(番外編) 王太子、現るっ!
「おーい、エリス!」
エリスがティーナに呼ばれたのは、最近日課となった魔法の基礎訓練を終えて、少し休憩していた時だった。
ちょうど紅茶を淹れる準備も整ったところだったので、彼女を呼び戻すついでにと、魔法屋の入り口に出る。
するとそこには、見慣れない二人の男性の姿があった。
二人とも、エリスやティーナと同年代だろうか。たぶんイケメンと呼んでいい部類の青年だった。
やがて、そのうちの一人が目をまんまるとさせたまま、自分に近寄ってきた。
彼は、自分を見て驚いているのだろうか?
しかし、自分は彼に見覚えはない。
よくわからないまま、エリスはとりあえず営業スマイルを浮かべていた。
そんな彼女に、若者が決死の表情を浮かべながら語りかけてきた。
「姉さん……」
「え?」
この青年は、いま何と言ったのか。
エリスはとっさに彼の発した言葉の意味を理解することができなかった。
彼はいま、とんでもないことを言わなかったか。
「初めまして、姉さん。私は…あなたの弟です」
えっ?
ねえさん……?
おとうと……?
……どういうこと??
ますます混乱するエリスに、この青年はたたみかけるように次の言葉を紡ぎ出してきた。
「私は姉さんに会いに来ました。よかったら、話をさせてもらえませんか」
姉さん?
姉さんって……
えええええええっ!?
満面の笑みを浮かべながら、自分の目の前に立つこの青年。
そんな彼を前にして、エリスは驚きのあまり思わず大声をあげてしまったのだった。
◇◇◇
季節は晩春。
場所はブリガディア王国、イスパーンの街にある繁華街<輝き地区>。
庶民が集うこの地区の中央を走る大通りを、浮いたような存在感を示す二人の若者が歩いていた。
一人は、背が高くてスマートな男性。
年のころはまだ若く、十五歳くらいだろうか。金髪のサラサラとした髪を風になびかせ、若干たれ気味の眼は睫が長く、佇まいは貴公子然としている。街行く女性たちが思わず振り返ってしまうほどの色男だった。
一方、彼の横を歩くのは少し背の低い人物。服装から、おそらくは男性だと推測された。
推測と言わざるを得ないのは、彼がフードを目深にかぶってその顔を隠していたからだ。未だ春の気配が抜けないとはいえ、その姿は逆に目立つことこの上ない。
かなり注意深く顔を隠しているようだが、かえってその様子が妖しさを醸し出しているようだった。
事実、すれ違う人たちはまず背の高い貴公子然とした青年に目を向け、続けてその横を歩く怪しげな人物に気づいてぎょっとする、といったことを繰り返していた。別の人など、彼を見て、ひそひそと小声で怪しんでいたくらいである。
「なぁブライ。本当に大丈夫なのか?」
フードを被った小柄な男性が、周りをきょろきょろしながら不安そうに背の高い男性、ブライに声をかける。
「そりゃーレッドがそんな……見るからに怪しい恰好をしてるからだろ? なんであなたは頭が良いのに、肝心なところが抜けてるんだろうな」
ブライに痛烈に現在の姿をダメ出しされ、レッドと呼ばれた若者は少しだけ悔しそうなそぶりを見せると、フードを半分だけずらした。
太陽の下に晒されたのは、少しつり上がった瞳でありながら柔和で優しげに見える顔だった。
加えて、日の光によって明るく照らし出される紅茶色の髪。
「ブライ、ブライアント。これで良いのか?」
「うむ、さすがはレドリック王太子。堂々としていらっしゃる」
「ちゃかすなよ、これで私は注目を浴びないのだな?」
「……俺は大丈夫だと思うけどねぇ」
実はこの二人の人物、見た目の通り只者ではなかった。
背の高い貴公子然とした人物の名は、ブリガディア王国でも屈指の名門タイムスクエア家の御曹司、ブライアント=ナルター=タイムスクエア。
そしてもう一人の背の低い人物。
彼の名は、レドリック=ブレイヴ=フォン=ブリガディス。
そう。彼こそがブリガディア王国の第一王子であるレドリック王太子その人であったのだ。
レドリック王太子と友人であるブライアントが、王都イスパーンの平民街である<輝き地区>にやってきたのには、実はとても深い理由があった。
その理由を知るには、少しだけ時をさかのぼる必要がある。
今から数時間前のこと。場所は、王宮にある王太子の控室。
この日は彼らが通うブリガディア王立基礎学習校……通称『基礎学校』がお休みであったため、いつもの学校の宿舎ではなく王宮の自室に居たレドリックは、他に誰も来ることのない自室に急遽ブライアントを呼び寄せた。
「どうしたんだいレッド、急に呼び出したりして。俺はハールブルグ家のお嬢さまとお茶を楽しむ予定だったんだけどなぁ」
気取った様子で語りかけるブライアントだが、それが本心ではなく茶化しているだけだということを、レドリックは知っていた。
ブライアントは女性には目がないところが玉にきずであったが、その他においては非常に信頼がおける男だった。
なにより、レドリックにとって彼は十四年間ずっと共に成長してきた竹馬の友。
ゆえに、レドリックはいつも悩み事があると彼を信頼して相談していた。
ブライアントのほうも、そんな彼の期待を知ってか知らずか、真摯に、時には茶化しながらも相談に乗り、聞いた話を決して他言することは無かった。
今日もレドリックは、彼に深刻な相談をするため、わざわざ部屋に呼び寄せたのだった。
「ブライ。頼みがある」
「……なんだいレッド、改まって」
「私と一緒に、下町の<輝き地区>に行ってほしいんだ」
「はぁ? なんでまたそんなところに。平民の女にでも興味を持ったのか?」
ブライアントのほうも、この比較的堅物でありながらも王族らしからぬ柔軟性を持つレドリックのことが結構好きだった。
そんな堅物王子を、なんとかして色々な「遊び」に巻き込むことが、密かな彼の目標となっているくらいである。
なので今日も、ちょっとだけレドリックを茶化しながら軽く話を振ってみたのだが。
「……違う。いや、ある意味正しいとも言える」
「ほぅ?」
その一言で、ブライアントは一気に興味を持った。
なにせ、ド真面目で朴念仁たるレドリックの口から、女性に関する話が出てきたのだから。
これで興味を持たないほうがおかしいであろう。
「で、どんな女なんだ?」
興味津々に聞いてくるブライアントに、レドリックはすぐには答えられなかった。
少し躊躇したあと、諦めたかのように口を開いた。
「……だ」
「ん?」
「……姉だ」
「は?」
「だから、姉だと言っている」
「……ハァ?おいおいレッド、なに言ってるんだよ」
ブライアントは呆れた口調でさらに言葉を続けた。
「レッドの姉だと?冗談もたいがいにしてくれよ。もしそれが事実だとしたらとんでもないことだぞ?だって……」
だが彼は、それ以上言葉をつづけることができなかった。
真剣なレドリックの瞳に、冗談ではないことを理解させられたからだ。
「おいおい、マジかよ。それって、とんでもない情報じゃないか? そんなこと俺に言ってもいいのかよ」
「他ならぬブライだから言った。信じてる」
「くっ……俺がその言葉に弱いってのを知ってるだろう? わかったよ、ちょっと詳しく事情を説明してみろよ」
軽い口調ながらも真剣な表情で向き合うブライアントに、レドリックは先ほど耳にした話を伝えた。
◇◇◇
その件を話していたのは、レドリックの叔父にあたる王弟クレイマン伯爵と、宰相であるランドウッド卿だった。
レドリックは盗み聞きなどするつもりはなかったのだが、たまたま他人を避けて--レドリックはそうやって隠れる癖がある--扉の閉まっていない部屋に隠れていたとき、突然この部屋に入ってきて話し始めた二人の会話を偶然聞いてしまったのだ。
「……なんと、インディジュナス卿がそんなことを」
「はい。先日国王陛下の元を訪れて、エリス様が家を出たことを伝えてきました」
「ということは、本人は王家の血を引いていることを知ってしまったのか?」
「どうやらそのようです。しかし、その事実を知ったうえで出奔したとのこと」
「うーむ……まぁ確かに事前の約束通りだな。ということは、インディジュナス卿はちゃんと娘にすべての事情を話しているのだろうな?」
「はい、間違いありません。インディジュナス卿に確認済です」
「そうか……であれば、跡目争いとかにはならないか。それで、陛下はなんと?」
「何も申しておりません。特にインディジュナス卿への処罰も」
「ふーむ、そうか。ならばこの件は不問ということだな」
「おそらくは、そういうことかと」
「よし、わかった。ではくれぐれもレドリック王子の耳には入らないようにな。よもや自分に姉がいることなど……」
「はい、わかっております」
◇◇◇
「それで、レッドはそのあとどうしたんだ?」
「すぐに宰相を捕まえて、問いただした」
「……おいおい」
事実、レドリックはそのあと宰相であるランドウッド卿をつかまえて、根掘り葉掘りすべてを聞きだしていた。
「ランドウッド卿の説明によると、私には庶子である同じ年の姉が居るらしい。インディジュナス卿に出自を隠して養子に出されていたそうなのだが、先日本人に血筋のことがばれたので、親子の縁を切ったらしい」
「うわぁ、そりゃすげえゴシップだな。とんでもない話だぞ?」
「彼女は今は出奔して、イスパーンの街で働いているらしい。だからブライ、私と一緒にイスパーンの〈輝き地区〉に行かないか?私は、自分の眼でしかと確かめたいんだ」
「……なるほど。そういうことか」
ブライアントは、ようやくレドリックの考えている意図を理解した。
彼はつまり、自分の姉に実際に会ってみたいと言っているのだ。
「でもさ、それ大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。宰相に聞いた話だと、本人は王家にはかかわらないことで同意しているらしい。特に問題にはならないだろう」
「いや、そうじゃなくてさ……なんちゅうか、いろいろまずそうじゃないか?」
「大丈夫だ」
レドリックは重ねて大丈夫と繰り返した。
強い光を秘めた瞳に見つめられ、ブライアントはもはやそれ以上言葉をつづけることができなくなった。
彼がこんな目をしたとき、ブライアントはいつも彼が支配者の子息であることを認識させられる。
それくらい力のある、王者の眼力だった。
「ったく、わかったよ。付き合えばいいんだろう?」
「ありがとう。恩に着る」
「まさか……相手に名乗ったりしないよな?」
「わかってる、それはしないよ」
「そうか、なら良いが。ったく、とんでもないことに巻き込みやがって。何かあっても知らないからな」
以上のような経緯があって、この国でも最も高貴なるものの血につながる二人は、わざわざ休日に庶民の集う<輝き地区>に足を延ばしていたのだった。
◇◇◇
レドリック王太子とブライアントの二人は、現在目的の場所に到着していた。二人が遠目に観察していたのは、まるでキノコのような外観の店舗……魔法屋〈アンティーク〉だ。
「ここが宰相に聞いた『姉』の居るお店だ」
「へぇー、ここでレッドの姉さん……エリスさんだっけ?その人が働いているわけね。それにしてもすごい悪趣味な建物だな。まるっきりキノコじゃないか」
「悪趣味は言い過ぎじゃないか?せめて独創的とでも……」
「それって言い方を変えただけで、ぜんぜんフォローしてなくないか?」
二人が魔法屋に散々な評価をしながら観察していると、やがてお店の中から一人の女性が出てきた。
おそらくは二人と同年代くらいであろうか。少しウェーブした黄金色の髪を風になびかせながら、彼女は身体を伸ばしてストレッチをしている。
そして、女性の顔を見た瞬間、二人は思わず身を乗り出してしまった。
「おいおい! あれがレッドのお姉さんか? とんでもない美人だな!」
ヒューと軽く口笛を鳴らすブライアントに、レドリックはすぐ返答することが出来なかった。王宮で美人には見慣れているはずのレドリックですら言葉を失ってしまうほどの、素晴らしい美貌を持った美少女だった。
「わ、わからない。ただ、あのお店のオーナーが歳若い女性だと聞いているから、もしかしたらそっちなのかもしれない」
「なるほど、特定できないってわけだな。仕方ない、俺が声をかけてみるよ」
ブライアントはいささかの迷いも見せずにそう言い放つと、すっと立ち上がった。
そのまま女性のほうに歩き出そうとする彼を、レドリックがあわてて止める。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ、確認してみなきゃわからないんだろう?」
「そ、そうだけど、まだ心の準備が……」
「ったく、肝心なところでは小心者なんだなぁ」
わざとらしくため息をつくブライアントにそう言われては、さすがのレドリックも黙って引き下がるわけにはいかない。
なにせ彼はいずれこの国の王となるもの。負けん気の強さは人一倍あった。
ついには覚悟を決めると、二人揃って魔法屋〈アンティーク〉の前に立つ美少女に向かって歩き始めた。
「あのー、すいません」
「ん?」
なんの躊躇なく女性に話しかけるブライアントに、レドリックは尊敬の気持ちを抱いた。
だが、彼の瞳には明らかにこの美少女と仲良くなりたいという裏の意図が透けて見え、すぐにその気持ちも霧散してしまう。
おいおい、こいつただ美少女に声をかけたかっただけかよ。
そんなレドリックの心の声が届くわけもなく、ブライアントは最高に気取った口調で女性に語りかけ続けていた。
「お美しいお嬢さん、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「……ティーナだけど、何の用?」
返事とともに投げかけられる凄まじく冷たい視線に、ブライアントの軽薄な笑みが一瞬で凍りついた。
どうやらブライアントお得意の「どんな女性もイチコロのイケメンスマイル」がまったく効いていないようだ。いや、むしろ逆効果だったかもしれない。
しかし、いまの会話で一つだけハッキリしたことがある。彼女は自分の姉では無いということだ。
もっとも、自分と似たところが皆無だったので薄々察してはいたのだが、レドリックはなぜかほっとしてしまう。
そのことに勇気づけられたのか、レドリックは凍りついたままのブライアントを押しのけて美少女に話しかけた。
「あのっ! 急に話しかけてすいません。私はレッドというものです。実は、こちらにエリスさんという御嬢さんがいらっしゃるとお聞きして、お伺いしたのですが……」
「……」
今度は美少女の冷たい視線がレドリックに向けられた。完璧な美貌から向けられる心を見通すかのような瞳に、レドリックの背筋に冷たいものが流れ落ちていく。
だが、レドリックの誠意ある態度を感じ取ったのか、美少女は一転して穏やかな表情に変化した。
「……なんだ、エリスのお客さんか。だったら最初からそう言ってくれれば良いのに」
実はこのとき、ティーナはレドリックの正体を的確に見抜いていた。彼の顔を一目見て「エリスに似ている」と気付き、即座に今の状況を理解していたのだ。そしてそれが、ティーナが急に態度を改めた理由であった。
そのことをのちに知ったレドリックは、ティーナに戦慄することになる。
「それではエリスさんは今いらっしゃいますか?美しいお嬢さん」
態度が変わったことに気を良くしたブライアントが、めげずに話しかける。美少女相手に簡単には折れない彼の精神力に、レドリックは別な意味で尊敬の気持ちを抱いた。
「ティーナでいいよ。エリスに用があるんだろう?ちょっと呼んでくるよ。おーい、エリスー?」
ブライアントに対しては極めてそっけなく対応ながら、ティーナは奥に居るであろうエリスに向かって声をかけた。
「はーい?」
呼びかけに答えるように、店の奥から声が聞こえてきた。鈴が鳴るような、やさしげな声だった。
レドリックは心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
生まれてこのかた、レドリックは孤独だった。
王太子と言う立場であったため、なかなか両親と親子らしいやりとりをすることができなかった。加えて兄弟も居なかったので、身内と呼べる存在に縁が薄かった。
乳母や教育係も、レドリックに対しては一線を引いて対応していた。そのことを、ずっとレドリックは寂しいと思っていた。
唯一、ブライアントだけは自分に対して平等な友達のように接してくれていた。だが、それでも彼は他人。どうしても家族とは違うと意識してしまう自分がいた。
レドリックは「普通の親兄弟」という関係に、強いあこがれを抱いていた。
そんなときに偶然耳にした「姉」の存在。
レドリックは自分の心が高鳴るのを感じていた。
もしかしたら自分の孤独が少しは癒されるかもしれない。そんな期待も持っていた。
だから、どうしても会いたかった。
会って……なんでも良いから話がしたかった。
もちろん、会合が期待外れに終わってしまう可能性もあった。なにより、姉の存在が国家にとって非常に危ういものであることも理解していた。
だからレドリックは、姉に対して自分の正体は名乗る気はさらさらなかった。
事前にブライアントと「王宮から探りを入れに来た一貴族」という設定を作りこんで、入念にシミュレーションを繰り返していたくらいである。
だが、姉であるエリスの姿が見た瞬間。
お店の扉が開いて、奥からティーナに先導されたエリスが出てきたとき。
レドリックは、完全に言葉を失っていた。それまで考えていたすべてのものが、頭の中から吹き飛んでいった。
似ている。
最初にそう思った。身内にしか感じることができない親近感のようなものを、見た瞬間から感じ取ることができた。
「似てるな……」
同じことを感じたのだろう。横に居たブライアントがぼそっと小声でつぶやいた。
だがレドリックが感じた衝撃は、それ以上だった。
魂の波動、とでも言うのだろうか。まるで自分の身体がエリスとシンクロしているかのような錯覚を覚えた。
「……あれ?」
どうやらエリスのほうも、同じように感じていたらしい。
そのことに気付いて、とうとうレドリックは我慢できなくなってしまった。
気がつくと、その場にいる居る誰もが……レドリック自身ですら予想していなかった行動を、彼は取ることとなった。
彼の口から飛び出した言葉は……
「姉さん……」
「えっ?」
いきなり声をかけられ、きょとんとしているエリス。
そんな彼女の様子を気にも止めずに、レドリックは……まるでこれまでため込んでいたものを吐き出していくかのように、言葉を重ねていった。
「初めまして、姉さん。私はあなたの弟です」
「えっ?えっ?」
「ちょ……おい!!」
何を言われたのか理解していない様子のエリスと、事前の作戦を完全無視したレドリックの暴走に慌てふためくブライアント。
だがレドリックは、完全に吹っ切れた様子でエリスのそばに近寄って行った。
身長は、十cm程度レドリックのほうが高いだろうか。それでも、背が低い部類であることに変わりはない。
少し下がり気味のまゆ毛に、垂れ目ながら、大きく見開かれた瞳が自分によく似ていた。
なによりも、父親譲りの紅茶色の髪がまったく同じだった。
加えて、魔力の波長からもこれまで感じたことがないような、お互い高めあっていくかのような感覚が伝わってくる。
なにか温かいものが、レドリックの全身を包み込んでいった。
こうなってしまってはもう、レドリックも止まらなかった。
「私は姉さんに会いに来ました。よかったら、少しお話をさせてもらえませんか」
「え?えええええええっ!?」
なにが起こっているのかまったく理解できずに、半ばパニック状態になっているエリス。
そんな彼女の肩に、そっとティーナが手を乗せた。
ティーナはレドリックのほうを見て優しげに微笑むと、店の中に入るように促してきた。
「初めての姉弟の顔合わせだろう?せっかくなんだから中で話していきなよ」
「……ありがとう、ティーナさん」
この僅かな時間に全てを察したティーナの親切な申し出に感謝しつつ、レドリックは嬉しそうに微笑み返すと、ゆっくりと自分の姉が暮らす「魔法屋」へと入っていった。
勢いに任せて予想外のことを口走ってしまったが、一度口に出してしまえばなんてことはなかった。
それどころか、あふれんばかりにいろいろと話したいことが浮かんでくる。
ここに来てよかった。レドリックは、心の底からそう思っていた。
ブライには申し訳ないけど、また来よう。きっと反対するだろうけど、別に悪いことをしているわけじゃないしな。
自分の真横で苦虫を噛み潰したかのような顔をしているブライアントに心の中で謝りながら、レドリックはそう心に誓ったのだった。
こうして、ブリガディア王国の王太子と、ただの平民となった一人の少女の……ささやかだけど不思議な交流が、この日を契機に発生することとなるのであった。