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1-1:勇者と少年(加筆修正版)

【1-1】加筆修正版です。大まかな内容は変わっていないので、両方を読まなくても支障はありません。

この世界には数多の神々が存在する。

そのうち光の女神メネの加護により世界は平和を保ち人々は豊かな生活を享受していた。

しかしある時魔神ネーソスは世界征服を企みメネに戦いを仕掛けた。

ネーソスの力によって世界には魔物が蔓延り大地は荒れ空には暗雲が立ち込めるようになった。

メネは力無き人々を守るため光をもたらし恵みの種を撒き生命の輝きで世界を満たした。

二柱の神々の争いは長きに渡り人々の記憶から忘れ去られてしまいそうな頃、勇者の登場によりようやく終結の時を迎える。

光の女神により創られた勇者と、共に歩んだ仲間たち。

これは彼らの壮大な戦いの記録である。


   ――とある歴史家の手記より


【Die fantastische Geschichte 1】


――――――――――


【1-1:勇者と少年】

――目覚めなさい、我が子よ

――貴方は「勇者」。勇者クレス・アルケイデス

――さあ、旅立つのです。己が使命を果たし、その先の未来へ――――


 厳かな雰囲気の漂う神殿。精緻な細工の施された窓の格子から光が差し込み、白い大理石の壁面を照らす。祭壇の奥に佇む女神像はその慈愛を示すかのように優しく微笑んでいる。調和と豊穣を司る光の女神メネ。彼女を讃えるために造られかつては多くの人々が祈りを捧げた神殿には、今となっては訪れる者は無く祈る声も絶えて久しい。しかし人々の記憶から忘れ去られようとしているにも関わらず、この神殿には光が溢れ清浄な力に満ちていた。

 外の森に住む鳥の鳴き声や風にそよぐ木の葉同士の擦れる音以外、何も聞こえなかった神殿内に新しい音が響く。音の発生源は祭壇の前、誰もいなかったはずの場所に現れた男からであった。男が身動ぎをすると、纏う鎧の継ぎ目がカシャンと音を立て静寂を破る。それを気にする素振りもなく男は目の前の女神像を一度見上げると、腰の鞘から剣を抜き剣先を真っ直ぐ天に向け顔の前で構えた。目を閉じ誓いを立てる男の顔が曇りの無い刀身に映る。その姿はさながら女神に仕える騎士であった。

「光の女神よ。我が使命、必ずや果たしてみせよう」

その宣言は低く神殿内に響き渡り、ゆっくりと瞼を持ち上げた男は剣を鞘に戻し女神像に背を向ける。神殿の出口へと歩を進める背に、女神像は変わらぬ微笑みを向けていた。


 光の女神の神殿から町を三つほど通り過ぎ、野を越え山を越え街道沿いに進むこと約一週間。そこには二つの町に挟まれたなだらかな山がある。町同士を繋ぐ山道は長年通い続けた人々の足によって踏み固められ、時折馬車がガタゴトと音を立てながら通る程度には寂れてもいないが、主要都市を結ぶ街道ほど混み合いもしない、ごく普通の田舎道だ。しかし今日はいつもと様子が違っていた。峠に差し掛かる辺りで騒ぐ二人の人物。正確には騒いでいるのはその内の一方で、もう一方は淡々と声を荒げることなく話している。

 騒いでいる方は、赤茶けた癖のある髪に快晴の空のような色の瞳をした少年。対するもう一人は、日の光を浴びて輝く金髪に海のような深い青色の瞳の戦士。二人は長閑な昼下がりに、豊かな自然に囲まれた道の真ん中で、そこに全く似つかわしくない不穏な空気を漂わせていた。

 彼らにとっての運命の交差路は、この脇道すらない一本の山道であった。


 今日は怖いぐらい絶好調だったはずだ。朝から目覚めはすっきり、旨い朝食にありつけて、宿の手伝いをしたら小遣いをもらえたし、おまけに可愛い女の子とちょっとしたデートもできた。今までにないくらいツイてる日だと思ったから、いつもと違う場所で「仕事」をしてみようと峠の方まで足を延ばしてみた。けれどそこでいつもは反撃を警戒して避けるような、上等な鎧を着けたいかにも上流階級出身の騎士って感じの男に狙いを定めて「仕事」をしようとしたのが運の尽き。

「だから悪かったって! 結局何も盗ってないしあんたに逆襲しようなんてこれっぽっちも思っちゃいないからここは見逃してくれよ!」

頭を振った拍子に少し癖のある前髪が目にかかるが、それを気にする余裕は無い。今は絶体絶命の危機なのだ。自分で言うのもなんだが、愛嬌のある顔立ちと15歳という年齢のおかげで、これまでは「仕事」に失敗しても、必死で謝れば大抵の場合子供だからと言って見逃してもらえた。だが今回はそう甘い相手ではないようだ。

「今ここで貴様を見逃せば別の人間に同じことをするのだろう。盗人はしかるべき場所にて裁かれるべきだ」

「俺が他の奴をどうしようがあんたには関係無いだろ!? なあ憲兵に突き出すのだけは本当にやめてくれよ。俺が捕まったら悲しむ奴がいるんだよぉ」

我ながら情けない声だ。先ほど金目の物をいくつか頂くため奇襲を掛けた俺を、一瞬で叩きのめしてくれた目の前の騎士風の男はずっと油断無くこちらに剣を突き付け、眉ひとつ動かさないで淡々と俺の必死の懇願を却下する。風にさらさらと流れる金髪や誰が見ても端正だと褒め称えるだろう顔立ち、凛とした佇まいはまるで小さい頃に読んだ絵本の勇者みたいだというのに、男は先ほどから一切表情を変えず海のように青い瞳も鋭く優しさの欠片も見えない。

「関係はある。悪人を見逃すような真似は私の存在意義に反するのだ。それに憲兵に捕まるのが嫌だというのなら悪事を働かなければ良い話だろう。それでも盗みを働き続けるというならばよほどの悪人だと見なされても仕方がないと思うが」

 存在意義どうこうは知らないが、悪いことをしなければ良いという点にはぐうの音も出ない。だが俺だって私利私欲のために盗みを働いているわけではないのだ。

「……泥棒が悪いことだっていうのは分かってるよ。でも俺は自分のためにやってる訳じゃあない。金持ちが独り占めしてる金をちょっとくすねて貧しい生活を強いられてる人たちに配ってるだけだ」

「義賊と言うわけか。だが大義のためであろうと被害者からすれば立派な犯罪だ。……他者を助けたいと思うのならもっと正当な手段を選ぶべきだ」

 もっともだとは思うが、俺のこれまでを全否定するかのような言葉にムッとする。そんな綺麗事を言えるのは貧困にあえぐ人々の姿を見たことが無いからだろう。権力と金儲けのことしか考えていない大多数の貴族のせいで――ちゃんと領民の生活を考えている貴族もいることは知っているが、この辺りにはいないので無視する――命を繋ぐことすらも危うい人だっているのだ。そんな状況にも関わらず俺を助けてくれた彼らに恩返しをしようと思ったら、正当であっても時間がかかる方法や直接の利益にならないような方法など選ぶ気になれない。一番手っ取り早く実行できたのがこれだったのだ。

「貴族連中なんてどうせ自分の利益しか考えてない奴ばっかじゃんか。他から横取りしようと考えてるような奴らからちょっと分けて貰うぐらい構いやしないだろ」

「しかしその方法ではいつか自分の身を滅ぼす。今は良くとも一生続けるつもりであれば――」

「だーもう! 俺がどうしようと俺の勝手! あんたが何と言おうが俺はこのやり方でいくって決めてんだ。ぽっと出の他人が俺の人生に口出しすんじゃねえよ」

 このお堅い騎士様はどうやら俺を改心させたいらしいが、こっちだって自分なりに考えた上でこの生活を選んでいるのだ。つい数分前に会ったばかりの他人にとやかく言われる筋合いは無い。

「だいたいあんた何様のつもりなんだよ。悪者を捕まえるのは憲兵の仕事で身分の高い騎士サマはお偉方を守ってりゃいいだろ。こんな所で盗人に説教なんてあんたの仕事じゃないじゃん」

剣を向けられたこの状況で難癖つけるなど正気の沙汰ではないが、この際日頃の鬱憤を晴らすべく目の前の男に皮肉を込めてやつあたりする。最早どうにでもなれという気分だった。結果的に憲兵に突き出されようとも適当に反省したと言って逃げ出せばいい。この場で斬り捨てられることになってもそこまでの人生だったというだけだ。やはり今日は厄日だったのかもしれない。

 投げやりな俺の言葉に男は少しだけ考えるような素振りを見せる。今まで何を言っても答えが決まっているかのように即答してきたが、今の言葉に何か思うところでもあったのだろうか。

「……質問の意図を理解しかねるが、私の素性について尋ねているのであれば、私は騎士ではないし上流階級の人間と言うわけでもない。私は『勇者』だ」

「――――は?」

「現在この世界を脅かしている魔の神ネーソスを倒すべく、光の女神メネにより創られた『勇者』だ」

 予想の斜め上どころか逆方向にかっ飛んだ答えが返って来た。自分は勇者だなどと供述しているこの男、先ほどまでと全く変わらず真顔である。とんでもない発言に思考停止してしまった俺に構わずさらに「勇者」は続ける。

「そういう意味では確かに今ここで貴様の相手をしているのは私のなすべき事ではないのかもしれないな。貴様のことは放っておいて先に進むべきなのだろうが――」

ぽかんと口を開けたまま固まっている俺から視線を外し、剣を構え直して背後を睨みつける。

「――魔物のいるこの場所に一般人を置いて行くのは気が引ける」

「え……えええおおおお!?」

男の視線につられてギギギと音がしそうな動作で振り返ると、そこには子鬼の姿をした魔物が次々と棍棒やら鉈やらを手に茂みから現れていた。その数一匹や二匹ではない。二十か三十はいるのではなかろうか。慌てて立ち上がり、男に捻り上げられた際に落としたダガーを拾う。魔物に囲まれるとはなんたることだ。男の方にばかり気を取られて全く魔物の接近に気づけなかった先ほどまでの自分が恨めしい。

「我々が話している間に近づいて来ていたのだが……気づいていなかったのか?」

「分かるわけねぇよ、目の前の危険の方に必死だったんだから! つーか知ってて今まで何もしなかったのかよ!」

「この程度ならばすぐに片がつく。私には貴様の方がよほど重要事項だった」

 雑魚とはいえかなりの数の魔物に囲まれたこの状況で何を言い出すのか。俺だってそれなりに修羅場を潜り抜け腕には自信があるが、さすがに魔物に囲まれる状況は避けたい。

 妙に落ち着いている男に背を向けダガーを構える。初対面だとか殺されそうになったとかいう事情はこの際置いておいて、男に背中を預けて戦う覚悟を決めた。ついさっきまで命を握られていた奴と共闘する羽目になろうとは、本当に今日は運が悪すぎて最早訳が分からない。

「本当に片づけられるんだろうな!? こんな所で天に召されるハメになったら、わざと放置したあんたの責任だからな!」

「……私一人でも十分なのだが、手伝ってくれるのか?」

 ほんの少しだけ驚いたような様子で背後の男が尋ねる。非常に不本意ではあるが、この男と協力しなければ本当に死ぬかもしれない。さっきは殺されようともどうでもいいと思ったが、魔物に殺されるのとは話が別だ。今はこの場を切り抜ける。

「あんただけに任せてられる状況かよ。……言っとくけどな、俺は自分の身しか守らねぇからな」

「ああ、私に構う必要はない。……ゆくぞ」

相変わらず冷静に自信たっぷりな答えを返し、男が駆ける。その言葉にイラつくどころか妙な安心感を覚えて、俺もまた向かってくる魔物を斬りつけた。


――――――――――


 俺は小さい頃から剣を習っていたおかげで、同年代の子供に比べればまだ戦える方だとは思う。しかし戦うことを生業とするために修行してはいないので、本当に少しはマシ程度だ。今だって雑魚の筆頭としてあげられるゴブリン一匹を相手に必死の攻防をしている。

「この、やろ!」

なんとか最初の一匹を倒す。耳障りな断末魔の声と飛び散る体液に顔を顰めつつ、次に向かってきた敵の鉈を受け止めた。ゴブリン達は大きい個体でも俺の肩ほども無いが、魔物と人間の差なのか筋力は互角かそれ以上だ。まともに競り合いをしていては負けるので、すぐに重心をずらし刃にかかる力を受け流す。相手がバランスを崩したところで急所に一撃。簡単に言っているが、初撃を受けてからここまでするのに数分かかっているのだ。戦士としては三流以下なのがよく分かる。

 あいつはどうしているだろうか。魔物を二体倒すまでに全くあの男の様子を窺っていなかったので少々気になった。怪我をしていても俺の知ったことではないが、そのせいで貴重な戦力が欠けるのは痛い。そう思った矢先、

「〈輝ける刃よ、邪なるものを浄化せよ〉!」

「ギイイィィイ!」

「ギャア!」

あの男の声と共に視界の端で何かが光った。数匹のゴブリンの悲鳴が聞こえたので、おそらく魔法か何かで倒したのだろう。何をしたのか気になるが、また新手が俺に向かって来たので振り向いて確かめる余裕が無い。どうやら大丈夫そうなので自分の敵に専念する。斧を持った新手のゴブリンは少し大きめの個体で、今までの二体よりも強かった。振り回される斧をなんとかダガーで防ぎ躱しながら、反撃の隙を窺うがなかなか見つからない。じりじりと後退する俺に、もう一匹の魔物が襲いかかって来た。

「――っ、や、ば!」

左から突っ込んできた魔物の槍をギリギリのところで回避し、体勢を崩した俺に振り下ろされた斧もなんとか弾く。だが俺に出来るのはそれだけ。再び振るわれた斧を受け止めた俺の後ろから、魔物の鳴き声と足音が聞こえる。先ほどの槍持ちだろうか。避けようにも、ダガーを折らんばかりの力で押して来る斧を留めるので精一杯だ。今動けば確実に斬られる。動かなければ背後から槍で貫かれるのだろう。

 終わった。思わず目を閉じ、やってくる痛みを覚悟する。が、やってきたのは痛みでは無く、左腕を掴み思い切り引っ張る力だった。思わぬ事態といつまでも来ない痛みを不思議に思い目を開けると、目の前で俺を襲っていた二匹が互いの武器で互いを攻撃し、同時に倒れた。

「え……」

何が起こったか分からず呆然とし、未だ左腕を掴む力の存在に気づいた。ゆっくりと目を向ければその正体は人間の手で、小手を巻いた腕がその先にあり、その更に先には見覚えのある無表情があった。

「怪我は無いか」

「へ、あ、ああ……」

男に尋ねられ思わず頷く。助けられたのか、この男に。引き寄せられたおかげで、俺は斧に切り裂かれることも槍に貫かれることもなく、魔物たちは勢いを殺しきれずに同士討ちしてしまった。

 助かったことに安堵しながら、こいつも自分の相手と戦っていたはずなのになぜ、と辺りを見渡せば魔物たちの屍の山が目に入った。あれほどいた魔物たちは一匹残らず物言わぬ骸と化し、この空間に立っているのは俺たちだけ。……俺、まだ二体しか倒してなかったんだけど。

「どうやら付近に魔物はもういないようだ。安心していい」

そう言って剣を仕舞った男は涼しい顔をしている。あれだけの数を一人で倒したにもかかわらず、見たところ無傷だ。しかも俺の窮地にちょうど良いタイミングで現れたということは、俺の様子にも気を配っていたに違いない。

 溜息をついて俺もダガーを鞘に収めた。始めから敵うはずがなかったのだ、この男には。なぜ過去の自分はこんな奴に喧嘩を売ってしまったのだろうか。

「君はなかなか筋が良いな。基本的な型は出来ていて後は磨くだけといったところか。盗賊よりも騎士になった方が良かったのではないか?」

むしろ足手まといだっただろう俺を庇いながら、一人で敵を殲滅した男は真顔でこんなことを言ってくる。冗談ではないのだろう真剣な瞳に、げんなりとした俺の顔が映る。

「盗賊じゃなくて義賊。あと一人でこの死体の山作り上げた奴が何抜かしてんだよ」

 この男、本当に「勇者」なのかもしれない。堂々と敵に向かい斬り込んで行く姿は、まさに悪に立ち向かう正義の味方そのものだった。自分の相手に必死であまりよく見えなかったが、途中で使っていたのは光属性の魔法だろう。魔法使いは珍しくもないが、光属性の魔法となると難易度が高く、本職の魔術師ぐらいしか使わないと聞いたことがある。どう見ても剣士であるこの男が高度な魔法も使えるとすれば、今まで噂にならなかったのが不思議なぐらいだ。どこかの貴族や王宮に仕えているのならば絶対に話題になっていたはずなので、誰にも仕えていないか、よほど注意を払って存在を隠してきたかだ。後者はありえないだろう。何せ会って数十分の相手に「勇者」だなどと宣言するぐらいなのだから、どこに行っても悪目立ちするに違いない。

「私はこの程度で負けるわけにはいかないのだ。私が倒すべきは魔神ネーソスなのだから」

「あーはいはい。とりあえずあんたが騎士じゃないってのは信じてやるよ。ついでに貴族じゃないってのも」

「私は『勇者』だと先ほどから言っているはずだが……」

疑っていたのかという言葉に脱力する。どこに自分は勇者だなどと言われて正直に信じる人間がいるだろうか。俺の反応は間違っていないはずだ。しかしこの男は心底不思議そうに首を傾げているので、なぜ俺が信じていないのかが理解できていないのだろう。こんな天然ボケ自称勇者になぜ負けてしまったのか。いや、段違いの強さを見せつけられてなお勝てるなどとは思わないけれども。

「分かったよ『勇者』サマ。それで、これからどうするわけ?」

 この男が本当に勇者かどうかなど最早どうでもいい。先ほどの問答を再開させる気は無いがこのまま別れるのも後味が悪いので一応確認する。本当は色々と疲れたので早く宿に帰って寝てしまいたいけれど、元はといえば俺がこの男を襲ったのが悪いのだ。一緒に魔物を倒して一件落着、ではさようならというわけにもいかないだろう。助けられた借りもある。妙な所で律儀だとは思うが、命の恩人に対して礼もせず逃げるなど俺のポリシーに反するのだ。

「ふむ、そういえば君の処遇について話していたのだったな。……先ほどの戦闘を踏まえて一つ提案があるのだが」

「なんだよ。憲兵に引き渡すんじゃないのかよ」

さっきの戦闘で何かこの男の意思を変えるようなことがあっただろうか。騎士になれとか言っていたので、どこかの騎士団でも紹介するつもりかもしれない。貴族と一緒になってふんぞり返っているような奴らの所へ行くのも御免なのだが。

「それでは君は今までの生活を変えないだろう。私は先を急ぐ身だが、道を誤ろうとしている子供を放置できるほど非情ではない。それに、方法はともかく君の志は立派だ。そこで君に聞きたい」

 そして俺を非行少年か何かのように言った男は、じっと俺の目を見つめて、本日二つ目の爆弾を投下してくれた。


「私と共に来ないか。何もネーソスと戦えというわけではない。旅の中で義賊になる以外の生き方を見つけられればその時点で別れてもらって構わない」

「――――は?」


 これまた本日二度目の反応。沈黙が落ちて、遠くに聞こえるカラスか何かの鳴き声が妙に耳につく。一瞬頭が真っ白になり思考が飛んでしまうも、戻って来た時には怒涛の勢いで言葉が浮かび逆に脳内が埋め尽くされる。この自称勇者について行く? 俺が更生するまで監視でもする気なのか? ついさっき出会ったばかりの他人を旅の道連れにしようと考えるなんて、この男の思考回路はどうなっているんだ。しかもあくまで「俺の将来のため」だ。

「……本気か?」

 色々と言いたいことはあったが出て来た言葉はこれだけだった。男は大真面目な顔をしているが色々と想定外すぎて逆に本気だと思えない。

「本気でなければこのような提案はしない」

「逃げ出すとか寝首掻かれるとか思わないわけ? 俺あんたに襲いかかったんだぞ? やられたけど」

「君が逃げることを選ぶならそれもいいだろう。寝込みを襲われても返り討ちにできる。だが君がそのような真似をする人間ならば、既にこの場にはいないはずだ」

 確かにそうだろうが、会ったばかりの他人をよくもここまで信じられるものだ。先ほどの戦闘だって、魔物に注意を向けた隙に俺が反撃すると思わなかったのだろうか。実はあれぐらいの敵ならば、倒すことは出来なくとも、適当に攻撃を躱して逃げ出すぐらいはできたのだ。そうしなかったのは、この男一人置いて行くのがなんとなく後ろめたかったからなのだが、もしかするとそのことすら見抜いているのかもしれない。どうもこの男は今までに会ったどのタイプとも違って調子が狂う。

「なあ、俺がついて行ったとしてあんたは何が利益になるんだよ。戦闘はさっきの通りだし他のことも人並みにしかできないぞ」

さすがに何か打算があっての申し出だろう。完全な善意で動ける人間などそういない。俺が義賊をやっているのだって人助けがしたいだけじゃない。恩返しはもちろんだが別の目的もあるのだ。この男だって、赤の他人の面倒を見ようと言うのなら、何かしらの見返りを期待しているか、直接俺には関わるかどうかは分からないが目的があると見るのが当然だ。しかし俺に出来ることなど精々戦闘時の身代わり役か日々の雑用ぐらいだ。逃げても良いなんて言っているこの男は俺に何を求めているのか。

「そうだな……。私は創られてから日が浅く、知識はあっても経験が無いために、常識的なことを感覚として理解できないのだ。これまでも怪訝な顔をされることが多くてな。そういう場合のフォローをしてくれると助かるのだが」

 返って来た答えがあまりにもあんまりで、少し構えていたのが馬鹿らしくなった。最早呆れるどころか笑いがこみあげてくる。

 そうだ、何の躊躇いもなく勇者だと名乗るような男が常識人なはずがない。この勇者サマはどうせ今までにも色々と規格外の行動をしてくれたのだろう。そして俺のように巻き込まれた人たちは、みな理解できずに逃げ出したに違いない。もっとも、相手の真意を理解できていないのは、この勇者サマも同じだったのだろうが。立ち去る人々と、一人残され首を捻るこの男の光景を想像してみたら、もう我慢が出来なかった。

「ぶっ――っはは、あはははは! あーもうなんか警戒すんのが馬鹿らしくなってきた。……いいぜ、その提案受けてやろうじゃんか」

 気に入った。どこかずれているこの男に、一般人の感覚というものを叩き込んでやるのも悪くない。最近麓の町に長く滞在してはいたが、もともと一所に留まらない根無し草だ。旅暮らしには慣れているし、今更連れ合いができたところで変わりはしない。むしろ一人旅より楽しそうだ。

「良かった。ああ、しかし君には家族はいないのか? いつ帰って来られるかは分からないが……」

「平気へーき。俺は一人身だし帰る家も無いからさ。足がつかないように旅しながら義賊やってんだ」

 自分から誘ったくせに帰る場所の心配をする勇者サマへ、ひらひらと手を左右に振りながら心配無いと告げる。そもそも家族がいたら義賊なんてやっていないだろう。やはりこの男はどこかズレている。先が思いやられるなと考えてはたと気づいた。まだこいつの名前を知らない上に、俺も名乗っていない。

「そういえばまだ名前聞いてなかったな。俺はラルスってんだ。あんたは?」

これから共に旅立つことになる「仲間」に名前を尋ねる。今更名乗り合うのが可笑しくて、吹き出しそうになるのをこらえつつ綺麗な青を覗き込んだ。さっきまでは感情の読めない青色が怖かったが、こうして見るとやっぱり綺麗だし、いかにも「理想の勇者様」って感じがする。こいつを創った女神様とやらは芸術家だな。

「私はクレス・アルケイデス。……よろしく頼む」

「おう! よろしくな、クレス」

 今日が絶好調だったのか厄日だったのかはまだ分からない。この先に待つ冒険次第でどうとでも変わるだろう。後悔しなければいい、そう思いながら手を差し出した。

 差し出された手に勇者が首を傾げ、さっそく握手の意味から教えることになったのはその直後。


 こうして勇者は一人の少年を連れて旅立った。少年は全ての転機となったこの運命の日を忘れることはない。また勇者もこの選択が自らの命運を大きく分けることになろうとは思いもしなかった。

 全てはまだ始まったばかり。彼らの未来は神でさえも知らない。


【Die fantastische Geschichte 1-1 Ende】


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