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1-1:勇者と少年

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集や【FG 0】と合わせてお楽しみください。

この世界には数多の神々が存在する。

そのうち光の女神メネの加護により世界は平和を保ち人々は豊かな生活を享受していた。

しかしある時魔神ネーソスは世界征服を企みメネに戦いを仕掛けた。

ネーソスの力によって世界には魔物が蔓延り大地は荒れ空には暗雲が立ち込めるようになった。

メネは力無き人々を守るため光をもたらし恵みの種を撒き生命の輝きで世界を満たした。

二柱の神々の争いは長きに渡り人々の記憶から忘れ去られてしまいそうな頃、勇者の登場によりようやく終結の時を迎える。

光の女神により創られた勇者と、共に歩んだ仲間たち。

これは彼らの壮大な戦いの記録である。


   ――とある歴史家の手記より


【Die fantastische Geschichte 1】


――――――――――


【1-1:勇者と少年】

――目覚めなさい、我が子よ

――貴方は「勇者」。勇者クレス・アルケイデス

――さあ、旅立つのです。己が使命を果たし、その先の未来へ――――


 今日は怖いぐらい絶好調だったはずだ。朝から目覚めはすっきり、旨い朝食にありつけて、宿の手伝いをしたら小遣いをもらえたし、おまけに可愛い女の子とちょっとしたデートもできた。今までにないくらいツイてる日だと思ったからいつもと違う場所で「仕事」をしてみようと峠の方まで足を延ばしてみた。けれどそこで上等な鎧兜のいかにも上流階級出身の騎士って感じの男に狙いを定めて「仕事」をしようとしたのが運の尽き。

「だから悪かったって! 結局何も盗ってないし、あんたに逆襲しようなんてこれっぽっちも思っちゃいないからここは見逃してくれよ!」

「しかし今ここで貴様を見逃せば別の人間に同じことをするのだろう。盗人はしかるべき場所にて裁かれるべきだ」

「俺が他の奴をどうしようがあんたには関係無いだろ!? なあ憲兵に突き出すのだけは本当にやめてくれよ。俺が捕まったら悲しむ奴がいるんだよぉ」

我ながら情けない声だ。先ほど金目の物をいくつか頂くため奇襲を掛けた俺を一瞬で叩きのめしてくれた目の前の騎士風の男は、ずっと油断無くこちらに剣を突き付け、眉ひとつ動かさないで淡々と俺の必死の懇願を却下する。風にさらさらと流れる金髪や誰が見ても端正だと褒め称えるだろう顔立ち、凛とした佇まいはまるで小さい頃に読んだ絵本の勇者みたいだというのに、男は先ほどから一切表情を変えず海のように青い瞳も鋭く優しさの欠片も見えない。

「関係はある。悪人を見逃すような真似は私の存在意義に反するのだ。それに憲兵に捕まるのが嫌だというのなら悪事を働かなければ良い話だろう。それでも盗みを働き続けるというならばよほどの悪人だと見なされても仕方がないと思うが」

存在意義どうこうは知らないが、悪いことをしなければ良いという点にはぐうの音も出ない。だが俺だって私利私欲のために盗みを働いているわけではないのだ。

「……泥棒が悪いことだっていうのは分かってるよ。でも俺は自分のためにやってる訳じゃあない。金持ちが独り占めしてる金をちょっとくすねて貧しい生活を強いられてる人たちに配ってるだけだ」

「義賊と言うわけか。だが大義のためであろうと被害者からすれば立派な犯罪だ。……他者を助けたいと思うのならもっと正当な手段を選ぶべきだ」

 もっともだとは思うが俺のこれまでを全否定するかのような言葉にムッとする。そんな綺麗事を言えるのは貧困にあえぐ人々の姿を見たことが無いからだろう。権力と金儲けのことしか考えていない大多数の貴族のせいで――ちゃんと領民の生活を考えている貴族もいることは知っているがこの辺りにはいないので無視する――命を繋ぐことすらも危うい人だっているのだ。そんな状況にも関わらず俺を助けてくれた彼らに恩返しをしようと思ったら、正当であっても時間がかかる方法や直接の利益にならないような方法など選ぶ気になれない。一番手っ取り早く実行できたのがこれだったのだ。

「貴族連中なんてどうせ自分の利益しか考えてない奴ばっかじゃんか。他から横取りしようと考えてるような奴らからちょっと分けて貰うぐらい構いやしないだろ」

「しかしその方法ではいつか自分の身を滅ぼす。今は良くとも一生続けるつもりであれば――」

「だーもう! 俺がどうしようと俺の勝手! あんたが何と言おうが俺はこのやり方でいくって決めてんだ。ぽっと出の他人が俺の人生に口出しすんじゃねえよ」

 このお堅い騎士様はどうやら俺を改心させたいらしいが、こっちだって自分なりに考えた上でこの生活を選んでいるのだ。つい数分前に会ったばかりの他人にとやかく言われる筋合いは無い。

「だいたいあんた何様のつもりなんだよ。悪者を捕まえるのは憲兵の仕事で身分の高い騎士サマはお偉方を守ってりゃいいだろ。こんな所で盗人に説教なんてあんたの仕事じゃないよ」

剣を向けられたこの状況で難癖つけるなど正気の沙汰ではないが、この際日頃の鬱憤を晴らすべく目の前の男に皮肉を込めてやつあたりする。最早どうにでもなれという気分だった。結果的に憲兵に突き出されようとも適当に反省したと言って逃げ出せばいい。この場で斬り捨てられることになってもそこまでの人生だったというだけだ。やはり今日は厄日だったのかもしれない。

 投げやりな俺の言葉に男は少しだけ考えるような素振りを見せる。今まで何を言っても答えが決まっているかのように即答してきたが、今の言葉に何か思うところでもあったのだろうか。

「……質問の意図を理解しかねるが、私の素性について尋ねているのであれば、私は騎士ではないし上流階級の人間と言うわけでもない。私は『勇者』だ」

「――――は?」

「現在この世界を脅かしている魔の神ネーソスを倒すべく、光の女神メネにより創られた『勇者』だ」

 予想の斜め上どころか逆方向にかっ飛んだ答えが返って来た。自分は勇者だなどと供述しているこの男、先ほどまでと全く変わらず真顔である。とんでもない発言に思考停止してしまった俺に構わずさらに「勇者」は続ける。

「そういう意味では確かに今ここで貴様の相手をしているのは私のなすべき事ではないのかもしれないな。貴様のことは放っておいて先に進むべきなのだろうが――」

ぽかんと口を開けたまま固まってる俺から視線を外し、剣を構え直して背後を睨みつける。

「魔物のいるこの場所に一般人を置いて行くのは気が引ける」

「え……えええおおおお!?」

 男の視線につられてギギギと音がしそうな動作で振り返ると、そこには子鬼の姿をした魔物が次々と棍棒やら鉈やらを手に茂みから現れていた。その数一匹や二匹ではない。二十か三十はいるのではなかろうか。慌てて立ち上がり男に捻り上げられた際に落としたダガーを拾う。男の方にばかり気を取られて全く魔物の接近に気づけなかった先ほどまでの自分が恨めしい。

「我々が話している間に近づいて来ていたのだが……気づいていなかったのか?」

「分かるわけねぇよ、目の前の危険の方に必死だったんだから! つーか知っててここまで何もしなかったのかよ!」

「この程度ならばすぐに片がつく。私には貴様の方がよほど重要事項だった」

 雑魚とはいえかなりの魔物に囲まれたこの状況で何を言い出すのか。俺だってそれなりに修羅場を潜り抜け腕には自信があるが、さすがに魔物に囲まれる状況は避けたい。妙に落ち着いている男に背を向けダガーを構える。こうなればヤケクソだ。ついさっきまで命を握られてた奴と共闘する羽目になろうとは、本当に今日は運が悪すぎて最早訳が分からない。

「本当に片づけられるんだろうな!? こんな所で天に召されるハメになったらわざと放置したあんたの責任だからな」

「……私一人でも十分なのだが、手伝ってくれるのか?」

ほんの少しだけ驚いたような様子で背後の男が尋ねる。非常に不本意ではあるが、この男と協力しなければ本当に死ぬかもしれない。さっきは殺されようともどうでもいいと思ったが魔物に殺されるのとは話が別だ。今はこの場を切り抜ける。

「あんただけに任せてられる状況かよ。……言っとくけどな、俺は自分の身しか守らねぇからな」

「ああ、私に構う必要はない。……ゆくぞ」

 相変わらず冷静に自信たっぷりな答えを返し、男が駆ける。その言葉にイラつくどころか妙な安心感を覚えて、俺もまた向かってくる魔物を斬りつけた。


――――――――――


 結論から言えば、本当に一人で十分だった。俺が魔物一匹を倒す間に、男は流れるような動作で敵をいなし斬り伏せて五匹以上は倒していたように思う。おまけに俺の様子にまで気を配っていたのか、前方からの攻撃を防ぐのに必死で背後から襲いかかってきた魔物に対応しきれなかった俺を引き寄せて、俺を助けるだけでなく敵を同士討ちさせるという荒業までやってのけた。助けられた事実に気づいた時には周りに屍の山ができていて全て終わっていた。……俺、まだ三匹しか倒してなかったはずだけど。

「君はなかなか筋が良いな。基本的な型は出来ていて後は磨くだけといったところか。盗賊よりも騎士になった方が良かったのではないか?」

むしろ足手まといだっただろう俺を庇いながら一人で敵を殲滅した男は真顔でこんなことを言ってくる。冗談ではないのだろう真剣な瞳にげんなりとした俺の顔が映る。

「盗賊じゃなくて義賊。あと一人でこの死体の山作り上げた奴が何抜かしてんだよ」

 この男、本当に「勇者」なのかもしれない。堂々と敵に向かい斬り込んで行く姿はまさに悪に立ち向かう正義の味方そのものだった。自分の相手に必死であまりよく見えなかったがなんか剣が光っていたどころか光の玉のようなものを飛ばしていた気もする。魔法使いは珍しくもないが光属性の魔法となると難易度が高く本職の魔術師ぐらいしか使わないと聞いたことがある。どう見ても剣士であるこの男が高度な魔法も使えるとすれば今まで噂にならなかったのが不思議なぐらいだ。どこかの貴族や王宮に仕えているのならば絶対に話題になっていたはずだ。

「私はこの程度で負けるわけにはいかないのだ。私が倒すべきは魔神ネーソスなのだから」

「あーはいはい。とりあえずあんたが騎士じゃないってのは信じてやるよ。ついでに貴族じゃないってのも」

「私は『勇者』だと先ほどから言っているはずだが……」

疑っていたのかという言葉に脱力する。どこに自分は勇者だなどと言われて正直に信じる人間がいるだろうか。俺の反応は間違っていないはずだ。

「分かったよ『勇者』サマ。それで、これからどうするわけ?」

 この男が本当に勇者かどうかなど最早どうでもいい。先ほどの問答を再開させる気は無いがこのまま別れるのも後味が悪いので一応確認する。色々と疲れたので早く帰って寝てしまいたいが、元はといえば俺がこの男を襲ったのが悪いのだ。一緒に魔物を倒して一件落着、ではさようならというわけにもいかないだろう。助けられた借りもある。

「ふむ、そういえば君の処遇について話していたのだったな。……先ほどの戦闘を踏まえて一つ提案があるのだが」

「なんだよ。憲兵に引き渡すんじゃないのかよ」

「それでは君は今までの生活を変えないだろう。私は先を急ぐ身だが道を誤ろうとしている子供を放置できるほど非情ではない。それに方法はともかく君の志は立派だ。そこで――」

そして俺を非行少年か何かのように言った男は本日二つ目の爆弾を投下してくれた。

「私と共に来ないか。何もネーソスと戦えというわけではない。旅の中で義賊になる以外の生き方を見つけられればその時点で別れてもらって構わない」

「――――は?」

 これまた本日二度目の反応。この自称勇者について行く? 俺が更生するまで監視でもする気なのか? ついさっき出会ったばかりの他人を旅の道連れにしようと考えるなんてこの男の思考回路はどうなっているんだ。しかもあくまで「俺の将来のため」だ。

「……本気か?」

 色々と言いたいことはあったが出て来た言葉はこれだけだった。男は大真面目な顔をしているが色々と想定外すぎて逆に本気だと思えない。

「本気でなければこのような提案はしない」

「逃げ出すとか寝首掻かれるとか思わないわけ? 俺あんたに襲いかかったんだぞ? やられたけど」

「君が逃げることを選ぶならそれもいいだろう。寝込みを襲われても返り討ちにできる。だが君がそのような真似をする人間ならばすでにこの場にはいないはずだ」

確かにそうだろうが会ったばかりの他人をよくもここまで信じられるものだ。先ほどの戦闘だって魔物に注意を向けた隙に俺が反撃すると思わなかったのだろうか。実はあれぐらいの敵ならば適当に攻撃を躱して逃げ出すぐらいはできたのだ。そうしなかったのはこの男一人置いて行くのがなんとなく後ろめたかったからなのだが、もしかするとそのことすら見抜いているのかもしれない。どうもこの男は今までに会ったどのタイプとも違って調子が狂う。

「なあ、俺がついて行ったとしてあんたは何が利益になるんだよ。戦闘はさっきの通りだし他のことも人並みにしかできないぞ」

さすがに何か打算があっての申し出だろう。完全な善意で動ける人間などそういない。

「そうだな……。私は創られてから日が浅く知識はあっても経験が無いために、常識的なことを感覚として理解できないのだ。これまでも怪訝な顔をされることが多くてな。そういう場合のフォローをしてくれると助かるのだが」

 返って来た答えがあまりにもあんまりで、最早呆れるどころか笑いがこみあげてくる。何のためらいもなく勇者だと名乗るような男が常識人なはずがない。この勇者サマはどうせ今までにも色々と規格外の行動をしてくれたのだろう。そして俺のように巻き込まれた人たちは皆理解できずに逃げ出したに違いない。

「ぶっ…………っはは、あはははは! あーもうなんか警戒すんのが馬鹿らしくなってきた。いいぜ、その提案受けてやろうじゃんか」

気に入った。どこかずれているこの男に一般人の感覚というものを叩き込んでやるのも悪くない。最近長めに滞在してはいたがもともと一所に留まらない根無し草だ。今更連れ合いができたところで変わりはしない。むしろ一人旅より楽しそうだ。

「そういえばまだ名前言ってなかったな。俺はラルスってんだ。あんたは?」

これから共に旅立つことになる「仲間」に名前を尋ねる。今更名乗り合うのが可笑しくて、吹き出しそうになるのをこらえつつ綺麗な青を覗き込んだ。

「私はクレス・アルケイデス。……よろしく頼む」

 今日が絶好調だったのか厄日だったのかはまだ分からない。この先に待つ冒険次第でどうとでも変わるだろう。後悔しなければいい、そう思いながら手を差し出した。


 こうして勇者は一人の少年を連れて旅立った。少年は全ての転機となったこの運命の日を忘れることはない。また勇者もこの選択が自らの命運を大きく分けることになろうとは思いもしなかった。全てはまだ始まったばかり。


【Die fantastische Geschichte 1-1 Ende】


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