【TRUE END】 私、新しいお仕事を始めることになりましたっ!
人生における大きな変化とは、ある日突然……なんの前触れもなくやってくるもの。
そんなことは、私も今まで経験で十分知ってはいたけれど、今回のことは本当に何の前触れも無く突然やってきたんだ。
それは驚くべきスピードで、私の人生を劇的に変化させていった。
最初のきっかけは、ある人物の訪問から始まったと思う。
そのことが、私たち三人が離れ離れになってしまうきっかけになろうとは、そのときの私は考えもしなかったんだ。
◇◇◇
「あいかわらずこの店は閑古鳥ねぇ」
いつものようにぷらっと遊びに来たバレンシアが、カウンターの横に座ったままそう口にした。
残念なことにそれは事実だったので、カウンターにいたエリスも頷くしかなかった。
「もうちょっと品揃え変えてみたら?そしたら客足も伸びそうなんだけどね」
「でもね、ティーナがそれを嫌がるの。……なんでも、硬派な魔法屋が良いんですって」
「ふっ、プライドだけで飯が食っていけたら世話ないけどねぇ」
と、そのとき。からんからーんという音とともに、入り口の扉がゆっくりと開いた。どうやら来客のようだ。
「いらっしゃいませー」
バレンシアが営業スマイルを浮かべながらそう声をかける。
お店に入って来たのは、これまで見たこともない身なりをした人物だった。
白いヒゲを蓄えた、いかにも『魔法使い』といった感じのおじいさん。
左右に居るのは、身なりのきちんとした男の人と女の人。
一見して、それなりの地位に居る人物だとエリスは気づいた。
「いらっしゃいませ。なにかご入用でしょうか?」
「ふぉっふぉっふぉ」
エリスが声をかけると、そのご老人が嬉しそうな声で笑い出した。
「君がエリス君かね?たしかに……ふむ、なかなかじゃな」
「……?」
「いやいや、すまんかった。ところで今日はここにティーナというお嬢さんは居るかね?」
「ティーナですか?はい、少々お待ちください」
エリスはそう返事を返すと、奥でなにか魔法の実験をしているティーナを呼びにいった。
「ティーナ。あなた宛にお客様よ?」
「えー、また変な客じゃないのかい?」
「うーん、感じの良いおじいさんだったんだけどね」
「ふーん」
そう言いながらも、ティーナは実験らしきものを切り上げてくれた。
髪をかきあげながら、エリスの後についてお店の方に顔を出す。
「ボクになにか用?」
「ふぉっふぉっふぉ、そなたがティーナ君かね。これはまた話に聞いた以上の美少女じゃのう」
ご老人はそう言いながらもまた笑っている。
後ろに控えている男女は、さっきから一言も言葉を発しない。
次の瞬間、ご老人の目の色が急に変わった。これは……そう、殺気!?
右手に持った杖をさっと掲げたかと思うと、背中にばさっと『天使の翼』が具現化した。
さらに、後ろに控えていた男女も無言のまま強烈な魔力を発している。
まるで、魔法戦闘を挑んで来るかのようだ。
エリスとバレンシアは、何事が起こったのかと完全に立ちすくんでしまう。だがティーナだけは違っていた。
何の躊躇もなく、腰の短剣……『天使の器』に触れると、片翼だけの天使の翼を具現化させていたのだ。
「ほほぅ……。これはなかなかじゃな」
「……ちょっとじいさん、冗談にしては物騒なことするね。話の内容次第では許さないよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。これはすまんかったなぁ。力試ししたことはお見通しのようじゃな」
そう言うと、老人はふっと全身の殺気を消し飛ばした。
天使の翼も、まるで何事もなかったかのようにあっという間に消滅する。
老人は先ほどまでと同じただのおじいさんの雰囲気に戻っていた。それを見てティーナも自身の天使化を解除した。
どうやらこの老人は、ティーナの実力を試していたようだ。
だけどどうしてそんなことを?なにより、どこから「ティーナが天使である」という事実を知ったのか。エリスの疑問は尽きない。
「ふぉっふぉっふぉ。お詫びがてら、先に自己紹介をさせてもらおうかな。わしの名前は、ロジスティコス=ユニヴァース。こう言った方が良いかな? 『ユニヴァース魔法学校』の学園長じゃよ。後ろにおるのはわしの直弟子のフローレスとクラリティじゃ」
『ユニヴァース魔法学校』? その単語に、エリスは思わず両目を見開いて老人を直視した。
えええええっ!? この人がかの有名な『魔法学校』の学園長!?
エリスは、このおじいさんの正体を知って、心の中で驚きの声を上げてしまった。
◇◇◇
時刻は流れ、同日夜。場所は<愚者の夢>亭。
「いやぁ、驚いたねぇ。それにしても『魔法学校』の校長が直々に来るとはねぇ」
バレンシアが他人事のようにそう言いながら、ビールを美味しそうに飲んでいる。
いまはいつものように三人で夕食を取っていた。もっとも、バレンシアは飲んでるだけだったのだが。
「本当ね、しかもその内容がティーナの『魔法学校への編入試験』だったなんてねぇ」
そう、今回ロジスティコス学園長は、別の用事でイスパーンの街に寄ったついでに、ティーナを魔法学校の特別編入生としてスカウトしにきたのだった。
「それにしてもレイダーのやつ、ボクのことを売りやがって。今度会ったら殴ってやる」
ティーナはそう言いながら、ぶすぶすとフォークを目の前にある肉に突き刺していた。
結局あとで判明したのだが、ロジスティコス学園長にティーナのことを推薦したのは、なんと『英雄』レイダーだった。
なんでもロジスティコス学園長とレイダーは旧知の中で、時々こうやって優秀な魔法使いに関する情報を交換しているのだという。
「まぁ良いじゃない。それにティーナにとっては願ったり叶ったりの話なんでしょう?」
「うーん、まあそうなんだけどね」
ティーナはかねがね「もっと魔法の勉強がしたい」と言っていたことを二人はよく知っていた。
それはどうやら自分の知識不足を自覚するとともに、魔法に未知の可能性を感じていたかららしい。
あとはもう一つ、決してティーナが口にすることはない、別の理由もあった。
「あんた、お店のこと心配してるんでしょ? それだったら、あたしとエリスにまかせときなよ! それにエリスも来年の春にはそっちに行くことになるんでしょ?」
そう、今回ロジスティコス学園長が魔法屋に来たことには、実はもう一つ理由があった。エリスに翌年の入学推薦状を渡すことだったのだ。
ちなみにこちらの方は、ジェラード国王の推薦だったので、エリスはさすがにお断りすることはできなかった。
「うーん、まぁすこし考えてみる」
ティーナはそう言っていたものの、エリスは彼女はもう答えを出しているのではないかと思っていた。
だが、次の日。事態をさらに急変させる事情が、エリスたちに発生することになった。
翌日、いつものようにエリスが店番をしていると、青い顔をしたレッドがお店に飛び込んできた。
レッド……レドリック王太子が来るのも二週間ぶりくらいかな?
やはり血は争えないということだろうか。エリスはなんだかんだでこの王太子に親近感を持っていた。
「レッド、久しぶり! 元気だった? ブライさんも連れずに一人で来て大丈夫なの?」
「姉さん! それどころではありません! 大変です!」
「えっ?!」
エリスの久しぶりに会う感傷も、レッドの一言で吹き飛んでいってしまった。
レッドが持って来たのは、エリス宛の一通の書状だった。問題は、差出人と内容にあった。
「へぇ……ジェラード国王からの手紙ねぇ」
エリスは、隅から隅まで舐めるように読んだ手紙を丁重にティーナに手渡した。
この手紙は、ブリガディア王国のジェラード国王による直筆によるものだったのだ。しかも、それを手渡すのは王太子であるレドリックという……他に比較のしようが無いほど、とてつもなく貴重で重要な手紙であることは間違いようがない。
だがティーナは、その手紙を一瞥するとそのままポイッと机の上に放り投げた。
「なっ! 国王の手紙になんて粗末な扱いを!?」
絶句するレッドをティーナは無視してエリスに問いかけた。
「で、これ、どうするの?」
「……どうしようね」
手紙に書かれていた内容とは……
隣国であるハインツ公国に居る、双子の王子と姫。その家庭教師にエリスを推薦する、というとんでもない内容だった。
「正直、私には姉さんをリガディア王国から追い出すような真似をする父上の心の内は判りません。ですが、『王族の家庭教師』という今回の話の内容自体はとても素晴らしいものなのです。だから、私にはこの話をどう判断すれば良いのかわからなくて……」
「なにもキミが判断するような話じゃないよ。決めるのはエリスだ。そりゃキミはせっかく会えた『姉さん 』と別れたくないのかもしれないけどさ」
「なっ!? ち、ちがっ」
ティーナは出会ったときからレッドに対してまるで礼儀が無かった。今回も慌てふためくレッドを無視して、ティーナはエリスのほうに問いかけてきた。
「回答は三日以内なら良いんだろう?それまでじっくり考えよう」
そう言ってやさしく微笑んでくれるティーナに、エリスはただ頷くことしかできなかった。
◇◇◇
その日の夜。
エリスはティーナ、バレンシアとともに、妖魔の森にある『デイズの小屋』に来ていた。
そこで……三人揃って今後の相談をすることになっていたのだ。
何かあったときに……こうして集まって相談するのが、『悪魔事件』以来の三人の間の決め事となっていた。
そうしないと、ティーナが勝手なことをしそうだったから……というのがその理由なのだが、今回は少し様子が違っていた。
「エリス。ボクは……キミがちっぽけな店で漫然とした日々を過ごすよりも、なにも知らない場所で刺激的な毎日を送った方が、きっとキミの将来のためになると思う」
最初にこう言って口火を切ったのは、ティーナだった。
彼女は、魔法屋を離れてハインツ公国に行くことに賛成していたのだ。
「それに、半年勤めたあとは『魔法学校』への入学が決まってるんだろう?だったら絶対にそうした方が良い。キミは、これからまだまだ学ぶべきだ」
「でも……魔法屋が……」
エリスが遠慮気味にそう口にすると、ティーナがふっと笑って首を横に振った。
「それなら心配いらない。ボクが残る」
「ええっ!?」
エリスは思わず驚きの声を上げてしまった。
てっきり……魔法学校に行くものだと思ってたのに。
「どうして……」
「エリス。ボクにとってここは……それなりに大事な場所なんだ。だけと、きみにとっては違う。キミには……新しい場所で、違う何かを見つけて欲しいんだ」
「そんな……そんなの、ダメだよ……」
「ワガママ言わないでくれよ。それにもう……これは決めたことなんだ。まぁ魔法学校も面白そうではあるけれど、ボクは他人と関わるのが苦手だしね」
そう言いながら、ちょっとだけ寂しそうに笑うティーナ。
どうしよう……それじゃダメだ。
なにかを伝えないと……
そんなことをエリスが考えていた、そのとき。
それまで沈黙を守っていたバレンシアが、ようやくその口を開いた。
「……よーし、二人とも。話は分かったわ。あたしが結論を出してあげる」
「えっ……?」
「ちょっと、バレンシア。キミは一体……」
何かを言いかけたティーナを指を突き出して制すると、バレンシアは立ち上がってエリスたちの側に寄って来た。
「いいかい。まずエリス、あなたはハインツに行って家庭教師をする。それはエリスが望んでることでしょう?」
「で、でも……」
「そしてティーナ、あんたは『魔法学校』に転入するんだ。そうして、自分の力の正体を確かめて来なさい。あんたは……そうしたいんでしょ?」
「ちょっとバレンシア。キミはボクの話を聞いてなかったの?ボクは……」
「話は最後まで聞いて。最後にあたし。あたしは……いえ、あたしが、魔法屋を継ぐわ」
その一言は、衝撃となってティーナとエリスの全身を貫いた。
バレンシアが魔法屋を継ぐ。
確かにその意見は素晴らしいもののように思える。
だが、実際にはそこにいくつかの問題があった。
「バレンシア、なにバカなことを言ってるんだ?キミは……冒険者になるのが夢だったんだろう?」
「そうだよ、確かに冒険者になるのはあたしの夢だった。
だけどね……この前あんたのおかげで『明日への道程』一行について行って、冒険者の真似事をさせてもらってさ……
そのとき、あたしは気付いたんだ。自分には一流の冒険者になる才能が無いってね」
「バレンシア……」
でも、そう言い切るバレンシアに、ちっとも悲壮さは感じられなかった。
むしろスッキリしたような……清々しい表情を浮かべていた。
「それにね、あたしには新しい夢が出来たんだ。
……何か分かる?」
「……なんだい?」
「それはね、あんたたちの帰る場所を守ることだよ」
そう言い切るバレンシアは……本当に美しかった。
カッコ良くて、惚れ惚れしてしまうくらい、素敵な表情を浮かべていた。
「ば、バカじゃないの?そんなこと言って……ボクがそんなことを望んでると思う?」
「あんたがどう思ってようと、あたしがそう決めたんだよ。文句ある?」
「むぅ……だいたいバレンシアは魔法使いじゃないのに、どうやって魔法屋を運営するのさ?」
「あぁ、それには良いアイディアがある。イスパーン商会の傘下に入ろうと思うんだ」
なるほど……とエリスは思った。
確かにイスパーン商会ほどの大企業の傘下に入れば、魔道具の調達は可能だろう。
その場合、魔法屋ではなく宝具店になるが……
「そ、それに実家はどうするの?『愚者の夢』亭を継ぐのはキミだろう?」
「いいや、そのつもりは昔から無かったよ。店は弟か妹に継いでもらうさ。それに……あたしは、どうせ持つなら『自分の店』を持ちたかったんだ」
「バレンシア……」
「もう何を言っても無駄だよ。これが……あたしたちにとって最善の方策なんだから」
そう言うと、バレンシアは……完全に黙り込んでしまったティーナを、優しく抱きしめた。
そしてこれが、一同の進むべき道の答えになった。
こうして……エリスたちは、自分たちの将来について、大きな決断したのだった。
そしてそれは……三人の『別れ』を意味していた。
------------------
それからの私たちは、本当に忙しく過ごした。
旅立ちまで時間が無かったし、なにより……新生活に向けて色々な準備が必要だったから。
まず魔法屋アンティーク。
ここについては、正式にバレンシアが引き継ぐことになった。
「あんたたちが帰ってくるまで、あたしが繁盛させてやるからねっ!」
そう言って、バレンシアは張り切っていたんだ。
ちなみに、イスパーン商会との連携話はうまくいったみたい。
近いうちにイスパーン商会から新しい魔法使いが派遣されてくるそうた。
その人とバレンシアで、このお店を切り盛りしていくことになるのだろう。
……新しく来る魔法使いさん、良い人だったらいいな。
私は色々な人に別れの挨拶をした。
特に私の元の両親……ボルトンとシャンテのふたりは、私がイスパーンの街から離れることを大変寂しがった。
……なんだかんだで、今までは簡単に会いに来れる距離だったからだ。
だけど、ハインツだとそうはいかない。
ましてや魔法学校まで行ってしまったら、もっと遠くなる。
少し湿っぽいお別れになっちゃったけど、二人は私のことを気持ち良く送り出してくれたんだ。
余談だけど、レッドがひどく落ち込んでた。
……そんなに私が居なくなるのが寂しいことなのかな?
まあでも、レッドには来年会えるみたい。
聞いたところによると、レッドも来年魔法学校に入学する予定らしい。
なんだか来年は大変なことになりそうな予感?
先に出発したのはティーナだった。
その日、朝から出発する彼女を、私たちは見送ることにした。乗合馬車の出発場所で、私たちは最後の別れを惜しんだ。
「あんた……本当に身体には気をつけなさいよ?なんかあったらいつでも帰ってくるんだよ……」
私は泣かないって決めてたんだけど、バレンシアが大泣きしながらそう口にしたんで、私もつられて大泣きしてしまったんだ。
「別に今生の別れってわけじゃないんだから、おおげさだなぁ」
そう言うティーナの目も、ちょっとだけ赤くなっていた気がする。
最後に……今まで見せた中でも一番の笑顔を私たちに向けて、ティーナは旅立って行った。
私たちは、馬車が見えなくなるまで手を振り続けたんだ。
そして最後は、私の番だった。
ティーナが旅立った二日後、私もハインツに向けて旅立つ日を迎えたんだ。
出発当日。
バレンシア、彼女の幼い弟と妹、彼女の父親であるスラーフ氏、私の育ての両親であるボルトンとシャンテ、イスパーン商会の会長フォア氏、その他顔見知りのお客様たち……
たくさんの人たちに見送られて、私は旅立つことになった。
「エリス、これあげる!しっかりがんばってね!」
涙をボロボロに零しながらバレンシアが渡してくれたのは、ハインツ公国のガイド本と、『ハインツの太陽と月』という名前の写真集だった。
写真集には、ティーナに匹敵するくらいの美少年と美少女が映っていた。
「すっごい美男美女だよね!まどわされたりしないようにね!」
「あはは、うん、気をつけるね!」
最後にガバッとバレンシアに抱きつかれてしまった。
そう言えば最初にバレンシアと出会ったときも、こうやって酔っ払ったバレンシアに抱きつかれたなぁ。
む、胸がおおきいから苦しいよ……
最後に……育ての両親としっかり抱き合うと、私は馬車に乗り込んだ。
そして、馬車はゆっくりと走り始めたのだった。
見送りのみんなが見えなくなるまで手を振ったあと、私は涙を拭きながら……自分のことを想った。
これから先、私にはどんな生活が待っているのか……
それは、今はわからない。
だけど、どんなときも……常に、前を向いてがんばって行こうと思う。
……私の、たくさんの思い出が詰まった魔法屋での生活は、今日でおしまいだ。
さようなら、魔法屋で働いてた私。
明日からはまた、新しい生活が始まる。
こんにちわ、新しい……未来。
『私、魔法屋でアルバイトを始めましたっ!』
【TRUE END】




