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私、魔法屋でアルバイトはじめましたっ!  作者: 椋鳥 虹
~ おまけ ~
4/14

(番外編)シリウスとバレンシア 前編

 おいっちに、さんしっ!!

 鋭い掛け声。ほとばしる汗。

 春真っ只中のある日、魔法屋〈アンティーク〉の前で四人の男女がなにかを踊っていた。

 一人はバレンシア。彼女の掛け声で四人が踊るのは、ベリーのソードダンス。いつものように錆びた剣を使って華麗に踊っている。

 一人はエリス。ハタキを手に、必死でバレンシアの動きについて行こうとしている。

 一人はティーナ。まったくやる気のなさそうな様子で、必要最低限に身体を動かしている。

 そして最後の一人は、真剣な表情で踊りというより剣撃と呼ぶべき鋭さで剣をふるう青年。

 彼の名は、シリウス=シャンボリー。彼を知るものは、彼のことを「剣聖」と呼んだ。


 剣聖とまで呼ばれるほどの剣の技術を持つ彼が、なぜこのような場でベリーのソードダンスを踊っているのか。

 今の状況を語るためには、前日の朝まで時をさかのぼることとなる。



◇◇◇



 ちゅん。ちゅん。ぴーぴぴぴ。

 小鳥の鳴き声が、まどろみの中でボンヤリとしていたシリウスの頭の中に響き渡った。

 シリウスは瞬時に朝が来たことを理解し、一気に覚醒する。

 そこは、彼がいつも滞在している騎士学校の寮だった。


「……もう朝か、よく寝たなぁ」


目覚めは穏いつもより晴れやかで、気分が乗っていた。

 なぜだろう。その理由について、シリウスは自問自答してみた。

 今日の午後から、久しぶりの休暇だからであろうか。彼は今日、下町に戻って大切に想う女性に会いに行く予定だったのだ。

 あるいは、あの夢(・・・)を見たからか。夢の残滓は、いまもシリウスの心の片隅に残っている。それは、甘酸っぱくも切ないものだった。


「今日も良い日になりそうだな」


 シリウスはベッドから起き上がると、日課である剣の素振りをして顔と体を拭くために、寮の裏庭にある井戸の方へと向かって行った。


 シリウスが学ぶ「騎士学校」は、その名の通り騎士を養成する完全寮制の学校だ。

 ここには剣の才能があると認められた貴族の子弟と、特待生である極めて厳選された才能を持つ平民の合計数十人が、同じ釜の飯を食いながら厳しい鍛錬を繰り返していた。


 この学校で三年間を落第するなとなく過ごし、卒業試験に合格すると、晴れて騎士団への入隊を認められる。

 しかし、騎士団入団は大変に狭き門で、年に数人しか合格しない。

 合格できなかったものは衛兵への転職を勧められるが、その場合は「キャリア」と呼ばれ将来の出世を約束された存在となる。

むしろ過酷な騎士よりも衛兵のキャリアになることを狙っている者も多数いるくらいである。実際、数としてはキャリアになる方が圧倒的に多かった。

その他にも、貴族の子弟などの場合には、国王の直属である「近衛兵」になるものもいた。

 選び抜かれたエリートたちの中から、騎士という存在を養成する過酷な学校。それが騎士学校だった。


 シリウスは、エリートである彼らの中でもズバ抜けた存在だった。

 入学当初からメキメキと頭角を現し、二年生となった今では、生徒たちは元より現役の騎士たちでさえまともに剣を合わせることすらできないほどに上達してしまった。

 そのことから彼は、既に「剣聖」という二つ名をもらっていた。だが当の本人は、その呼称に自惚れる様子もなく、他の生徒と同じ……いやその二倍も三倍も努力を重ねていた。

 ゆえにシリウスは、平民出身にもかかわらず、先生や生徒、そして先輩騎士の多くから厚い信頼を得ていたのだった。


「よぉシリウス! 今日も精が出るな! 筋肉は踊ってるか?」

「はい。パウル先輩ほどではありませんが、そこそこ踊ってます」


 朝の日課である剣の素振りのノルマを終えたシリウスが井戸水で絞ったタオルで顔や体を拭いていると、三回生の筆頭学生パウル=レアル=シャダイが声をかけてきた。

 体格の良い、というより屈強で厳つい彼は上流貴族の次男で、その血筋ゆえに近衛兵になることがほぼ既定路線となっていた。

 シリウスと同じくトレーニング大好き人間で、特に筋肉をこよなく愛するパウル。その力技……というより筋肉にものを言わせた剣技は最上級生でもトップクラスの実力を誇り、その豪快な人となりと人望から三回生の筆頭学生となっていた。


「うむ、シリウス。お前の筋肉はしなやかで柔軟性が高い。きっと良い騎士になるだろうよ」

「はい、ありがとうございます」


 一説には男色の毛があると噂されているパウルが、筋肉を撫でるような怪しいタッチを繰り出してきた。

シリウスが巧みに彼の攻撃セクハラをかいくぐっていると、パウルはようやく諦めたのか、舌打ちをしながら違う話題を振ってきた。


「おお、そういえば今日の午後から明日にかけて久しぶりの休暇だな。シリウス、お前はどうするんだ?」

「俺は下町に帰る予定です。ちょっと気になることがあるので」

「あぁ、もしかして例の『プラチナム家の悪魔』事件のフォローか?あれは大変だったな……お前の身内が被害にあったんだろう?」


 パウルが言う『プラチナム家の悪魔』事件とは、中流貴族プラチナム家の子息であるマイネールが、『悪魔』となって一般人に襲いかかった事件だ。

 この事件の被害者たちがシリウスのよく知る人物であり、かつそのうちの一人は誰よりも大切な……かけがえのない存在ひとだった。


「……はい。あれ以来会っていないので、気になっていまして」


 騎士学校の休みは、二回生だと一ヶ月に一度だ。

 つまりあの事件からもう一ヶ月以上バレンシアの様子を見に行ってないことになる。

 手紙のやり取りはあったし、無事なことは分かってはいたが、やはり顔を見ないと安心できないところがある。


「そうか、じゃあしっかり心の支えになってやるんだぞ! でもまぁその前に、今日の模擬戦だな! 油断して一本取られるんじゃないぞ!」


 バチッと背中を叩かれ、少し顔を歪めながらも頷くシリウスであった。



◇◇◇



「「きゃー! シリウスさまー!」」


 シリウスが相手の剣を地面に絡め落とし、そのまま喉元に剣先を突きつけた瞬間、周りから黄色い声援が上がった。


 この日の午後は、騎士学校の模擬戦が一般公開される中で行われていた。

 休暇の直前にはこうして模擬戦が公開されることが多い。そして模擬戦には、多くの一般客……特に貴族の娘たちが見学に訪れていた。

 彼女らの目的は、男臭い騎士たちの肉体美を見に来たわけではなく、将来の婿候補探し……分かりやすく言うと「イケメン探し」だった。

 その中でもシリウスは、貴公子然とした体格に栗色の髪、甘いルックス、なにより圧倒的な剣術の腕で、貴族令嬢の「お婿様にしたい騎士学校の生徒ランキング」で圧倒的一番人気を誇っていた。


「ったく、もはや相手にならんくらい差が開いちまったな」


 寮の同室であり、シリウスと同じく平民出身のティンバー=カウントリが、落とされた剣を拾いながら苦笑した。


「それにしてもこの人気、相変わらず凄いな。てか、またファンが増えてないか?」

「それは言わないでくれよティンバー。さすがに辟易へきえきしててさ」


 試合後の握手を交わしながらそんな会話し、二人揃って闘技場から出て行こうとする。

 すると、それまで黄色い声援を送っていた貴族令嬢たちが、我先にとタオルや花、お菓子などを持って二人の元に一気に殺到してきた。


「シリウスさま、今日も素晴らしい剣技でした!」

「シリウスさま、タオルどうぞ!」

「シリウスさま、それよりもお飲み物を! これは巷で有名な『清涼水アクアウォーター』なんですの!」

「シリウスさまにそんな怪しげな飲み物など! 惚れ薬でも混ぜてませんか?」

「んまぁ! なんてことを!」

「あんな奴らはほっといて、シリウスさま、このあとお食事は」

「こらそこ! 抜け駆けしないでくださいますっ!!」


 といった感じで、息つく暇なく話しかけてくる数々の令嬢たち。

 彼女たちに対してシリウスは、時には優しく、時には軽やかに受け答え躱しながら、一人一人にソツなく丁寧に対応していった。


「……おいおい。大変だとか言いながら、うまくあしらってるじゃないか」


 やっとこさ女性陣の波を捌ききったあと、一息ついているシリウスにティンバーがニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。


「よく言うよ、ティンバー。君のところにも何人か来てたじゃないか」

「まぁね、でもお前さんほどじゃないさ」


 しかし、シリウスは知っていた。

 このティンバーはかなりの女好きで、さすがに貴族の令嬢には手を出していなかったが、下町に帰った時にはかなり遊んでいるのだということを。

 色街で『暴れん棒ティンバー』などという、絶対にもらいたくもない二つ名で噂されていることなど、当の本人はどう思っているのだろうか。


「ところでティンバー。ちょっと教えてほしいんだが、君なら女性にどんな贈り物をする?」

「ほほぅ、お前さんがそんなことを話すなんてな。ついに色気付いたか?」

「いや、ちょっとお見舞いも兼ねてね。さりげなく渡したいんだが」


 ティンバーはニヤけ顔に少しだけ真剣な表情を浮かべると、「それなら薔薇の花束じゃないか?」と言った。


「薔薇?薔薇か……」

「うむ、こいつで女はイチコロだ」


 ビシッと、ティンバーが人差し指を立てた。

 薔薇の花を贈る。シリウスには、それがなかなか良いアイデアのように思えた。なにより、燃えるように真っ赤な髪の彼女に赤い薔薇はぴったりだ。


「ありがとう、参考になったよ。さすがティンバー、頼りになる」

「なぁに、困った時はお互い様さ。それじゃ、健闘を祈るぜ!」


 ティンバーは意味深な指のジェスチャーをしたあと、笑いながら去って行った。



◇◇◇



 午後の模擬戦のあと、それぞれの学生たちが思い思いに、これから過ごす二日間の自由時間のための準備を進めていた。

 あるものは実家に帰るために。またあるものは両想いの女性と食事を取るために、手際良く手荷物をまとめている。

 だがシリウスは、他の学生を横目にさっさと準備を終えて一足先に寮を後にしていた。

 これほどまでにスピードが速いのは、彼が剣と簡単な着替えくらいしか荷物を持たず身支度を整えるのが早いというのもあるが、時間をかけすぎて出待ちする貴族令嬢に捕まらないようにするためでもあった。

 実際、シリウスを出待ちしていると思しきご令嬢たちが寮の門のところで待ち構えていたので、慌てて学園の裏手の壁を乗り越えて脱出したのだった。


 久しぶりに戻ってきたイスパーンの街の〈輝き地区〉は、小春日和の中いつも以上に活気を帯びているようであった。

 もうすぐ夕食どきなので、大通りには夕食のおかずを買う主婦たちや、お店側の呼び込みの掛け声などでごった返している。

 シリウスは華麗なフットワークで人混みを避けながら、迷うことなく大通りの中を突き進んでいった。目指すはもちろん、〈愚者の夢〉亭である。

 彼の手には、真っ赤な薔薇の花束が抱えられていた。少し遠慮気味に十本程度に抑えてはいたが。


「バレ姉、元気になったかな。また綺麗になってるかな」


 シリウスの脳裏には、薔薇の花束を受け取って恥ずかしげに微笑むバレンシアの笑顔が浮かんでいた。

 そんなたわいもない妄想に、シリウスは剣を振っているときとはまた異質な心の高揚を覚えたのだった。


「こんばんは! お久しぶりです、師匠!」

「ほう、シリウスか。元気そうだな」


 まだ開店準備中の〈愚者の夢〉亭に入ると、厨房からオーナーであるスラーフが顔を出した。


「ご無沙汰してます、お変わりないようで」

「あぁ、わしは元気だ。ちなみにバレンシアならティーナのとこに行っとるぞ」


 シリウスの手に握られた薔薇の花束をチラリと見て、スラーフがそう答える。


「あ、いえ、その……そうですか。そしたらちょっとアンティークに顔を出してきますね。師匠、また来ます!」


 シリウスは律儀に頭を下げて開店準備の邪魔をしたことを詫びると、すぐに花束を持って店の外へと出て行った。

 そんな彼の姿を不敵に笑いながら、スラーフはボソリと呟いた。


「まったく。剣の腕は上がっても、それ以外はまだまだだな」



◇◇◇



「いらっしゃいませ……って、シリウスじゃない! おかえり!」

「あ、バレ姉! ただいま……」


 魔法屋〈アンティーク〉に顔を出すと、出迎えてくれたのはなぜか店番をしていたバレンシアだった。

 だが彼は返事を返しながらも、久しぶりに会うバレンシアの姿に思わずハッとしてしまう。

 今日は少し暑かったからか、薄着のバレンシアはいつもよりスタイルの良さが際立って見えた。

 ショートカットの燃えるように赤い髪に、少し厚い唇の彼女は、何故かいつもより綺麗に見えた。


「店番なんかしててもう大丈夫なの?」

「ん? なにが?」

「いや、ほら、例の悪魔に傷付けられてから、後遺症とかないかなって。あ、これお見舞い」


 バレンシアが首を傾げる仕草にドギマギしながら、手に持った薔薇の花束を慌てて渡すシリウス。その途端、バレンシアの顔にぱっと華やかな笑顔が浮かんだ。


「まぁきれい! シリウスあんたいつの話してるのよ。もう一ヶ月も前だよ? でも、お花はありがと」


 嬉しそうに薔薇の花の香りを嗅ぐバレンシアの姿に、ティンバーの言うとおりにして良かったと、心の底から思うシリウスであった。


「ところで……なんでバレ姉が店番を?」


 バレンシアが一通り薔薇の花を愛でるのを待ったあと、シリウスは最初に店に入った時に思った疑問を口にした。

 すると彼女は、答えの代わりにこっそりと店舗の奥にある「作業部屋」へと案内した。


「そう、もっと集中して!」

「こ、こう?」

「甘い。魔力の注入が足りてないよ。あとツボをかき混ぜる手がおろそかになってる」

「むぅ、難しい……」


 そこではティーナがエリスに対して、大きなツボを前に何やら指導らしきことをしていた。

 どうやら、魔法薬ポーションの作り方を教えているようだ。


「……これは?」

「ティーナがエリスに魔法を教えてるのよ。エリスが最近魔法が使えるようになってね」


 バレンシアの言葉に、思わず「ほぅ」と声を漏らすシリウス。

 なぜなら、魔力とは基本的に生まれつき持つものであり、ある程度の年齢に達してから魔力に目覚めることが極めて稀であることを知っていたからだ。

 だが、彼が驚いたのも一瞬のこと。

バレンシアが耳打ちするために顔をぐっと近寄せてきたので、彼の意識はすぐにバレンシアのほうに向けられてしまった。

 彼女の顔がすぐ近くにある。その横顔を見ているだけで、シリウスの心臓はドキドキと高鳴った。


「……なんだシリウス、来てたのか」


 ふいにティーナが二人の方を振り返った。どうやらシリウスたちに見られていることに気が付いたようだ。

 さして興味もなさそうにボソッと呟くティーナに、シリウスは己の心を見透かされたようで、思わず語気を強めた。


「な、なんだよティーナ! その言い草は無いだろう!」

「あれ? シリウスさん、いらっしゃい。お久しぶりですね」

「あっ、エリスさんもお元気そうで。それに魔力に目覚められたそうですね、おめでとうございます」


 シリウスの言葉に、エリスたち三人は何故か顔を見合わせて困ったような表情を浮かべた。

 自分は何か不味いことを言っただろうか。

 一瞬不安がよぎるシリウスであったが、急にティーナがなにかを誤魔化すように「もうこんな時間だし、こんなところで立ち話もなんだから、〈愚者の夢〉亭にでも行こうか」と話題を変えてきたので、一同は従うことにした。


「ところでバレンシア、この薔薇の花束は?」

「あー、シリウスがあたしたち・・・・・のお見舞いに、だってさ」

「えっ!?」


 バレンシアの回答に、シリウスは思わず変な声を上げてしまった。

 二人に視線を向けられ、慌ててシリウスが言い直す。


「あ、いや、そうなんだ。よかったら飾ってくれないかな」


 きゃあきゃあ言いながら薔薇の花をカウンターの上に飾り始めるバレンシアとエリス。複雑な表情を浮かべてその様子を眺めるシリウスに、ティーナがボソッと耳打ちした。


「……意気地なし」

「ぐっ」


 何も言い返すことができず、シリウスはがっくりとうなだれたのだった。

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