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茨木さんと三者面談 上

高校2年生とは・・・概ねオギャーと生まれて大体17年が経ったと言う事である。

人間50年――織田信長公の言葉を借りるなら、まだ私は人生の折り返し地点にすら来ていない。更に、私は頑張って70歳くらいまでは生きるつもりだ。単純に計算すれば私はまだ人生の4分の1しか生きていないことになる。


 野獣感溢れる鋭い眼光、見る者を怯ませる覇気。それを兄貴肌という包容力で緩和しているダンディーな男、森口先生は呆れながら私の話を聞いていた。私の母は隣でこいつはもう駄目だ的な視線を送ってくる。大丈夫、君の娘はまだまだやれる。ボーイズビーアンビシャス、私女だけど。


「望月、お前が若いということはよく分かった。で、だからなんだ?」

「そんな若輩ものの私、今後の人生を決めるにまだ若すぎると思うんです」

「そうか。お前がどんなに屁理屈をこねようが、茨木と同じ大学にはいけないと思うぞ」


 すっ、成績表を付きつけられた。希望大学の評価はD判定、第2志望はB判定。

 脳裏に素敵で無敵な杏ちゃんの笑顔が浮かぶ。私は机にわっ、と泣きついた。


「あんなキラキラした顔で一緒に進学しよって言われて、馬鹿だからやっぱり無理☆だなんて言えないんですよぉ!!」

「普通に言えばいい、それに今から猛勉強すればなんとかなる可能性も」

「私に努力の才能があるとでも?」

「ないな」

「私のこと理解してくれる先生素敵っ!!」

「・・・望月の無駄にポジティブなところは、先生結構好きだぞ」


 ただ非常に残念だ、そう言って先生は軽くため息をついた。



***


『早紀ちゃんと、同じ大学に行きたいな』


 はにかみながらパンフレットを差し出した杏ちゃん。ページを捲り、私の横で一枚一枚丁寧に学校のいいところを紹介してくれる。お金の問題があるからと、私立ではない所をわざわざ選んでくれたらしい。

『無理にとは言わないけど。もしよければ考えてみて』

 恥ずかしがりやの杏ちゃんの精一杯。間違いなく後光が差していた。こんな魅力的な誘い、一体どうやって断れというのだ。ちなみに周りの皆、君達に言っているわけではないのだよ?皆の進路希望表が消しゴムで消されるのが早いこと早いこと。私も白紙の紙にパンフレットの大文字を写し、提出した。


 ちなみに、その後東野君からもパンフレットを渡された。既に杏ちゃんから誘いを受けた後だったためパラパラとページを開き、いい大学だねと褒めて丁重に掌の上にお返しした。そんな目で見られても進路希望は提出済みなのだ。石田君については私から杏ちゃんのパンフレットを奪おうとするため、軽く口論になったことをここに残しておきたい。サインとかないから!



「茨木は何故か望月が物凄く頭いいって思っているんだよなぁ。あ、いえ。決して娘さんの頭が悪いという意味ではないんですが」

 

 森口先生が母にフォローするように無理やり付け加えた。

 母は気にすることもなく私の頭を軽く叩き大きく笑った。


「あっはっは!大丈夫ですよ、この子の頭がおかしいのは昔からですから」

「お母さん、頭おかしいだと違う意味になっちゃうよ」

「ふふ」

「笑ってないで訂正して先生!でも笑い方可愛いね先生!」

「あんたは落ち着きなさい!」

「あ、はい…」


 母の一回目のステイ!で落ち着かないと物凄く怒られるため私は大人しく座った。

 対面にいた森口先生は笑いすぎて窒息寸前だ。こんな顔もするんだ、先生可愛い!興奮しそうになったらお母さんに再び睨まれた、すみません…



「と、とりあえずな。ふふ、望月とはよく話合っておくように。お前の人生なんだ。人に誘われたからではなく、自分が一番行きたい場所に行くべきだと先生は思う」

「杏ちゃんの笑顔を毎日見たい、それが理由じゃいけないんですかね」

 

 キリッとした顔を森口先生に見せた。当の先生は大して興味のない顔で持っていた紙のに正の字の一字を足した。


「そう言ったのは望月で11人目だ」

 先生毎回数えているのか。律儀な人だ。

「いい事言ったと思ったんですけどね。あ、その内の一人は石田君ですか?」

「・・・あいつは凄いぞ。茨木の髪の毛一本でも見られたら一週間は幸せですって言っていたからな」

「うわ、低燃費…」

「自分の両親の前で・・・あいつ、大丈夫か?」

「守りなんて彼の中には存在しません」


 攻めの一手しか持ってないともいう。

 石田君のご両親はおっとりとしたいい人達だから、きっと流してくれるだろう。石田君だけ、どうしてああなった。いや、彼はきっと愛に生きているだけなのだ。


「まぁ、あんたは石田君と付き合っているんじゃないの?」


 ガダン!と出入口の扉が揺れる、思わず3人で扉を見た。何事もなかったかのように森口先生と私が成績表に視線を戻すと、母もつられるように正面に向きなおす。  ふぅ、と一息ついてから問題発言をした母の肩を掴んだ。


「まってお母さんそれどこ情報?」

 初耳だった。私東野君と多分、おそらく付き合って?た気がするのだけどなー。

「だって石田君くらいしかあんた家に連れて来ないじゃない。夜も遅くまで2人で電話しているし。お母さん石田君嫌いじゃないわよー。いつも手土産を持ってきてくれるし、礼儀正しいし」

「石田君だけはない。本当にないからっていつも言ってるじゃん!」


 何故だろう…母の後ろ、中庭から圧迫感を感じる。心臓が大げさな音をたてはじめた。

 

「あんたもよく石田君家に遊びに行くし。この間スーパーで会ったときなんていつお嫁に来てくれるのかしらーって、清子さん嬉しそうだったわよ」


 清子さんは石田君のお母さんの名前だ。遊びに行くと優しく出迎えてくれる、石田君がいなくてもいつでも来てねと言ってくれるので、ついついお邪魔してしまうのだ。

「違うの!石田君の母方のおじいちゃんがメロン農家で、父方のおじいちゃんが桃農家で、食べきれない程毎年送ってくれるから食べに来てって…」

 最近では石田君抜きで清子さんとメロンと桃を食べる会になっている。

 

「石田の家の祖父母の職業まで把握するなよ。誤解されてもしょうがないぞ」

「ぐぅ!」


 ぐぅの音も出ない、出たけど。



「石田君。コルクボード一面に女の子の写真を貼っているらしいわね。2次元に夢中になるのは結構だけど、毎回律儀に石田君の妄想に付き合ってくれるあんたに申し訳ない、いい加減現実を見た方がいいって心配していたわよ。付き合ってないなら早くくっ付いちゃいなさい。」


 やめてお母さん!心臓を誰かに鷲掴みにされている気がするの!!

 中庭のしげみからダーダン、ダーダンってBGMが聞こえる気がする。ジョーズかな?


「清子さん、杏ちゃんのこと2次元だと思ってたの!?その写真の子、3次元だから!お母さんは会ったことあるから。お見舞いに来てくれた綺麗な子のこと覚えてないの?!杏ちゃんだよ!ビューティーでキュートな杏ちゃんだよ!茨木杏ちゃん!」



「覚えているわよ。でもあんたがいっっつも電話しているのは石田君でしょ。お母さん知っているんだからね。夜中までぺちゃくちゃぺちゃくちゃ」

「違うのお母さん!杏ちゃんに深夜電話かけたら迷惑だからしないだけだよ、大事だからしないんだよ!」


 石田君なら深夜3時でも電話できる。逆に石田君から2時ごろ電話かかってきたことがある。つまりお互いがお互いを大事にしてない。話す内容も杏ちゃんの話しかしてない。

「えーと、お母さん。東野という男のことは御存じで?」


 森口先生が助け舟を出してくれた!


「ええ、早紀の見舞いに来てくれたハンサムな子ですよね?」

「この間から私と東野君、付き合っているんだよ!!」


 あ、なんか中庭の圧迫感が減った気がする。


「まぁ!…あんた、騙されているのよ」


 興奮したように口に手を当てた母はすぐに沈静化し、私の頭を撫でた。慰めるようにというよりは、現実を見なさいと言われている気がした。

 だよね、そうなるよね。


「50回くらい確認取ったけど・・・本当だったし」

「取り過ぎだ」

「信じられなくて。狐に化かされているんじゃないかと…東野君に塩ふりかけても変化はありませんでした。多分本物です」

「そこまでしたなら多分は取ってやれ。よく怒られなかったな」

「事前に許可は取りましたよ。私も東野君に全身ファブリーズをかけられたことあるので、お互い様かなって」


 あの時私の全身から香るファブリーズの匂い。最早ファブリーズという名の香水状態だった。まだ物体である塩の方がましだろう。「塩振りかけていい?」って聞いた時は流石に困った顔はされた、ちょっと可愛かった。


「あらまぁ、本当なのね。あんなハンサムな子捕まえてくるなんてすごいじゃない!」

「捕まえたと言うより、檻持参で待機されていたがしっくりくるけどね!」


 檻の中に入ってないし、鍵も自分で持っている感じ。ベンツを自慢するかのごとく鍵を振り回している奴だ。


「どっちでもいいわよ。だからあんた第一志望がD判定でも余裕なのね、落ちてもお嫁さんになる、なんて夢を見ている場合じゃないのよ、分かっているの?あんなハンサムな子がいつまでも好きでいてくれる訳ないんだから。別れても子供と2人で生活出来るように、大学くらい出ときなさい」


 最早母の中では離婚されるまでの話が脳内で出来あがっているらしい。凄い、ある意味では信頼されている。というか結婚までは出来ると思っているのか母よ。大学進学と同時にふられると私は踏んでいるのに。



「別に大学の問題は東野君とは関係な」

「言い訳しない!」

「はい!」

「重ねるようで悪いが、実際第一志望は非常に厳しい。早めに茨木には言っておけ、受けて落ちました、の方があいつガッカリするぞ」

「はい…」

 森口先生が俯く私に視線を合わせ、伺うように見てくる。


「悲しませたくないの他に、言えない理由があるのか?」

「…杏ちゃんの悲しい顔を見たくないのもあるんですけど。言ったら、杏ちゃん自分の成績とか、やりたいことじゃなくて、私に合わせて進路を決めてしまいそうで。それって、なんか、違うんじゃないかなって」


ドォン!!と再び扉が揺れた。3人で再び扉を見つめる、前回が横揺れなら今回は縦揺れ。さっきと違うのは、その後に杏ちゃんのすすり泣く声が聞こえてくることだ。

慌てて机から立ち上がって扉を開けると、しくしくと泣いている杏ちゃん。With、杏ちゃんの涙が眩しすぎて床にへばりつく石田君がいた。扉の揺れの原因そっちかーい!


「杏ちゃん!?え、今のはなし聞いてたの?!」

「ごめんね…私、早紀ちゃんが無理していたのに気付かなくて。それどころか、気まで遣わせていたなんて」

「謝らないで!私の頭が悪いのがそもそもの原因なんだよ、誘ってくれたこと自体は嬉しかったんだよ!本当だよ!」

「早紀ちゃんにもやりたいことあったでしょ?そんなことにも頭が回らないなんて…」

「茨木さんの涙が尊い…」

 石田君まで床に寝そべって泣き始めた。ぶれないその姿、いっそのこと感心しかない。


 はらはらと落ちる涙をハンカチで受け止める茨木さんの手を、上からぎゅっと握った。不安そうに茨木さんが私を見つめる。ええい、ままよ!言いたいことをいえるのは今しかない。


「あのね。やりたいことがないから、大学はどこでもよかったの」

「でも」

「それは本当に本当。信じて」

「うん」

「だから誘ってくれて嬉しかった。それも本当、ただ私が杏ちゃんの想像よりかなり頭が悪いの。石田君と同じくらい」

「そう、だったの?」

「おい望月」


 石田君の言葉は私の耳にも杏ちゃんの耳にも届かない。成績中の中の人は黙っていて下さい。あ、だめだ。その場合私も黙らないといけなくなる。


「だから、同じ大学にはいけないの。杏ちゃんは優しいから、私がそう言ったら大学を変えてくれるだろうって期待しちゃうの、私がね!だから言えなかった。大学が違っても会おうと思えば会えるし、友達なのは変わりないでしょ?杏ちゃんが行きたいとこで、やりたい事をやるべきだから。」

「早紀ちゃんっ!」


 ぶわっ、涙を目尻に溜めた杏ちゃんが手を広げ、私の胸に飛び込んでくる。もちろんがっちりと抱きしめ返した。相変わらずいい匂いがする。

 おおー、と後ろから拍手が聞こえた。出どころは私の母と森口先生だ。


「たまに男前なんですよ、うちの娘」

「分かります。望月の決断力には思わずはっとさせられることがあります」


 大人目線やめて、恥ずかしい。

 泣く杏ちゃんを慰めてようやく落ち着いたころ、私の三者面談の時間は残り僅かになっていた。今更ということで、全員が扉付近に立っている。


「ということで、大学は考えなおします!」

「そうだな。お母さんもそれでよろしいですか?」

「ええ。進路については娘に任せていますので」

「じゃあこれで望月の面談は終わりだな。次が東野で今日は終わりだな」

「え、東野君ってまだ終わってないんですか?」


 三者面談は名前順だ。マ行よりタ行の方が当然前に来る。

 当然東野君はもう終わっていると思って話題にすら触れなかった。


「私の仕事の都合で最後になったんだ」

「へ…?」


 後ろから聞こえる声。振り向けば東野君に似た、ナイスミドルが私を見下ろしていた。

 その横には東野君のお母さん、可愛らしく手を振っている。東野君は相変わらずイケメンだけど、頭に葉っぱを数枚つけている。

 

「初めまして、楓の彼女さん」

「は、ハジメマシテ…」


 東野君のお父さんは、声まで渋い男の人でした。

下は近日中に投稿致します。

いましばらくだけお付き合い下さい!

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