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私、魔法屋でアルバイトはじめましたっ!  作者: 椋鳥 虹
~ おまけ ~
8/14

(番外編)嘘

 僕は、道に迷いながらもなんとかたどり着いた……のだと思う。

 手に持つ地図の中央に示された名前は「魔法屋〈アンティーク〉」。おそらくこの、キノコのような外観の建物がそうなのだろう。実際、渡された地図にはカッコ書きで(キノコっぽい外観)と書かれていたのだから。

 ここに、あいつがいる。そう思うと自然と胸の鼓動が早まっていく。緊張からか喉がカラカラに渇く。

 ごくりと生唾を飲み込むと、改めてキノコに似た建物のほうに視線を向けた。


 建物の入り口では、紅茶色の髪をした女性がなにかを一所懸命取り付けていた。

 どうやら手作りの看板のようだ。『魔法屋アンティーク』と、可愛らしい文字で書かれていた。

 ここが魔法屋アンティークであることがはっきりしても、すぐに店に入ることができなかった。たぶん僕は、これから先のことを思って緊張していたんだと思う。

 そんな僕の様子に、看板を取り付け終わった女性が気づいたようだ。こちらを見てにっこりと微笑んでくる。ものすごく優しい感じの笑顔に、思わずドキリとしてしまう。

 おっとりとして可愛らしい感じの女の人だったので、少し気後れしてしまった。そんな僕に、女の人はしゃがみこんで目線を合わせながら声をかけてくれた。


「えーっと、お客様かな?」


 その態度と言葉に勇気をもらった僕は、思い切って声を出して尋ねた。


「あの……ここは魔法屋〈アンティーク〉で間違いないですか?」


 僕の質問に、女の人は大きく目を見開いた。たぶん、僕が明確にこのお店を目指して来たことに驚いているのだろう。実際、明確な目的がなければ来たいと思うようなお店ではなかったし。


「たしかにうちはアンティークで間違いないんだけど、どうしてまたうちの店に?」

「はい、実はイスパーン商会の人から紹介されてここに来ました」


 僕は、事前に用意していた()の説明を並べたてた。

 相手の女性は大きな瞳をパチクリさせると、「そっか、フォアさんの紹介なのね」と勝手に解釈して、僕を店の中に案内してくれた。


 魔法屋アンティークの店内は、外見とは裏腹にとても綺麗に整頓されていた。棚にはよく分からない商品が、それなりの秩序を保って並べられている。僕はキョロキョロと店内を観察しながら、恐る恐る女の人のあとをついて行った。

 ちなみにこの女の人、名前をエリスと言うらしい。お店の中に入る時に教えてくれた。だから僕も、一応「僕の名前はリリエンタールといいます」と返事をしておいた。もちろん、嘘の名前だ。

 お店の奥のカウンターには、また別の女の人が座っていた。


「ティーナ、お客様よ。リリエンタールくん。なんでもイスパーン商会からの紹介みたい」


 ティーナと呼ばれた女の人は、読んでいた魔術書から目を離して僕の方を見つめてきた。

 このひとがティーナ=カリスマティックか。実物を見た瞬間、僕の思考はすべて停止してしまった。

 聞きしにも勝る美しさ。いくら僕がまだ十歳の少年だったとしても、女性の美しさくらいは判断できる。これまで見てきたどんな美術品よりも整った、まさに神の作った工芸品のようだった。僕は呼吸するのも忘れてその美貌に見惚れていた。


「へぇ、そうなんだ。それでキミはうちに何の用なんだい?」


 その艶やかな口唇から零れ落ちるざっくばらんな口調に戸惑いながらも、僕はなんとか事前に用意してきた理由を説明した。


「はい……あの、あなたにこの魔道具を鑑定して欲しいのです」


 僕は懐から小さな袋を取り出しすと、中から一本のネックレスを取り出した。白銀色のチェーンに、葉っぱの形をしたアクセサリーがぶら下がっている。一見するとただのネックレスのように見えるだろう。

 はたしてティーナはこいつを鑑定できるのか。いや、できやしないだろう。できないでくれ。でも、できてほしい。

 僕自身どちらを真に望んでいるのかわからなくなっていた。期待半分願望半分に、ネックレスを手に取ったティーナの言葉を待つ。

 ティーナはカウンターの上に置いてあった眼鏡をかけると、ネックレスをじっと観察し始めた。だがすぐにネックレスをカウンターの上に置くと、眼鏡をずり下げて僕に問いかけてきた。


「キミ、リリエンタールと言ったね?」

「あ、はい」

「……なぜ、嘘をつく?」

「えっ!?」


 声を出したのは、エリスのほうだった。

 僕はなにも口にすることができずに、ティーナをじっと見ていた。


「……ふーん。だったら名前も偽名か。まぁべつにいいけどね。それで、本当の目的は何だい?」


 まさかネックレス一つでそこまで読めるとは。これは本物だ。僕の口の中は、からからに渇いていた。なんとかごくりと唾を飲み込んで、かろうじて言葉を紡ぎ出す。


「……なぜ、そのようにお考えになったのですか?」

「理由が聞きたいのかい?そこまで聞けば、キミは納得する?」

「ぐっ……」


 親族が話していた噂は、完全に間違いだった。僕は確信する。この人は間違いなく本物・・だ。

 それどころか、これだけの人物がのことをまともに相手にしていたとは到底思えない。正真正銘の化け物だ。

 僕は悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えて、なんとか首を上下に揺らした。僕の肯定の意志を読み取ってか、彼女は説明を開始した。


「……わかった、それじゃあ説明をしよう。まずキミが鑑定を依頼してしたこのネックレスだけど、こいつはちょっとクセのある魔道具だ。ご丁寧に魔力隠ぺいまで施されている。並みの魔法使いなら、隠ぺいされていることすら気づけないシロモノだね。普通のネックレスに見せかけていることから推測するに、非常事態になにか効力を発する類のものだろう。効果は……たぶん護身用の障壁ができるとか、アラームが鳴るとか、そんな感じだろう。調査の魔法を使ってもいいけど、そこはどうでもいいんだろう? 問題は『なぜ鑑定をうちに依頼してきたのか』ってことだ」


冷たく鋭い視線に晒され、僕の背筋を冷たいものが滴り落ちていった。


「イスパーン商会から紹介されたと言っていたね? だけどこいつは、普通の魔法使いレベルでは魔道具であることすら気づけない代物だ。一見すると魔法屋であるうちに来ることは妥当なように思えるけど、実は矛盾している。君はその矛盾に気づいているのか?」


徐々にこの場の雰囲気を支配してゆくティーナ。僕は争うことすらできず、首を横に振るだけだった。


「いいかい、このネックレスはそもそも魔道具であると簡単には見抜けない代物なんだよ。もっと言えば、見抜けるくらいの人物であればこれが魔道具であることくらいは分かるわけだ。そこまで分かってるなら、わざわざうちに鑑定依頼に来る必要は無いだろう? なのにキミはうちに来た。この矛盾を、キミは説明できるかい?」


そう問われ、僕はようやく自分の犯した致命的なミスに気付いた。彼女はほんのわずか交わした会話の中の矛盾を指摘してきたのだ。当然僕に返す言葉は無い。


「……これらのことから、キミがイスパーン商会から紹介されたというのは『嘘』だとわかる。そんな嘘をつくということは、名前だって偽名だと思うのは至極当然のことだろう? さてそうすると気になるのは、なぜキミがこんな変なことをしてくるのかということだ。今回の場合、こんなレアな魔道具を持ってくるくらいだから、ボクの実力を試すためだと推測されるんだが……さて、どうだろうか?」


 もはや僕はティーナと目を合わせることができなくなっていた。彼女が言ったことは、全部当たりだった。


「どうやら当たりだったかな。それじゃあなんでこんな回りくどいことをしてボクのことを試しているのか、理由を教えてくれるかい?」


 この時点で、僕は完全に負けを認めることにした。ふぅーっと大きく一つ息を吸うと、僕がここに来た理由について話すことにした。


「ティーナさん。僕はあなたに魔道具を売りに来ました。その際、あなたが適正に道具を見極める能力を持っているのかを知りたかったのです。売り物はもちろんそのネックレスなのですが……この魔道具も一緒にあなたに引き取ってもらいたいのです」


 僕は一気にそこまで言うと、腰のベルトに差していた一本の短剣を取り出してカウンターの上に置いた。

 その短剣は、複数の蛇が絡み合ったような意匠が施された鞘に収まっていた。柄の部分にも蛇の装飾が施されており、目にあたる部分に赤い大きな宝石が埋め込まれている。

 僕が取り出した短剣を見て、ティーナの表情が僅かに変化した。迷うことなく手に取ると、刀身を一気に引き抜く。

 刀身には、角度を変えると蛇の文様が掘り込まれている様子が見て取れた。店内の魔導光に反射して、刀身が鈍く光る。

それまで黙って僕たちの様子を観察していたエリスが、短剣を見て驚きの声を上げた。


「あれ? それってもしかして……」

「こいつはマイネールが持っていた『天使の器(オーブ)』だね。たしか『フリッセの蛇短剣』とかいう名前だったかな」

「はい。先ほどの魔道具であるネックレスに、この『天使の器(オーブ)』を付けてあなたに買い取ってもらいたいのです。それが……僕がこの店に来た理由です」


 しばしの沈黙。僕はごくりとつばを飲み込む。

 ティーナは僕の目をじっと見つめてきた。まるで心の奥まで見透かすかのような、怖くて恐ろしい目だった。

 美しいのに怖い。相反するこの二つが両立するという事実に、僕はこのとき初めて気づいた。


「付けるというのは、オマケとして付けるという意味で良いのかな?」

「……はい。そうです」

「キミはあいつの親族なんだろ?」

「はい……弟です」

「そうか」


 そう言うと、またティーナは黙り込んでしまった。

どれくらいの時間が経ったであろうか。おそらくそんなに長い時間ではなかったのだろう。僕にはそれがとてつもなく長い時間のように感じられた。それだけの時を経て、ティーナがゆっくりと口を開く。


「わかった、買い取ろう。希望金額はあるかい?」

「い、いいえ、とくにはありません」


 僕はティーナの言葉に呆気にとられた。まさか僕の正体を知った上で無条件で買い取ってくれるとは思いもしなかった。

 いろいろと聞かれると思っていた。場合によっては責められることも覚悟していた。

 でも彼女は僕を一切問い詰めることなく受け入れてくれた。なぜそうしてくれたのか、その理由は恐ろしくて聞くことができなかった。


「そう。じゃあ百万エルでどうだい? うちはそれ以上は出せない」

「え!? そんなに高値で買ってくれるんですか?」

「まぁね。それでどうするの? 売るの? それともこのまま引き返す?」


 予想外の高値に動揺を隠せないなか、僕の心にある一つの仮説が浮かんできた。

 この女性は、おそらく全てを理解している。

 僕の正体も、僕がここに来た理由も、この品物を売りに来た意図も、僕自身が置かれている今の状況も。その上で今回の対応なのだ。

 格が違いすぎる。僕は素直にそう思った。

 それであれば、おそらくこのまま言う通りにするのがベストなのだろう。そう判断すると、僕は彼女の顔を見ながら頷いた。


「はい。それで、お願いします」


 こうして僕は、百万エルという大金を手に、魔法屋アンティークを後にしたのだった。



◇◇◇



「……ていうことがあったの。びっくりしない? いきなり大金をポーンだよ!」


 エリスの少し興奮した感じの様子を見ながら、バレンシアはウンウンと頷いた。

 時は少し流れて同日の午後。ふらりと遊びに来たバレンシアと、所用で外出したティーナの代わりに店番をしているエリスが店内で雑談をしていた。話しているのはもちろん今日の朝にあった一連の出来事についてだ。


「あいつも変な奴だからなぁ。でもさ、弟ってことはその子はあのマイネールの弟ってことでしょ?」

「うん、そう……だと思う」

「しかも偽名でやってきた。胡散臭いッたらありゃしない。あいつもよくそんな相手から、しかも因縁の天使の器オーブまでセットにして即金で買う気になったよね」


 バレンシアの言葉にうんうんと頷くエリス。


「でもさ、詳しい話をしなかったのにはなんか理由があったのかな」

「うーん……。ティーナはただ『良い買い物ができた』って言って私にこのペンダントをくれたんだ」


 そう言いながら、エリスは自分の胸元にあるネックレスを手に取った。


「それってどんな魔道具なの?」

「なんでも貴族が身につけるような、本物の宝石が散りばめられた護身用の魔道具なんだって。でもどんな魔法がかかってるかは自力で鑑定しなさいって言われちゃった。それも勉強の一環なんだって」

「あっはっは、あの子らしいね」

「……厳しいお師匠様です」


 そのあと二人は「護身用ってことは、バリアーとか張れるのかな?」「悲鳴に反応して鳴るアラームとかが無難なところかな?」「いやいや、電撃とか走るんじゃない?」などと、半分冗談交じりに議論を交わしていた。

 しばらくすると、からんからーんと入り口のベルが鳴って来客を告げてきた。


「いらっしゃいま……あ、フォアさん!」

「やぁやぁ、これは美女が二人も揃ってなんとも眼福だなぁ」


 やってきたのはフォア氏だった。気さくに片手を挙げて挨拶をしてくると、いつものようにカウンターのそばの椅子にどかっと座り込む。


「おやおや慣れたもんだねぇ。大旦那ともあろう方が、こんな小さな店の常連さん?」


 呆れた口調のバレンシアであるが、暇があったらやってくるのは彼女も同じである。


「ほっほっほ、バレンシア殿みたいな綺麗な子に会えるんであればいつでも来るわ。ところでティーナどのはいないのかね?」

「すいません。ティーナはいま外出してて」

「ふむ、そうか……」


 フォア氏は少し悩ましげな表情を浮かべたものの、すぐに気を取り直して二人に問いかけてきた。


「それはそうと、二人はどんな話で盛り上がっていたのかな」

「それがですね、今日の午前中にちょっと変なことがあったんですよ」


 話すべきか少し悩んだものの、バレンシアに後押しされる形で、エリスは今日の午前中に起こった出来事をフォア氏に説明することにした。


「なるほど……そんなことが」


 一通り話を聞き終わったあと、フォア氏はそれだけを口にするとそのまま沈黙してしまった。

 そのあとエリスが紅茶を淹れ、フォア氏は紅茶を口にして「相変わらずエリス殿の淹れる紅茶は美味しいなぁ」と呟くと、意を決したようにようやく口を開いた。


「実はな、ワシはちょっとした理由があってここに来たんだが、その話が、実はエリス殿が午前中に体験した出来事に関連しておるのだよ」


 そう言うと、フォア氏は今日ここに来た理由を話し始めた。



◇◇◇



 午前中に訪れたその客だがな。もうお分かりのとおり、マイネールの実の弟であるロイエンタール=リリハイト=プラチナムだ。

 なぜワシがそのことを知っているのかって? 実はな、彼をいまイスパーン商会で丁稚奉公としてあずかっておるのだよ。


 なんでそんなことになったのかというと、君たちもご存知のマイネールは貴族向けに魔道具のビジネスを行っていた高級魔法屋『プラチナム=アイテム』を経営する中流貴族プラチナム家の長男だったわけだが、やつが逮捕された結果プラチナム家が没落してしまってな。

 もともと『プラチナム=アイテム』は、貴族向けの高級志向でマニアックな商品を多く取り扱っておった。オンリーワンの高級品を、オーダーメイドで仕入れて、高値で売る。そんなビジネスモデルで成り立っておったんだが、マイネールの事件のせいで商品がほぼ全部キャンセルもしくは返品されてしまってな。さすがのプラチナム家も金策にさえ困るようになってしまったのだ。


 いくら息子が悪魔になったとはいえ、家族に罪があるわけではない。ライバルだった彼らがこんな形で破滅するのはさすがに心が痛んでな。

 そこでワシはプラチナム家を助ける意味も込めて、多くの在庫を商圏と店員まで含めてイスパーン商会でまるごと全部引き取ったのだよ。もちろん、それなりの妥当な値段でな。

 ロイエンタールをうちで預かることになったのも、実はそういった事情も裏にはあったのだ。


 彼はまだ十歳なのだが、ワシの目から見ても頭がかなり切れて商才もありそうな子でな。うちであずかって、一流の商人になれるように色々と修行を開始したところなのだよ。

 本人も、魔法屋プラチナムアイテムを復活させることを夢見ているみたいでなぁ。


 さて、そのロイエンタールだがな。自分の兄であるマイネールがどうして悪魔に堕ちてしまった経緯を、何処かで偶然知ってしまったようなのだ。

 その結果、ティーナ殿のことを少し……なんというか逆恨みしてしまったのだ。

 つまりは、こんなふうにだ。怒らんで聞いてくれよ?「商才もない、ルックスだけで店をやってる小娘が、うちの兄を籠絡して、道を誤らさせた」とな。おそらく心無い親族にそうインプットされたのだろうよ。

 ただロイエンタールはなかなか聡い子供でな。そうやってインプットされた情報を、素直には鵜呑みにしなかったようなのだ。なにより、ワシがティーナ殿のことを高く評価していることを知っておったからな。


 それでな。先日ロイエンタールがワシに声をかけてきてな。

 親族が言っていた噂が真実なのか、ようはティーナ殿が本物・・かどうかを自分の眼で見極めてみたいと言ってきた。そのうえで、もし自分の兄が彼女に迷惑をかけていたのであれば、なんらかの形で詫びたいと言ってきた。

 ワシは驚いたよ。まさか十歳のロイエンタールがそんなことを考えているとは思わなかったからな。

 もちろんワシはロイエンタールがティーナ殿に会うことに反対した。その時はロイエンタールも納得したように見えたんだが、一応心配になってこうやって顔を出してみたのだよ。

 そうしたらこのような状況だったというわけさ。


 ん? どうしてロイエンタールが都合よくそんなへんてこりんなネックレスを持っていたのかって?

 あと、なんでネックレスを売ることがティーナ殿への詫びにつながるのかって?

 ふむ、なかなか良い質問だな。さすがエリス殿、綺麗なうなじをしているだけある! ……んむ、それは関係なかったな。

 それではこれから理由を説明するから、そんな疲れた顔をしないでくれよ。ジジイの話は長いって思っておるのだろう? そういわずに語らせて欲しい。


 えーコホン。さっきも言った通りロイエンタールは、ティーナ殿のことを見極めたいと思っていた。そこで彼は、ある道具を使ってティーナ殿の能力を試すことにしたのだ。

 その道具こそが、エリス殿が首から下げているそのネックレスさ。

 このネックレスには特別な隠匿魔法がかけられているので、普通の魔法使いでは魔道具と見抜くことができない。そこでロイエンタールは、ちゃんとティーナ殿が見抜くことができるかをテストしたのだ。……ワシに紹介された客のふりをしてな。

 そのあたりの背景は、ティーナ殿が見抜いた通りだな。


 では、そもそもなぜそんなものをロイエンタールが持っているかというとな。

 先ほど話した『プラチナムアイテム』で取り扱っていた商品の中に、幾つかうちでは引き取れないものが出てな。主にマニアックで他に転売しにくいものや、いわくつきのものだ。

 イスパーン商会(うち)で出した金だけでは借金返済に不足しておったプラチナム家は、それらのいわくつきの魔道具をプラチナム家の様々なつてを使って二束三文で売りに出しはじめたのだ。

 そんな商品の一つが、そのネックレスというわけさ。


 ご存じのとおり、そいつは『魔力が隠された魔道具』というマニアックな性能が込められ特注品だ。

 通常魔道具は『魔力を持っていること』が分からなければあまり価値があるとは言えない。なにせ魔力があることが分かるからこその魔道具の価値であるからな。

 ゆえに魔力を隠すという行為は、かなりマニアックなニーズと言えるだろう。

 だからこのネックレスは、普通の魔法屋ではなかなか高値で引き取ってもらえないのであろう。


 彼の発言から、エリスが首から下げたネックレスだが、単にネックレスとして見た時にはおそらく十~二十万の価値のように見える。

 しかしながら、魔道具である場合には……かけられた魔法にもよるが、価値は倍以上になる。

 だが、それでも百万エルは高すぎだ。せいぜい五十万エルといったところだろう。


 もしティーナ殿がネックレスの真の価値を見抜けなければ、その程度の人物だったのだと心の中で笑って、ネックレスだけを十~二十万エルで売ったことだろう。

 もちろん若干損するわけだが、それ自体が詫び代だと思っているので、痛くも痒くもないわけだ。

 それに、どうせ他に売っても買いたたかれて、売値は大して変わらないだろうしな。

 だがもし仮に、ティーナ殿が見抜けたのであれば。

 その際には、もう一つのいわくつきの物である、今となっては引き取り手のなくなった、『フリッセの蛇短剣』という天使の器(オーブ)を、無料で彼女に託すつもりだったのだろう。

 兄が迷惑をかけたお詫び代わりに、な。

 世間一般的に、一度悪魔を出した天使の器(オーブ)は、忌まわしいものとして忌み嫌われる。

 いくら天使の器(オーブ)とはいえ、なかなか引き取り手もいないという事情もあるからな。

 うちの店でさえも、天使の器オーブは欲しいが、さすがに悪魔を排出したものは商品として置けないからな。

 だが、どうせ二束三文で売るくらいなら、せめて優秀な魔法使いであるティーナ殿にお詫びの品としてと、ロイエンタールも考えたんじゃろうな。


 どうじゃ? とても十歳の少年の考えることとは思えんだろう?

 これが、午前中の出来事のすべての背景だろうな。

 以前からワシは、ロイエンタールのことはかなり聡いとは思っておったが、ときどき突っ走るところがあったので少し心配しておったのだ。

 実際、今回もこのような振る舞いをしているわけだしな。

 だが、今回に関しては、懸念する必要は全くなかったな。

 実際はティーナ殿のほうが一枚も二枚も上手だったようだし。


 ほう、ティーナ殿がどういう意味で上手だったかというのがわからない?

 ふむ、ではそれも説明しよう。

 今回、ティーナ殿はロイエンタールが嘘をついて訪問してきたことに気付いた。

 偽名であることも見抜いた。

 ロイエンタールの顔を見て、彼がマイネールの親族であることに気づいた。

 さらには、彼の課したテストの内容も完全に見抜いた。

 その結果、ティーナ殿は…彼がそのようなことをしてきた背景や、さらにはロイエンタールが置かれた状況やいまワシが話したような背景を、全てを察したのだろうよ。

 おまけに、ロイエンタールが考えていたお詫びの対応の意味までな。

 そしてティーナ殿は、全てを知った上で百万エルという値段をつけたのだよ。


 この価格設定が、また絶妙でな。

 単にネックレスだけの価格だとしたら高すぎだが、天使の器オーブもセットだと考えると、安い買い物となる。

 しかも、ロイエンタールが考えてたよりも高値で買い取ったから、彼の実家の借金の負担を少しでも減らすことができるわけだわ。

 こりゃもう、なんというか、素晴らしい対応だぞ。

 本当にたいした娘だ。



◇◇◇



 さんざんしゃべりちらかしたあと、フォア氏は満足したのか「それじゃ!」とあいさつを残して立ち去って行った。

 フォア氏が帰った後、エリスは彼が言ったことを咀嚼しながら、バレンシアに語りかけた。


「ティーナは本当はどんなつもりだったのかなぁ。フォアさんの言うとおりだったのかな?」

「うーん、どうだろうね。あたしはさすがにティーナのことを買いかぶりすぎだと思うけどねぇ。案外あいつ、何も知らずに『良いものを安く買えた!』ってだけ思ってるかもしれないしね」


 バレンシアが、ケラケラと笑いながらそう言う。


「まぁでもさ、理由はどうであれ、一つの家庭がティーナの払ったお金でなんとかなるんだったら、それはそれで結果としてよかったんじゃない」

「そう…だよね。へんな恨みも買わなくて済んだみたいだしね」


 エリスは正直釈然としないものがあったものの、そうやって納得することにした。

 正直、今の魔法屋アンティークにとって、百万エルは決して安い買い物ではない。

 財源は、おそらくはエリスの養父から受け取った、なけなしの現金のはずだ。

 だが、天使の器(オーブ)と上等な魔道具が、セットで百万エルで買えたのであれば、確かに買い物としては上々だろう。

 だからこその「良い買い物ができた」発言だったのではないか。

 エリスはそう思うことで、今回の出来事を受け入れることにしたのだった。


 後日、エリスはティーナの腰に例の短剣が差されていることに気付いた。たとえいわくつきのものであったとしても、ティーナはそういったことを気にしないタイプのようであった。

 たぶんこれが呪われたアイテムだったとしても、彼女は気にも留めずに使っているのだろう。

 エリスは、そんな精神力のティーナに感心するとともに、もう少し気にしたほうが良いんじゃないかなぁと余計な心配を抱え込むことになったのだった。


 なにはともあれ以後『フリッセの蛇短剣』は、エリスに渡した『ラピュラスの魔鍵』の代わりとなるティーナの予備の天使の器(オーブ)として管理されることとなる。

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