(番外編)開かずの金庫
「それで、これが開かずの金庫なのかい?」
ティーナの問いかけに、イスパーン商会の会長であるフォア氏と横に居た男性が一緒に頷く。
エリスたち四人の目の前には、大きな金属製の箱が不気味に鎮座していた。
ここは、豪華に飾られた部屋だった。その一番奥に、それはあった。
それは巨大な金庫だった。金庫の扉にはガッチリと鍵がかかっているようで、どこをどうしても開く気配はない。
そもそも、そんな簡単なことで開く位であれば、エリスたちにお声がかかることはなかっただろう。
金庫の扉には複雑な魔法陣が描かれており、中心には大きな赤い透明な石がはめられていた。
そして、扉の下部にはこのような文字が彫り込まれていた。
【私は我が子らにこの金庫を遺す。我が子らよ、中の財宝を欲するのであれば、この金庫に魔力を注入せよ。さすれば汝らが困窮したときに扉は開かれるであろう。ペトリュリス=トップマイヤー】
「この中に、先々代であるペトリュリス氏の蓄えた財宝が残っているのですね?」
「はい、エリスさん。この金庫には、扉に彫られているとおり父の代から魔力を注ぎ続けているのですが、まったく開く気配がないのです」
エリスの問いかけに、この男性ガンズ=トップマイヤー氏がそう返事してきた。
開かずの金庫。
エリスとティーナがこの金庫と対面することとなったのは、ちょっとした偶然からだった。
◇◇◇
「ほほぅ、君たちは魔力補充で食事代を稼いでいるのかね?」
「あぁ、そうだよ。現物支給ってやつさ」
目の前のステーキに食いつきながら問いかけるフォア氏に、ティーナはぶっきらぼうに返事を返した。
それにしてもこの人は、よくまぁこんなまっ昼間から、ステーキみたいな重たい昼食を食べれるものだ。しかもフォア氏は、既に六十歳を超える年齢のはず。ずいぶんと頑丈な胃袋を持っているようだ。エリスは感心しながら肉を喰らうフォア氏の様子を眺めていた。
季節は晩春、場所はいつもの<愚者の夢>亭。
エリスとティーナは、フォア氏と昼食を取っていた。
この日、フォア氏がふらっと魔法屋に遊びに来た。目的は判らないものの、フォア氏はたまにこうやって遊びに来る。
エリスはフォア氏がティーナを見に、というより目の保養に来ているのではないかと推測していた。実際、暑くなってきて薄手の服装が増えたティーナは、本当に綺麗で目が離せない存在感を示していた。
いい年なのに本当に元気な御仁だこと。エリスはのんきに感心していたものだ。
この日も来店がちょうどお昼時だったことから、一緒に昼食をとることになった。
ちなみにこの日、バレンシアは不在だった。なんでも弟と妹を連れて、近隣の親戚の家に泊りがけで遊びに行っていたのだ。
「なかなか珍しいビジネスモデルだな。今度参考にさせてもらうとしよう」
「……はいはい、どうぞ好きにすれば」
適当にあしらうティーナは、本当に暑いのが苦手なようだ。今日のように初夏のような陽気の日には、食欲も減退して水ばっかり飲んでいる。
「これだけの料理屋の魔力を一人で受け持っているんだ。もしかして魔力は多いほうなのかな?」
「うーん。まぁ、どうだろうねぇ」
それまでぱくぱく肉を食べていたフォア氏が、ふと動きを止めた。
しばらく何かを考える仕草をしたところで、おもむろに口を開く。
「ふむ……だったら、実は少し面白い相談があるのだがね」
「へぇー、それはお金になる話?」
「うむ、悪くはないと思うぞ。とりあえず聞いてみるかね?」
ティーナが確認を求めるかのように私のほうを見てきた。実はエリス、なんのかんので今では魔法屋の会計担当係となっていたのだ。
そして、アンティークの懐事情からして……なんらかの仕事をこなすことはかなりの急務となっていた。
「……ほ、報酬次第ですかね?」
エリスはめいっぱい虚勢を張って答える。そんな彼女の無理した態度を見て、ぷぷぷっとティーナが吹き出した。
顔を真っ赤にしながらティーナを睨みつけるエリスをスルーして、フォア氏が「面白い相談」の内容について話してくれた。
それは、ある一家に伝わる「金庫」の話だった。
フォア氏の知り合いに、「トップマイヤー家」という商人の一家が居た。
トップマイヤー家は、主に米や塩の取引で財を成した商家だ。先々代であるペトリュリス=トップマイヤーに非常に商才があって、彼の商店は一気に大きくなった。
「そんなトップマイヤー家にだな、不思議な金庫があるのだよ」
「ほぅ、金庫ねぇ」
金庫という言葉に、これまで死んだ魚のような目をしていたティーナの瞳に、光が少しだけ戻った。
「その金庫は、先々代のペトリュリス氏が残したものでな。なんでも彼がため込んだ金銀財宝がそのなかに収められているらしい」
「金銀財宝……」
思わずエリスがそんなことを口にしてしまい、二人の視線を感じてはっとして自分の口を押える。
どうやらいつのまにかエリスも守銭奴への道を歩み始めていたらしい。貧乏とはげに恐ろしきかな。
「なんでも、ペトリュリス氏が『後世において、自分の子孫がお金に困ったときのために』残した資産だそうでな。トップマイヤー家の一番奥の間に大事に保管されておるのだ」
「で、その金庫が不思議な理由は?」
フォア氏はその問いにすぐには答えず、少しだけ間を開けると、もったいぶるようにエリスたちの顔を見回した。
「開かないのだよ」
「開かない? どうして?」
「その金庫は一種の『魔道具』でな。強力な魔法陣で開かないようにロックしてあるのだよ。もちろん、無理に開けようとしたら自爆する魔法陣が組み込まれている」
金庫は、それなりの需要がある魔道具だった。
魔道具としての金庫は、一般的には「解除キー」と言われる暗号を唱えることで解錠される。そのため普通の鍵でロックするよりも安全であり、無理に開けようとしたときの対策も取れるからだ。たとえば、無理に開けようとすればアラームを鳴らす、など。
そのため、大事なものを隠したがる金持ちや貴族には、特に重宝される魔道具であった。
「でも、だったら解除キーを唱えれば開くんじゃないか?」
「それがな、解除キーは無いのだよ。代わりに解除方法が提示されている」
「……その方法は?」
「『魔力を大量に注入する』ことなのだそうだ」
なるほど、それでティーナの魔力量の話につながるわけか。ここでようやくエリスにも今回の話の筋が見えてきた。
つまりフォア氏は、ティーナの大きな魔力に注目したのだ。もしかしたら彼女の魔力であれば、金庫を開くことができるのではないか、と。
「トップマイヤー家の先代はわしの古くからの友人でな。先日亡くなってしまったんだが、遺言としてこの金庫のことを相談されたのだよ」
先代もいろいろと手を尽くし、様々な魔法使いに依頼して魔力を注入してもらったそうだ。
しかし、いくら魔力を注入してもいっこうに金庫が開く気配はない。
そして、この金庫を開けるという「夢」は、彼の息子であるガンズ=トップマイヤー氏と、古い友人であるフォア氏に託されたのだ。
「それで、報酬は?」
「ガンズ氏とは、わしが連れてきた者が成功したら、金庫内の資産のうちの0.5%、成功者に同じく0.5%ということで話がついている。これは破格の条件だと考えていい」
0.5%これがどういうことを意味しているのか。
仮に中身が十億エル分の価値のある財宝があったとしたら、配当が0.5%で五百万エルだ。
たしかに、破格の条件と言えた。
「その配分はおかしい。あなたとの取り分は二対八だろう? もちろんボクたちが八だ」
「んなっ、なんという強欲な! せめて四対六だろう!」
「いーや、三対七が妥協点だね」
そんな感じであれよあれよという間にティーナとフォア氏の間で話が進められ、最終的にはフォア氏が0.4%、ティーナたちが0.6%で落ち着いた。
まだまだ会計係エリスの出番は少ないようである。
◇◇◇
一通りガンズ氏と会話を終え、エリスとティーナはいよいよトップマイヤー家の「開かずの金庫」の前に立った。
「とりあえず魔法陣の調査からしてみるよ」
そう言うとティーナは、ふところから小さなルーペを取り出して、金庫に描かれた魔法陣をひとつひとつ丁寧に調べ始めた。
作業に入ってしまうと素人のエリスに出番は無い。暇を持て余したエリスは、とりあえずガンズ氏に話を聞いてみることにした。
「えーっと、この金庫にはどれくらい魔力を注入したのですか?」
「そうですねぇ。父の代から数えると、およそ百人近くでしょうか」
「ひゃ、百人!!」
魔法使い百人と言えば、かなりの人数だ。
それだけの数の魔法使いたちが、全力で魔力を注入したのだ。いくらティーナが桁違いの魔力持ちとはいえ、さすがに百人分には満たないだろう。
それだけの量の膨大な魔力が、目の前の金庫には吸い込まれていた。
「それだけの魔力を注入しても、この金庫は開かないのですか?」
「ええ、うんともすんとも言いません。それで、仕方ないので表面に描かれている魔法陣を解析してもらったのですが……その結果、判明したことが三点あります」
ガンズ氏が語るには、一点目は、中心にある赤い石が魔力を吸収しているということ。
二点目は、扉に描かれている魔法陣のうちのいくつかが、強引に開けようとした場合に自爆する類の装置だったこと。
そして三点目は、おそらく扉に描かれている魔法陣の多くはダミーであり、実際の仕掛けとなっている魔法陣は内部に描かれているため、扉を開けるための他の方法を調べることができないということ。
どうやら一言で言うと、完全にお手上げ状態のようだ。
そのとき、ちょうど魔法陣を調べ終えたティーナが立ち上がって同意を示した。
「どうやらその通りみたいだね。この表面の魔法陣は全部起爆装置とダミーだ。ここを解析しても無意味だね」
ティーナはルーペを懐にしまうと、扉の中心にある赤い石に手を当てた。ティーナの身体から発された魔力が、赤い石へと注がれてゆく。金庫はぼんやりと光ったあと、すぐ元に戻った。
「たしかに魔力を吸い取っているみたいだね。なんだろうこれは、さっぱりわからない」
どうやらティーナもお手上げのようだ。
そうなると、もはや打つ手はない。とりあえず魔法陣の模様を写し取ると、この日はアンティークへと帰ることになった。
◇◇◇
「くそー、なかなか手ごわいなぁ」
ティーナが写し取った魔法陣と所有する魔法書の内容を見比べながら、頭をかきむしった。
彼女は先ほどから、数多くの書物と格闘していた。
今回の「開かずの金庫」を解決するために与えられた期間は、今日を含めて三日間。その間に開けることができなければ、この依頼は失敗となる。
「ティーナ、あんまり根を詰めすぎないでね。はい紅茶」
「あぁ、ありがと」
ティーナはエリスから紅茶を受け取ると、魔法書を放り投げて嬉しそうに飲みはじめた。
「それにしても、色々とおかしな金庫だよ」
「へぇー、どういうところがおかしいの?」
「普通、この手の金庫は『省エネ』型で、あまり魔力を消費しないんだ」
ティーナの説明によると、魔道具としての金庫は通常「ロック機能」と「アラーム機能」しかついておらず、魔道具の中ではあまり魔力を消費しないタイプに属する。
そのため、一度魔力を注入すれば軽く一〜二年、下手すると十年やそこら持つものすらある。
だが今回の金庫に至っては、これまでにおよそ百人分の魔力を吸い込んでいる。それほど膨大な量の魔力を、一体何に使っているのか。それがティーナの抱いた疑問点だった。
「へぇー。それじゃあ中に大きく魔力を使うような機能が備わってるのかな?」
「わざわざ扉に【魔力を注入しないと開かない】って明記してあるから、そう考えるのが妥当だろうね。ただ……」
ティーナには、それほどの魔力を使う魔道装置に思い当たるものが無いのだと言う。
実際、普通の家庭であれば魔法使い一人分の魔力で軽く数ヵ月は持つ。それを百人分も必要とする魔力となると、エリスには想像も出来なかった。
「暴発したら街一つを軽く滅ぼすくらいの量の魔力を注入してるんだ。なのに、あの金庫からは魔力の気配すら感じられない。一体どんな仕掛けで隠匿されているんだか……」
一方エリスは、ぶつぶつ言いながら思考の迷路に迷い込んでいるティーナを横目に、全く違う疑問を抱いていた。
深く考えたわけではなかったが、思わず疑問が口からこぼれ出てしまう。
「ねぇティーナ。不思議じゃない?」
「ん?なにが?」
「だってこの金庫、自分の子どもたちのために残されたんでしょ? それなのに、これだけ魔力を注入し続けても開かないなんて意味がないなーって」
エリスの言葉に、ティーナの紅茶を飲む手がピタリと止まった。
「……意味が、ない?」
「えっ?あ、えーっと、だから、こんな状況が続いてたら、いつまたってもお孫さんたちは中の財産を手に入れることが出来ないなぁって思って」
エリスの言葉に、ティーナはパンッと音を立てて膝を打ち付けた。驚くエリスを前に、手に持つティーカップをゆっくりとテーブルに戻す。
「……そうか、そうだったのか」
「えっ?ティーナは何かわかったの?」
だがティーナは返事を返さず、頭をぼりぼり掻きむしると、そのままぱたんと後ろに倒れ込んでしまった。
「……ティーナ?」
「エリス、ボクは勘違いしていた。すべては『逆』だったんだよ」
「えっ? 逆?」
「あぁ、発想の転換さ。そもそもの前提が間違っていたんだ」
ティーナは一気に身を起こすと、エリスの両肩をつかんだ。
「ありがとう、エリス。どうやら謎は解けたみたいだよ」
◇◇◇
翌日。ティーナとエリスはトップマイヤー家についていろいろと情報を集めた。その結果、以下のようなことが分かった。
まず、先々代のペトリュリス氏は非凡な商才を持ち、非常に頭の回る人物であったとのこと。
一方で、亡くなった先代はあまり商才に恵まれておらず、商売人には不向きなくらい正直者な気質があったため、かなりの財産を失ってしまったこと。
そして、現在の当主であるガンズ氏も父の血を引いて正直者であり、残念ながらそれほど商売人向きではないこと。
それらの情報を踏まえ、エリスたちは約束の最終日である三日目に、再びトップマイヤー家を訪れた。
◇◇◇
「はい、一丁上がりっ」
「すごい……」
エリスは開いた口がふさがらなかった。ティーナのことを頭が切れる人だとは思っていたが、今回はそれを改めて認識させられていた。
エリスの目の前には、扉の空いた金庫があった。正直、目の前で何が起こったのかわからなかった。ティーナがなにかをすると、あっさり金庫の扉が開いたのだ。
これまで百人もの魔法使いが挑戦して、そのすべてを打ち破ってきた金庫が、あっさりと開けられた瞬間だった。正直、開けるまでにかかった時間は十分とかかっていないだろう。
それだけのことをやったにもかかわらず、ティーナはたいして嬉しそうなそぶりも見せず、金庫を眺めながらパチンとひとつ指を鳴らした。
「ティーナ、どうやって扉を開けたの? 私にはさっぱりわからなかったんだけど……」
「あはは、でも今回の解決の立役者はエリスだよ。さて、じゃあこの金庫の仕組みを説明しようかね」
ティーナは金庫の横に立つと、ぽんぽんっと叩いた。
「この金庫はね、『なにもしなければ、自然と開く』んだ」
「……えっ?」
エリスは、ティーナが言った言葉の意味がとっさに理解できなかった。そんな彼女を見かねて、ティーナが詳しく説明してくれた。
「この金庫の扉に描かれてるメッセージがあるだろう? そもそもはこいつがミスリードを誘ってたんだ」
ティーナが指差す先には、先々代ペトリュリス氏が残した言葉が描かれていた。
【我が子孫にこの金庫を遺す。この金庫の中の財宝を欲するのであれば、魔力を注入せよ。さすれば扉は開かれん】
「これが……ミスリード?」
「そう。こう書かれたら、つい魔力を注入したくなるだろう? だけど、実際は逆なんだ。魔力を注入したら、ロックがかかる仕組みだったんだよ」
「ええーっ!?」
エリスは驚きのあまり思わず大声を上げてしまった。
つまりこの金庫は、魔力が尽きたら勝手に開くものだったのだ。
「それは……いくらなんでもサギだと思う」
「あはは。そんなわけだから、仕組みさえわかってしまえばあとは簡単さ。ご存じ『反魔力』の魔法で、残存していた魔力を消し去るだけで、ハイこのとおり」
「そんなぁ……」
種を明かしてみれば、なんとも単純なひっかけ問題だった。よもや魔力を注入しろというのがダミーだとは、誰も思わないだろう。
「でもさ、そうしたらこれまで蓄えられた百人分の魔力は?」
「それはね、既に『消失している』んじゃないかな」
「えっ?」
「あとで確認すればわかるけど、この金庫が最低限必要な魔力ーーたぶん数年間はロックがかかる程度の魔力を残して、あとは全部消滅してると思う。中に仕込まれている『反魔力』の魔法陣によって、ね」
なんというひどいトラップだろうか。これまで全力を以て注がれた百人分の魔力は、とっくの昔に消え去っていたのだ。
だが、言われてみれば至極当然だと思えた。なにせこんな金庫に、イスパーンの街のすべてをまかなえるほどの魔力が蓄えられているとは、とても思えなかったから。
「で、でも……先々代の方はどうしてそんなことを?」
「はははっ。それについては、エリスが言ったことが答えだよ」
「私が言ったこと?」
「そう。キミは言っただろう?『この金庫は子どもたちのために残されたのに、開けられないのはおかしい』って。それこそが謎を解くカギだったんだ」
そう言われても、エリスにはさっぱりわからなかった。困り果てた気配を感じ取ったのか、ティーナが説明を続けてくれた。
「これまでこの金庫にチャレンジしてきた人たちは、みんな扉に刻まれたメッセージに騙されていた。いや違うな。先々代であるペトリュリス氏は、最初から騙すつもりでメッセージを残していたんだよ」
「……彼は、自分の子孫を騙してどうするつもりだったの?」
「いいかい。この金庫は『魔力』を注入している限り開くことは無い。逆に言えば、魔力を注入できなくなれば開くんだ。そして、魔力を注入し続けるには、それなりのお金がかかる。お金がなくなったとき、どうなると思う?」
「魔力を注入する余力がなくなる……あっ!!」
「そう。つまりペトリュリス氏は、自分の子どもたちが金庫に魔力を注入することもできないほどに貧困にあえいでいるときに、この金庫が開くような仕組みにしたんだよ」
そんなことがあるのだろうか。
エリスは絶句してしまった。
「でも……お子さんたちが途中で魔力の注入をしなくなったりしたら、どうするつもりだったのかな?」
「それについてはキミも情報収集して知っているだろう? ペトリュリス氏の息子も、孫であるガンズ氏も、商売には向いていないくらい正直者だったんだ」
自分の子供が商売に向いてないことを、ペトリュリス氏は認識していた。ゆえに、普通に資産を残していては、使い切ってしまうのではないかと危惧していた。
だから彼は、正直者であることを逆手にとってこのような仕掛けを残したのだ。
自分の子孫のために財宝を残すために。
自分の愛する息子や孫が、この金庫に魔力を注入することができないくらい貧しくなったときに、扉が開くように。
感心するエリスの反応に満足したのか、ティーナは微笑みながら金庫の扉を開けた。
金庫の中には、事前の予想通りかなりの量の金銀財宝が収められていた。
「すごい財宝……」
エリスのつぶやきに頷きながら、ティーナは金庫の中に頭を突っ込んだ。中には複雑な文様の魔法陣が描かれていた。
「あった、やっぱり予想通り『反魔力』の魔法陣が組み込まれている」
「そっかぁ、ティーナの予想通りだね」
そのとき、ティーナが「あっ!」と、大声を上げた。
ティーナが見つめていたのは、金庫の奥の壁。そこには様々な魔法陣と共に、なにかが描かれていた。
「どうしたの?」
だがティーナは、エリスの質問には答えず、金庫の中に置かれていた手紙らしきものをエリスにポイっと投げてよこした。
「『我が子孫へ』……。これは、ペトリュリスさんが書いた手紙?」
「そうみたいだね。たぶんペトリュリス氏から子供たちに向けた熱いメッセージが書かれてるんだろう」
もちろんエリスはその手紙の中身を読まなかった。そもそもこの手紙はエリスたちに宛てられたものではないし、読む資格もない。そう思ったからだ。
だからそのままティーナに返したものの、ティーナは黙って受け取ると、そのまま元の場所に戻した。
「さて。謎も解けたことだし、帰るか」
「あれ? 財宝のことは言わないの?」
「あぁ、こいつはいつか来るその日のために、取っておくのが良いんじゃないかな? だから、ボクからこの謎を言うつもりはない。エリスはそれで良いかな?」
ティーナの考えに、エリスも同意して頷いた。それが一番良いと思ったからだ。
なにより、誰かのために残したものをいただくのは、ちょっと気が引ける。
財宝に未練がないわけではないが、エリスはそこまでしてお金が欲しいとは思っていなかった。
「……そうね、私もそれがいいと思うよ」
「それに、ちょっとした置き土産ももらったしね」
「ん?なぁに、置き土産って」
「……これ、見てみて」
ティーナが指さしたのは、金庫の一番奥の壁に描かれた、署名のようなサインだった。
それは、先ほどティーナが見入っていたものだった。
「これは……もしかして、この金庫を作った魔法使いの署名? なんて書いてあるの? デイ……? うーん、読みにくい」
「くっくっく……あっはっは! どうりでこんな性格の悪い魔道具なわけだよ。なにせ、造った本人がゆがんでるんだからね」
首をひねるエリスに対して、ティーナが心の底から愉快そうに笑いながら話してくれた。
「この署名はね、ある有名な魔法使いのものだよ。ほうきの魔女……『デイズ=カリスマティック』のね」
エリスはびっくりして、まじまじとティーナの顔を見つめてしまった。なんとこの金庫を造ったのは、ティーナの祖母デイズだったのだ。
「冷静に考えてみれば当然だったよ。反魔力なんてマニアックな魔法陣を組み込めるのは、このへんじゃおばあちゃんくらいしか居なかったからね」
ものすごく忌々しそうに言いながらも、ティーナはとても嬉しそうだった。