怒ってくれたらまだ良いが、淡白に受け入れられでもすれば、少し変わった人物という見方すら出来なくなりそうだ。ラルスの中で、得体の知れないものへの恐怖や困惑のような、あまり良くはない感情が頭をもたげ始めていた。理解の及ばない存在を不気味だと思うのは人間の本能なのだろうか。

「使命のことしか頭にないのって、自分も一緒に居る奴も精神的に疲れるぞ。せっかく人間として生まれたんだからさ、ちょっとぐらい面白おかしく生きてもいいんじゃねぇの? 直接ネーソスの所に送り込まれなかったってことは、旅をすることに意味があるわけじゃん。一分一秒を争う事態でもないなら、寄り道するのは無駄じゃないと思う」

もう少し「普通の人間」に近づいてみても良いのではないか。いつまで同行するかは分からないが、その時まで不安を抱えたままというのは嫌なものだ。そう思い提案したラルスを見つめ、クレスはその意図を測ろうとする。

(確かに、何のために旅をするのか深く考えたことは無かったな……。武者修行のためかとも思うが、それなら尚更時間を掛けて進むべきだという話になる。……ラルスの言う通りにしてみるのも、今は良いかもしれない)

ラルスには特殊な生い立ち故に分からない点をフォローしてもらう、ということになっているのだ。その彼が指摘してきたのなら、改善しておいた方が後々役に立つかもしれない。

 そうして二人は翌日、辿り着いた町で仲間探しをすることとなったのだった。


――――――――――


 その街はこれまで二人が訪れたどの町よりも大きかった。西にそびえ立つ山に抱かれ、平地に犇めく家々の色とりどりの屋根は咲き乱れる花を思わせる。綺麗に揃えられた敷石の上を忙しなく人々が行き交い、それでも広々としている道路を馬車が悠々と進んでいる。

「ただの宿で十軒、酒場に併設のやつを含めたら更に十。武器や防具の店もよりどりみどりで、買い物をする時は最低でも三軒の店で値段を比べるのが常識だ。さっすが女神に愛されし華の都アルク、ってな」

「女神?」

「あんたの女神と一緒かは知らないけど、そう呼ばれてるんだよ。その昔女神様が手ずからお作りになったこの街は、比類なき美しさを誇り永久の繁栄を約束されている、とかなんとか。すっげぇ嘘くさいけど」

「……なるほど」

ラルスは全く謳い文句を信じていないが、それに相応しいだけの魅力がアルクという街にはある。洒落た街並みはそれだけで目を楽しませ、どこからか聞こえて来る吟遊詩人の音楽に癒される。華やかな喧騒の中に身を置けば、誰もが心を弾ませていた。

 しかし、どんなものもクレスには響かない。彼が気にしているのは街の中ではなく、その外にあるものだった。

(西側の山……あそこから感じる気配は何だ? あれほど邪悪な気を漂わせているというのに、なぜ皆平然としている?)

彼の目には黒い煙が山から立ち上っているように見えている。明らかな異常だというのに、街の人々もラルスも気に留めていない。彼が勇者だからこそ分かるもののようだ。

「クーレースー。安い宿はすぐ埋まっちまうんだ。早く行こうぜ」

「……ああ」

「安い所でも明日からの事を考えると一人部屋だな。交代でベッドを使うしかないか、ハァ……」

 西の山へ剣呑な眼差しを向け続けているクレスに気づかず、ラルスは普段通りのお喋りを発揮している。山から流れ込む不穏な空気は、ただ一人に存在を示しながら、確実に街を覆っていた。


 夜も更けた頃、床に座って眠りに就いていたクレスは、何者かの気配に目を覚ました。素早く傍らに置いていた剣を取り、ラルスを起こすかと考えた瞬間、明かりを落としたはずの室内に灯る淡い光に目を瞬かせた。闇に慣れた目でも眩しくない穏やかな光は、火や日光とも違う。想像と異なる侵入者の正体にクレスは訝しげに目を細めるが、一瞬の後にはっと見開いた。不思議な光から発せられる力は、彼の良く知るものだった。

「――――メネ」

 寝ているラルスに配慮して潜めた声には、かつてないほどの驚きが籠っていた。彼の創造主たる光の女神。旅立って以来彼女とは会っていなかったが、今この「女神に愛されし街」に着いたタイミングで接触してきたというのは、何かの意図があるのだろう。

『クレス――私の声が聞こえますか――――?』

「ああ。メネ、なぜ今ここに? その姿は……」

聖なる輝きと慈愛に満ちた穏やかな声は確かに女神メネのもの。しかし神々しくも弱弱しい存在に、クレスは困惑する。

『アルクは元々――私を祀る民が住んでいた街――縁あるこの街だからこそ、こうして貴方と話せる――――ネーソスの影響で――今はこれが限界――』

近く遠く、女神の声は不安定に揺れる。光球もそれに合わせて点滅している。昼にラルスが言っていた噂は完全な間違いでは無かったようだが、そのようなことよりも、クレスには彼女が力を発揮できないことの方が気になった。

「メネ、やはり時間はあまり残されていないのではないか? 本当ならば、私は今すぐにでも奴を倒しに行かなければならないのでは……!」

『――焦ってはいけません――――今の貴方では、彼を倒すことは出来ない』

 先を急ぎ続けていた彼は、この機会にずっと抱えていた疑問をぶつける。一見平和そうに見える街に迫る影、そして繋がりのある街ですら姿を現せない女神。使命を果たす前に世界が魔に支配されるのではと焦燥を募らせる彼を、しかしメネは穏やかに制する。有無を言わさぬ声音に、それならと答えを求めた。

「教えてくれ。私は何のために旅をしている。今の私に足りないものとは一体何なのだ?」

いずれは魔神と対峙することになるが、今はその時ではないと女神は言う。だがその理由にクレスは納得がいかなかった。魔を討ち滅ぼすだけの力は既にある。戦いにおいてならば、誰にも後れを取ることはない。この期に及んで何を得なければならないのかと問う彼は、かすかに苛立ちを見せながら女神の言葉を待った。

 女神の化身たる光球から、一筋の光の帯が伸ばされる。その指し示す方向は、西。

『西の山へ――ネーソスの邪気を感じます――――彼の力を削ぎながら――貴方は知らなければならない――』

「知らなければならないものとは……?」

『貴方が人間である意味を――――人間と違うものを――勇者たる所以(ゆえん)を――――』

メネの言葉は確かにクレスの問いに答えてはいるが、理解するには曖昧すぎるものだった。黙ってその真意を考える彼を宥めるように、光球が黄金の髪を撫でる。そのまま横を通り過ぎ、光球はベッドの上に浮かんだ。クレスにした様に、眠るラルスの頭に触れる。

『――――仲間を、大切になさい――貴方ならば、きっと――――』

 消えゆく光から発せられた声は、それまでの神としてのものではなく、子を愛おしむ母のようであった。光の残滓が完全に消え去るまで、クレスが動くことはなかった。

 そっと嘆息したクレスに、新たな声が投げかけられる。

「――あんたって、本当に勇者様だったんだな」

「! ……起きていたのか」

「俺だって、人の気配ですぐ起きることはできるっつーの。……アルクと女神の関係もマジっぽいし、なんかすげぇことになってきてるなぁ」

 ベッドの上で身を起こしたラルスは、眠気冷めやらぬ声で呟いた。クレスより少し遅れて女神の降臨に気づいた彼は、狸寝入りで二人のやり取りを聞いていたのだった。それに気づかないほど動揺していたのだと知り、クレスは複雑な気分のまま、あえて今の会話の内容には触れずに応える。

「私の素性をまだ疑っていたのか」

「だって神だの勇者だの言われても頭おかしい奴としか思えねぇもん、普通。まぁあれ見たらさすがに信じるよ」

ラルスもそれ以上は話題を蒸し返そうとせず、軽く返すとベッドから降りる。欠伸を噛み殺さずクレスの服を引っ張って交替を促している辺り、女神の話よりも睡眠の方が今は重要というだけかもしれないが。

「ほら、次はクレスがベッド使う番だろ。明日からのことは明日考えようぜ。今はとっとと寝る!」

ぐいぐいとクレスをベッドへ押しやると、ラルスは毛布に包まって床に転がる。早々に寝息を立てた姿をしばらく眺めて、クレスも再び眠ることにした。彼は一晩中床でも構わなかったのだが、ラルスがその辺りに拘るので有難くベッドへ入る。目を閉じると、先ほどの会話が反芻される。

(人間である意味、か。私とラルスの違いは、何なのだろうな)

 単なる個人差ではなく、創られた己と真人間である少年との違い。その解を得ることと、魔神との戦いの関係も分からないまま、クレスの疑問は明日に持ち越されることとなった。


【Die fantastische Geschichte 1-2 Ende】


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