茨木さんとマッチョ
茨木さんとお昼を食べたその日の放課後、茨木ファンクラブに呼びされた私。
マッチョな石田君のような人もいるため一夜漬けの私のバット裁きなんてたかが知れていると手ぶらで屋上に行った私を待っていたのは暖かい拍手だった。
皆が優しい笑顔で私に握手を求めてくる、そのまま思い思いの感謝を述べて屋上を去っていくファンクラブの人たち。どんな感じかというと校門から卒業生を見送る先生を想像してくれると分かりやすいと思う。
そして皆がほがらかに帰っていった後、残された私は意味がわかる筈もなく。
家に帰った後も1人、もんもんと考えていた。
翌日マッチョ石田くんに話を聞いてみると。どうやら昨日の茨木さんの笑顔を撮影することに成功したらしい。ファンクラブ内で販売されている茨木杏メモリー(定価2,000円也)ちなみにこの代金は茨木さんの生活向上のために使われているらしい。もしや2-Bの教室だけやたら備品が綺麗なのは!と石田くんの方を向くと輝く笑顔とボディービルダーのポーズで答えてくれる。ちょっと何が言いたいのかわからない。
勉強する姿、運動する姿、さまざまなシーンが乗っている。そして最後のページに収まっている‘笑顔’な茨木さん。この欄はずっと空白だったらしい。
こんな輝かしい笑顔が今後も見られるなら見守るべきだという結論に達した茨木ファンクラブ。
私はむしろよくやってくれたという事で昨日の握手会に至ったらしい。
「だったら最初から言ってよ!昨日リンチにされるかと思ったじゃない」
「はっはっはっ。すまん正直俺が昨日言う係りだったのだが、嫉妬して言わなかった」
「くそ、まっちょめ!!」
どうやら私が昨日もんもんと考えていた時間はマッチョな石田くんのせいだったらしい。
1年生の時に散々隣の席で数学教えてあげたのにこの仕打ちとは、と腹がたってお腹を殴るが硬い!石田君も全く効いていないようで笑っている。1年のときは体鍛えてなかったから効いたのに!
くそーと思っているときに茨木さんは登校して来た。
「おはよう望月さん、なにをしているの?」
「おはよう茨木さん。ちょっと石田君とお話を・・・」
「石田君・・・?」
「はひー!!」
標準装備の無表情で挨拶をしてくれた茨木さん。
私が質問に答え、目の前の人物の名前を茨木さんが呟いた瞬間、マッチョは奇声とともにその場にバタンと倒れた。まさしく一発KO!である。
「いま私なにかした?」
「ああ、大丈夫。彼はそういう人なの」
「そう、彼はなにかの病気なの?風邪もひかなそうなのに」
馬鹿そうだから。
そんな心の声が聞こえてきた気がした。
私も実際彼は馬鹿だと思う。
私の大丈夫に安心した茨木さんは
倒れている石田君を見て、不思議そうにしている。
「ところで茨木さん今日当番だよね。一緒に行っていい?」
「ええ勿論、経験者の人がいてくれてむしろ心強いわ。いろいろ教えてね。」
「うん、まかせて」
無表情ながらにその優しさを瞳に映して答える茨木さん。
こんなふうに茨木さんに話しかけてもらえるなんて1年生のころの私は想像できようか。いや、出来るはずがない。こんな特に取り柄もない、唯一あるとすれば私には何故か美形耐性があることぐらいだろうか。これのおかげで茨木さんや東野君とも話しがいつもどおりにできるのだ。
それにしても茨木さんは本当に美人である。
乙女ゲームだったら主人公。ギャルゲームだったら難易度は☆5つだろう。
「東野くんだってもてるからきっと難易度はSS級。
ED名はずっと一緒とかでラブラブな2人が手を繋いでいるスチルなのだろうな。」
「そうかしら、あいつ財力がある上に頭いっちゃっているから監禁ヤンデレルートに直行すると思うけど。ED名にはこれでをプラスするべきね。」
「え?私いまなにか口に出していた?」
「ううん、なにも。」
目の前にいるのは、いつもどおり美しく気品のある茨木さんである。
先ほどなにやら嫌な匂いのぷんぷんする単語を聞いた気がするけど気のせいだろう。いやいやまさかね。気のせいかもしれないけど一応確認してみよう。
これで+ずっと一緒=これでずっと一緒
KOEEEEE!!
完全な独りよがりエンドじゃないですか。
これ以上のことは東野君の王子様イメージを壊しかねないから聞かないけど。
「そういえば茨木さんは東野君と仲いいの?」
「仲はよくないけど幼馴染よ」
けっ、ああそうすか。
美形には美形が集うわけですね。はいはいワロスワロス。
「へーすごいねーほんとうらやましいなー」
私のおざなりの返事に少し驚いた表情をした茨木さんは少しするとぽっと顔を赤く染め、その頬を冷やそうと手を顔に当てた。
その瞬間後ろから響くシャッター音。続いて響く歓声。
まーた写真撮ったな茨木ファンクラブ。
凄く可愛いけど顔を赤くするタイミングがわからない。
「こんな適当な反応されたの東野以外では始めてかも」
「えっ」
「皆凄く丁寧に対応してくれるのは嬉しいけど、望月さんみたいな反応って友達っぽくていいよね。」
てれてれとしながら言う茨木さん
なんか茨木さんの初めてをいっぱい獲得している私。
なんだか私も恥ずかしくなって下を向いた瞬間私の血の気はすっと引いた。
そう、いつのまに気付いていたのか倒れたまま茨木さんをなんとか見ようと凄い形相になっているマッチョ、I SHI DAを見てしまったのだ。
目が血走っていて怖い、昨日見たB級ホラーの殺人鬼なんて目じゃないくらい怖い。
茨木さんは何も見てない様子だったので話を強制的に切り上げ席につかせた。
まだ体が動かない石田君に怖いんだよという気持ちをこめて背中にパンチをしていると、その手をすっと綺麗だけれど筋張った男性の手にとめられた。
その手の主は東野君だった。
なんで東野くんが!?
と驚いている私の手をなでるようにしながら離し、あとは任しておいてといわんばかりに東野君は石田君を俵のように持ち上げ教室から出て行った。
身長は東野くんが高いものの、体格は石田君の方が大きい。にも関わらず軽がると持ち上げるとかすごいな。
どうやら私の腕を掴まれたのは見られてなかったらしい。セーフ!
女子からの石田ずるーい!!コールが教室中に響く。
そうか?正直私が東野君を好きだとしてもマッチョな石田君に嫉妬しようとは思わないけどな。しかも俵抱き、全然羨ましくない。
それにしても東野君のあの様子。
さすがにあの目つきは幼馴染的には駄目だったのかもしれない。
クラスメイトの私的にもアウトだったから余裕のアウトだな。
その後私も席に戻ろうと茨木さんの席の横を通ったときポツリと呟かれた一言。
「石田君死んだわね」には、流石に石田君の安否が心配になった。
ちなみに2限目になるまで東野くんと石田君は戻ってこなかった。
帰ってきたとき東野くんはいつも通りに対して、石田君は身体的には変化がないものの憔悴しきった状況で戻ってきた。
なにがあった
聞きたかったが私と目を合わせてくれない石田君。
話しかけようとしても逃げてしまい、そのまま放課後になってしまった。
背中を殴ったのをまだ怒っているのだろうか。
図書当番が終わって帰り道、近くまで一緒に帰ることになった茨木さんに石田君のことを相談してみた。あと、ついでにいかに石田君が茨木さんを好きなのかも熱く語ってみた。
それについてはドン引きしていたものの、茨木さんは話を全て聞き終わり頷いた。その後おもむろに携帯をとりだしメール画面を開いた。ちらりと見たあて先は東野君である。なぜ東野君?
1分ほどで打ち終わりメールを送信した茨木さんはやりきった顔をした後、折角携帯をもっていることだしと私に番号を聞いてきた。もちろん断る筈もなく番号を交換した。
はっきり言おうこの瞬間私の記憶の中から石田くんは消え去った。
このアドレスをいかにして死守するかを必死に考え。また電話帳に入った茨木さんの名前をデレデレしながら見つめていて忙しかったからである。
翌日いつもどおりに挨拶をしてくれた石田君を見てようやく思い出したくらいだ。
心配かけて悪かった、とファンクラブ限定である昨日の照れている茨木さんスナップをプレゼントしてくれた。ありがてーと胸のポケットにさっと入れる。家宝にしようと思う。
これでいつもどおりになったわけだが何故か石田君は昨日の事については頑なに口を開いてくれなかった。
うちらの仲なのにって言った時、石田君は顔を真っ青にし、冗談でもやめてくれと言う始末。たぶん東野君がなにかしたんだ。こわい
私は長いものには巻かれるたちなので知らないふりをすることにした。
茨木ファンクラブ及び東野ファンクラブ合同協定
第18条を4/10より追加する。
条例については下記の通りである。
旧校舎の図書館にて茨木 杏、東野 楓が当番の際に、前4ヶ月前より普段図書館を使用していなかったものは立ち入りを禁止する。また両名が図書委員に所属している情報をみだりに流すことを禁ずる。