(番外編)勇者現るっ!? 前編
その日、エリスはいつものように店番をしていた。
午前中とはいえ、強い初夏の熱気に当てられて店内はかなり暑い。
ただでさえ夏が大キライなティーナは、こんな日の午前中はもはや使いものにならなかった。
普段はそんなに暑さは気にならないエリスでさえ、あまりの暑さに少し頭がぼーっとする。
……ちょっと空気を入れ替えようかな。
そう思って入口の扉を開けようと、カウンターから立ち上がったそのとき。
からんからーん。音を立てて、ゆっくりと入口の扉が開いた。
入ってきたのは、背の高い青年だった。
非常に筋肉質ながらスマートな身体に、一見して分かるような高価な鎧を身につけている。
おそらくは冒険者……それもかなり名の知れた人物なのだろう。
持っているオーラのようなものが、只者ではないように感じられる。
しかし、歴戦の猛者のような雰囲気とは裏腹に、その表情は柔和で優しげだった。
とりあえずはお客様のようなので、エリスは声をかけてみることにした。
「いらっしゃいませ!」
「あ、あれ? ここは、『魔法屋アンティーク』で良かったかな?」
「あ、はい。そうですけど……?」
どうやら彼は、昔ここに来たことのあるようだった。
魔法屋のあまりの変わりように驚いているらしい。
そうこうしている間に、後ろからぞろぞろと三人の人物が入ってきた。
「おいおい、なに突っ立ってんだよ?さっさと用事を済ましちまおうぜ!」
そう荒々しい声を上げているのは、ワイルドな感じの風貌のいかにも戦士といったいでたちの男の人。
「あいかわらず貴方は野生の獣みたいにうるさいですね。お店の中なのですから、少しは大人しくしたらどうですか?」
そう冷たくあしらっているのは、世にも珍しい水色の髪を持つ、長いローブを身に纏った長髪の美青年。
「ほらほら二人ともケンカしないで、せっかくだしお店の中でも見てみましょうよ!」
そう明るい声を上げるのは、セミロングの金髪をヘアピンで留めた若草色のワンピースを身に纏った女性。
そんな彼らを制するように、最初に入ってきたリーダーらしき青年が、相変わらず優しげな笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「急にお邪魔してすまない。俺はレイダーという者なんだが、こちらにデイズさんはご在宅だろうか?」
なるほど、デイズおばあさんのお客様だったのか。
納得したものの、すぐにはどう伝えていいかわからない。
エリスがどう答えようかと少しだけ逡巡したそのとき。
「……あれ、なんか騒がしいと思ったら、レイダーじゃないか。久しぶりだなぁ」
「そういうきみは……ティーナかい?」
騒がしいのを聞きつけて、奥でぐうたらしていたティーナが出てきたのだ。
「いやぁ、驚いたなぁ。こんなに綺麗になっているとは思わなかったよ」
「歯の浮くようなセリフはやめときなよ。『勇者』レイダーが言うと影響が多いんじゃないか?」
『勇者』と呼ばれたレイダーは、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。
だけどそれを聞いていたエリスのほうは心穏やかではなかった。
『勇者』? レイダー? どこかで聞いたことがあるような……
「ガハハ!ティーナちゃんじゃないか! あのときのガキンチョがずいぶん美人になったなぁ!! ちなみにそいつは最近『勇者』じゃなくて『英雄』って呼ばれてるんだぜ?」
「そのガサツな声は『野獣』ガウェイン? それに『氷竜』のウェーバーもいるんだね。こんな怪しげなお店に、あなたたちのような超一流の冒険者御一行様が来るとは何事? あー、あと、見覚えのない女の人も居るみたいだけどね」
「ちょっと!! あたしはベルベットよ! ベルベット!! あたしだって『明日への道程』の一員なんだからねっ!」
「あああああっ!!」
そこでようやくエリスは思い出した。
『英雄』レイダー。『明日への道程』
聞き覚えがあるもなにもない。
彼らは……
「もしかしてみなさんは、かの有名な冒険者チーム……『明日への道程』のパーティのみなさんなのですか?」
そう、彼らはこの世界で最強と噂される冒険者チーム『明日への道程』だったのだ。
これが、後の世において『史上最強の冒険者チーム』と呼ばれることになる6人組パーティ『明日への道程』のうちの四人と、エリスが初めて出会った瞬間であった。
それからエリスは改めて自己紹介された。
リーダーの『英雄』魔法剣士レイダー。
1対1なら世界最強の戦士と言われる『野獣』ガウェイン。
年齢不詳の美青年、青い髪に青い瞳の魔道士『氷竜』ウェーバー。
金髪で若草色のワンピースの魔法使い『うら若き魔女』ベルベット。
彼らは現在四人のパーティで、すでに数々の偉業を成し遂げていた。
有名どころで上げると、『ベルトランドの魔獣群の撃退』『アユラン遺跡の謎の解明』『魔王復活の阻止』『ハインツの火龍討伐』などである。
……どれ一つとっても、簡単にはなしえないであろう偉業ばかりだ。
なんだかすごい人たちが来ちゃったなぁ。呑気にもそんなことを考えてしまうエリスであった。
◇◇◇
「へぇー、なんだか独創的で小洒落たお店ね」
ベルベットがステキな言い回しで魔法屋の店内を褒めてくれた。
なんだかエリスは逆に気恥ずかしくなってしまう。
「おいおいベル嬢ちゃんよ、さすがにそいつは褒めすぎじゃねーか?」
「ちょっとガウェイン、あなたはもう少し言葉遣いをどうにかしたほうがいいわ!」
ちょっとちょっと、私を無視して二人でケンカ始めちゃったよ……
「ふたりとも、しょうがないですねぇ。すいませんねぇエリスさん。……ところでこの紅茶、美味しいですね」
「あ、いえ。ありがとうございます」
そんな二人はそっちのけで、私と話しながら紅茶を楽しむウェーバーさん。
……なんだかなぁ、この状況。
エリスは突然やってきた今のこの状況に、完全に振り回されていた。
突然やって来た『明日への道程』ご一行であったが、リーダーであるレイダーは店の奥でティーナとなにやら秘密の話か商談をしており、取り残された残りのメンバーが、今は店の中をプラプラしていたのだ。
「でも、あなたたちみたいな若い娘がお店をやるなんて大変じゃない?別にそのことを売りにしているわけじゃないんでしょ?」
「あ、はい。ティーナがそういうの嫌がるんで、普通に商売してます。でも、本当に食べて行くのがやっとって感じですね」
「そうなの!いろいろと大変ねぇ、がんばってね!おねーさん応援しちゃうわ!」
鋭くつり目気味な目とは裏腹に優しげに話しかけてくれるベルベット。
そんな彼女に、エリスは好感を抱いたのだった。
と、そのとき。
奥で話し込んでいたティーナとレイダーが、ふたり一緒に店内に戻って来た。
そして開口一番それぞれの仲間に対してこう言い放った。
「エリス、ちょっといい?相談がある」
「みんな、ちょっといいか。相談したいことがあるんだ」
二人の口から全く同じ言葉が出て来たので、思わず顔を見合わせてしまうエリスたちであった。
◇◇◇
時は少し遡り、場所は魔法屋の奥にある部屋。
「そうか、デイズさんはお亡くなりになってたのか。その……そんなことも知らずに、申し訳なかった」
「いいよ、気にしないで。もう一年以上前の話だし、別にボクもおばあちゃんもそういうの気にしないタイプだから」
ティーナから事情を聴いたレイダーは、デイズが亡くなっていたことに驚いたあと、お悔やみの言葉を述べた。
さらっとそれを受け流すティーナに、レイダーは優しげな笑みを浮かべた。
「ところでなにか用があったんじゃないの?」
「あ、いや、デイズさんが居ないんだったらいいんだ」
「ん? もしかしておばあちゃんが作った魔道具の修理? レイダーはおばあちゃんの魔道具の常連だったもんね」
「……いや、そうじゃない。今回は違う用事で来たんだよ」
その言葉に、鋭く視線を飛ばすティーナ。魔道具が目的で無い訪問。そのことは、彼がデイズ本人に用があったことを意味していた。
それはおそらく……
「……もしかして、『天使』に用があったの?」
「あいかわらず鋭いね。そのとおり、ちょっと『天使』の手を借りる必要ができたんだ」
「でも、レイダーもウェーバーも『天使』じゃないか。それで手が足りないってどういうことだい?」
そう言いながら少しだけ頭を下げて考えていたティーナだったが、すぐに何か答えを見つけたようだ。
納得したかのように手を打って顔を上げる。
「……あーそっか。『グイン=バルバトスの魔迷宮』にまた挑むんだね」
「そこまでお見通しか。まいったな」
「前にレイダー、ガウェイン、ウェーバーの三人に、ボクとおばあちゃんを加えて一度行ったじゃないか。それくらいはすぐに想像つくよ」
そう言いながら全然参ったような様子を見せないレイダーに、さすがのティーナも苦笑する。
「『グイン=バルバトスの魔迷宮』に入宮するのに必要な『天使』は四人だろう? だったらレイダーのパーティーに魔法使いっぽい女の人がいたじゃないか。アレはダメなのかい?」
「ベルベットはまだ『天使』に『覚醒』していないんだ。だからあと二人天使が必要だったんだ。きみとデイズさんで揃うと思ってたんだけど……あいにくとそんなに簡単にはいかなかったようだ」
レイダーはそう言いながら手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置くと、ゆっくりと腰を上げた。
「急にお邪魔して悪かったね。もし他に天使が見つかったら、また君の力を借りに来るよ。それじゃあ……」
そうして、レイダーが立ち去ろうとした、その時。
「ちょっと待って」
ティーナが、レイダーを呼び止めた。
呼び止めながら、一人でぶつぶつと「あそこは別に魔力供給だけで良かったよな」とか「危険は無さそうだし、いけるかな」とか「こいつなら信頼できるか」などと呟いている。
少し怪訝な表情を浮かべたレイダーだったが、黙ってすぐにまた席に腰を下ろした。
「……幾つか教えて欲しい」
「ああ、答えれる範囲だったら良いよ」
「その仕事に、危険はある?」
「危険は極めて低い。道中は俺たちが護衛するし、『門』を開けたらそこでお役御免だからだ。中までは一緒に探索してもらう必要はない」
「そっか。それじゃ、報酬は?」
「天使一人当たり五十万エル出そう。もちろん道中の衣食住代と帰りの馬車代は全部こちらが持つ」
「……うーん」
そこまで聞いたところで、ティーナは少し黙り込んでしまった。
そんな彼女を急かすでもなく、ゆっくりと待つレイダー。
やがて意を決したティーナがその顔をゆっくりと上げた。
「実は……天使に心当たりがある」
「……なんだって?」
レイダーが驚くのも無理はなかった。
そもそも『天使』は、その存在自体が非常に貴重であった。そこいらにほいほい居るようなものではないのだ。
それに、『天使』のほとんどは優秀な魔法使いだったので、その存在は殆どが知れ渡っていた。
レイダーが知る限り、この近くに簡単にその身を貸してくれる天使は居ないはずだった。
「……ただし条件がある。そのぶん報酬は半分でいい。興味はある?」
「……聞かせてくれ」
「その前に条件を言わせて。ボクのことも含めてだけど、その天使の存在はなにがあっても絶対に秘密にすること。それと、秘密の理由や正体について一切深追いしないこと。交換条件として、なにか大切な秘密を一人一つずつ明かすこと。これが条件だ」
「なっ」
レイダーはこの条件にかなり驚いていた。条件内容そのものに、ではない。この条件が意味することに、だ。
この条件は、ティーナが紹介しようとしている『天使』が、極秘の存在であることを意味していたのだ。そんな存在、レイダーは聞いたことがなかった。
だが、同時にレイダーは理解した。これは、自分たちだからこそ出して来た話であるということを。
おそらくは、彼女はこの『天使』の存在を明かすつもりはなかったのだろう。だが自分たちのことを信頼して明かしてくれたのだ。
一見すると厳しい条件のように聞こえるが、おそらく彼女が出来るであろうギリギリの譲歩であることは、彼女の人となりを知るレイダーにはすぐに理解することができた。
「……わかった。ただこればっかりは俺の一存では決められない。みんなに相談して良いか?」
「ああ、わかった。ボクはエリスと一緒にこの部屋で返事を待つよ。それじゃあ呼びに行こう」
こうして、二人揃って奥の部屋から出て行ったのだった。
◇◇◇
「えー、なにそれ!? なんでそんな条件飲まなきゃいけないわけ? そもそも本当にそんな『隠れ天使』なんて存在してるの?」
「まぁまぁ、レイダーさんがそんな嘘を言うわけがないでしょう? ここは彼を信じてあげましょうよ」
「あたしはレイダーのことは信じてるけど、あの小娘のことは信じてないのよ!」
猛反発するベルベットに、なだめにかかってたウェーバーも苦笑するしかなかった。
このままでは埒が明かないと判断したのか、そんな彼女にレイダーはその真摯な瞳を向けた。とたんにベルベットが静かになる。
「ベルベット」
「な……なによ?」
「俺はティーナのことを信じている。だから、俺のことを信じてくれるなら、彼女のことも信じて欲しい」
その言葉にドッキーンとなるベルベット。急に顔を真っ赤にして視線をそらす。
「わ、わかったわよ。レイダーの言う通りにするわよ! それでいいんでしょ?」
「ありがとうベルベット。……お前たちは異論はないな?」
「ねぇよ。いつものことだろ?」
「私もありませんよ。あなたのことを信頼していますからね」
「ありがとう。これで余計な時間を使わずに例の魔迷宮に挑むことが出来るよ」
一同の同意が取れたところで、レイダーは奥の部屋に居るティーナに改めて声を掛けた。
ティーナから「これから話すこと、起こることについて、すべてボクに任せてもらえる?」という意味深な問いかけにエリスが頷いたとき、店内の方からレイダーが呼ぶ声が聞こえて来た。
二人揃って店内に戻ると、不満げな表情を浮かべたベルベットやそれをなだめるウェーバー、面白そうに笑うガウェイン。そしてレイダーは真剣な表情を浮かべてこちらを見ていた。
「答えは出た?」
「ああ。きみの条件を飲もう」
「……そっか。それじゃあ先にそちらの『秘密の開示』をしてもらおうかな?」
ええええええっ!?
どうゆうこと?
こうして、全く状況について行けずに戸惑うエリスを置いたまま、話が進められることとなったのだった。
◇◇◇
ことり、ことり。全員の前にエリスが淹れた紅茶が置かれてゆく。残念なことに、誰も口をつけることはなかった。
この部屋にエリスが居ることにベルベットは反発したのだが、「エリスについてはボクが保証するから」という鶴の一声でごり押ししてしまった。
そんな空気の中、まずはレイダーがのんびりと話し始めた。
「それじゃ、まず俺の秘密から話そうかな。俺が『天使』であることは有名な話なんだが、実は所有する三つの『天使の器』を使うことで、三種類の異なる固有能力を持つ『天使』になることができる」
エリスが手に持っていた安物のティーカップがかちゃりと音を立てた。
突然の、それも想像を絶する超弩級の秘密の暴露に動揺してしまうエリス。
だが動揺も冷めやらぬ中、続けてガウェインとウェーバーが自身の秘密について語り出す。
「じゃあ次は俺な! 俺は実は魔力を持っていて、肉体強化に特化した能力を発揮することができるんだぜ! ちなみにケダモノっぽい感じになっちまうから、皆からは『獣化』って言われてっけどな」
「続いて私ウェーバーですが……実は私、人間ではありません。あなたたち人間には『魔獣』と言われている存在です。本当の姿は『水龍』というドラゴンの一種になります。もちろん龍化しても『天使』になることができるのですよ」
な……な……な……!?
ものすごい情報の連続に、エリスの頭は半ばパニック気味になっていた。
今彼らが話している情報は、どれ一つ表沙汰になっていないものであった。
超有名冒険者たちの、明かされていない秘密の情報。
まさに世界中の英雄フリークの人たちが血眼になって探している、英雄たちの垂涎ものの情報と言えた。
そして最後に残った……不満げな表情を浮かべていたベルベットも、諦めた顔をして話し出した。
「わかったわよ! 言えばいいんでしょう! 言えば! あたしはね、遠い昔に滅亡した魔法国家『エターニヤ』の王家の末えいなのよ。まだ『天使』にはなれていないけれど、その素質は十分にあるわ。ま、そこを見込まれて『明日への道程』にスカウトされたんだけどね!」
「ウソつけ! レイダーに惚れて無理やりくっついて来ただけのくせに!」
「ちょ、ちょっとガウェイン! なんてことを言うのよ!」
大騒ぎをするガウェインとベルベットを他所に、ティーナは満足げな表情を浮かべていた。
「ありがとう。情報としては充分だったよ」
「じゃあ、約束通り教えてもらおうか。……『二人の天使』について」
レイダーの問いかけに、他の『明日への道程』のメンバーが息を飲むのが分かった。
だがティーナは意に介した様子も見せずに、頷いて口を開いた。
「一人目の天使は……ご存知の通りこのボクだ。それだけだと既に知っていたレイダーたちにアンフェアだから、もう一つボクの秘密も語ろう。ボクは、固有の『天使の器』に依存することなく『天使』になることができる」
「えっ……」
驚きの声を上げたのは、それまで騒いでいたベルベットだった。大きく目を見開いて、口をパクパクと開け閉めしている。
「あ、あなた、その若さで『天使』だったの!? それに、どういうこと……?レイダーですら特定された3つ 『天使の器』でしか天使になれないっていうのに……」
「すまないベルベット、お互いの秘密については深く干渉しない約束なんだ。だからそれ以上は……」
「え? あ、そうだったわね。ごめんなさい、それ以上聞かないようにするわ」
レイダーにそう諭され、渋々引き下がるベルベット。
だが完全には動揺から抜け出せていないようだった。
「納得した? 次に行って良いかな? それじゃあ、肝心のもう一人の天使なんだけど……それは、ここにいるエリスだよ」
「えっ?」
「「ええっ?!」」
完全に油断していたエリスは、突然のご指名に驚いて手に持っていた紅茶から目線を上げた。
驚きと好奇心に満ちた四人の視線が、自分に集中していた。
え? な、なんで私が現代の英雄とも言うべきこの人たちに注目されてるの?
「そうか、きみが……そうだったのか」
「へー、ただの平凡なお嬢ちゃんかと思ってたら、やるじゃんか!」
「ほほう。人間にもあなたたちのような存在が居るのですね」
レイダー、ガウェイン、ウェーバーが立て続けに賞賛の声を上げるのだが、エリスにはその理由がさっぱりわからなかった。
エリスはまったく自覚していなかったのだが、十代の天使というのは、王族などの一部の例外を除いてはまずお目にかかることができないものだった。
世界中を旅して回っている彼ら一行であれば、そのことは実体験として理解していた。
いま目の前に常識を覆す存在が居ることに、ただただ驚いていたのだ。
なので、ティーナが発した言葉の影響はエリスの想像をはるかに超えて絶大だったのだ。
「あ、あ、あ、あなた! あなたまで『天使』だったの!?」
ベルベットがわなわな震えながら、エリスに掴みかからん勢いでにじり寄って来た。
納得いかないのは彼女の方が上だった。
ベルベットはこれまで、同年代では並ぶものもないほどの魔法の才能を持っていた。そのことに対しての強い自負もあった。
だから『明日への道程』のメンバーに正式に参加できるようになったときには、「自分の魔法の力が認められた!」と心の底から喜んだものだった。
だが、いま自分の目の前にこれまでの自分の存在意義すらぶち壊してしまうかのような存在が現れたのだ。しかも二人も同時に、だ。
ベルベットからすると、その事実は到底受け入れられないものだった。
「う、ウソおっしゃい!! 到底信じられないわ! ウソではないというなら、今ここで天使になってみなさいよ!」
鬼のような形相を浮かべて迫ってくるベルベットに、ティーナはうんざりした表情を浮かべてエリスの方を見てきた。
エリスはティーナの意図を察して、うんうんと頷く。
「わかったよ。見せるから納得したらこれ以上突っかかってこないでくれよ?」
ティーナはそう言うと、懐から『エンバスの紅玉指輪』を取り出して指にはめた。合わせるようにエリスも『ラピュラスの魔鍵』を右手にしっかりと握りしめる。
次の瞬間、白色の光がその場を包み込んだ。
ゆっくりとその光が去ったあとには、二人の大きな白い翼を持った『天使』が佇んでいた。
その姿を見て口笛を鳴らすガウェインの横で、ベルベットは顔面蒼白になりながらその場に崩れ落ちるのだった。




