茨木さんと体育祭2
茨木さんはさっき峰先輩をじっと見つめていた。
そしてその後、それほど間を置かずしてあの意味深なセリフ、
つまり茨木さんは峰先輩に気があるということなのだろうか。でも茨木さんが自分を避けないというだけの理由で人を好きになるのか?だとしたら石田君や東野君だって該当する筈だ。
当の石田君は首に高そうなカメラを下げ、サングラス着用という謎の組み合わせで目の前を通りすぎていく、かと思いきやこちらに気付いたようで小走りに近寄ってきた。
「望月、ほら」
そのまま石田君は首から下げていたカメラとは別の手に持っていたカメラを私に渡した。それは以前石田君が奮発して買ったという一眼レフだった。
「カメラ?」
「見れば分かるだろ。望月、お前にしか出来ない事だからしっかりやれよ。よし行くぞ、いざ決戦の場へ!」
置いてけぼりな私をよそに、ハイテンションな石田君はハイヤーと掛け声とともに右手を突き出し校庭に向かって走り出した、が、追いかけるわけがない。
姿が確認できなくなった時点で私は預かったカメラを起動し画像フォルダを開いた。
ずっと気になっていたけれど防御が硬すぎて見ることが出来なかったデータが手元にある。個人情報なんて高校生の好奇心の前には全て無効化されるのだ。
最近のものからこの間お出かけにいった際のものまで多種多様な茨木さんの画像が収まっている、というか茨木さんしかいない。オンリーロンリー茨木さん。
眉をしかめているとき、笑っているとき、困っている表情など見ているといかに茨木さんが飛びぬけて綺麗かがよく分かる。一枚一枚がこれ以上ないというくらい神秘的なのだ。
それはいいとして、よく黒い物体が画面の端にあって邪魔臭い。しかも結構な高確率で写っている。
「これ何だろう・・・UMA?」
すごい茨木さん、未確認生命体にすら好かれているなんて。
写真を次々に変えていくうちに気付いた。違う、これは私の頭だ。
石田君がかたくなに茨木さんにしかピントを合わせていないため私の頭がぼやみたいになっているのだ。そう思うとこの黒い物体も愛しく見えてきた。意外といいキューティクルしているじゃないか自分。
そのまま目を通していると、なにやら写真に共通点らしきものが見えてくる。どうやら石田君は茨木さんのはにかみ笑顔がお好きなようだ。あと重点的に下半身を写しているようだ。ほー、好きなポイントはすらりと伸びた足ですがそうですか。
しばらく続けていると最初の画像に戻った。私がふぅと満足して顔を上げると目の前に般若と呼んでも遜色がない石田君が立っていた。やばい写真に集中していて気付かなかった。
「もう試合は終わっているっていうのに望月、お前はなにをやっていたんだ―――?」
最初の一声で石田君の行動は決まる。つまり、いかにしてこの怒りを消化するかは私の力量に関わっているといっていいだろう。
「こういう性癖って、親しい人に知られると死ぬほど恥ずかしいってうちの兄が申しておりました」
怒ると皆、特に茨木さんにばらしちゃうよーと私は暗に言っているのだ。
その言葉にピクリと眉間のしわがよった石田君。更に恐ろしい顔になっていき思わずひぃと言ってしまった。どうやら作戦は失敗したらしい。
「そうだな、俺は今頭をぶつけて記憶を無くしてやりたい」
「自分の?」
「お前のだよ」
「それ痛いよ。豆腐ならぶつけていいからさ。」
「なんだその私が譲歩してあげている感は。くそっ見られることぐらい分かっていた筈だったのに!」
ばっと私の手から奪いとったカメラに手早くポケットから取り出したSDを装着し、それを返した石田君。どうやらあらかじめ新しいのは用意してきてあったらしい。
「もう時間がないから説教は後でいい。とりあえず行くぞ!」
「いえっサー」
調子がいい奴めと走りながら罵られたがただの真実なので何も言い返せなかった。
辿りついた校庭は撮影現場ですかと問いただしたくなる現状になっていた。
「うっ、眩しい」
きらきらした光の中央に向かって放たれている無数のフラッシュ。
カメラを持っている人たちは皆一様にグラサンを着用しているがそれでも視線は中央ではなく空や横を見ながら撮影している。眩しくて直視できないのだろう。
隣にいた石田君もちゃっかりかけている、私の分は・・・ないですよね。
茨木さんと東野君、そして2人を守るようにいる森口先生がいる中央を眺めつつ、石田君はほうと感嘆のため息をついた
「やっぱり茨木さんは綺麗だ」
全くだ。私もひとつ頷き返しようやく石田君がカメラを渡してきた理由を悟った。
石田君の持っているカメラはよくみるとテプラで両名ファンクラブ共有在庫と書いてある。
曰く、東野ファンクラブからも頼まれているそうで責任重大らしい。
つまり、私にカメラを預けたのは自分用の写真が欲しかったかららしい。しかもちゃんとピントのあっているものを
「私にも後で焼き増ししてね」
少し嫌そうな表情はされたがしぶしぶ頷いた石田君を確認した後、私と石田君はあの眩しい中央に突撃した。
「茨木さーん!」
「東野―!」
複数のグラサンから無数にたかれるフラッシュに眉を歪めていた茨木さんと、さすがに苦笑いしている東野君は呼び声に気付いたようでこちらに向かって走ってきた。その後を追いかけて森口先生も近寄ってくる。
その間もフラッシュは絶えず先ほどの場所で光っていて移動する気配がない。本当に皆見ないまま撮影をしているのか。
赤を基調とし、幾重にも重ねられた品のいい衣を身に着け、更には羽衣までしっかり再現されている。東野君は昔の格好ではあるが浦島太郎の代表的な腰みのがないためコンセプト自体が天の羽衣に変わったようだ。そうだね、流石に東野くんも亀は嫌だよね。
「望月さん、私一位になれたの!」
「おめでとう、2人の勇姿見てなくてごめん」
「そん」
「いいんだよ、気にしないで」
横からスッと現われた東野君は茨木さんと私の間に自然に入り込んだ。
そうすると東野君の体自体が壁になり、お互いが完全に見えなくなってしまう。
ちょっと!と澄んだソプラノ声とともに東野くんの肩から白い手がにょきっと現われたがそれは東野君によってもぐら叩きに似た要領でべしっと払いのけられ、そのまま猫のように襟口を掴まれた茨木さんはプラーンと浮いたまま、東野君に文句を言っている
「いいよ茨木さん可愛いよ!」
「東野、茨木さんをもっと右に頼む!」
「お前ら・・・」
助けるどころかシャッターチャンスを逃してなるものかと即座にカメラを構えた私と石田君に森口先生は心底呆れた顔をしているのがわかる
「あ、ちょっとまって望月さん、僕のカメラでも撮ってもらっていいかな?うちの母親がちゃんと茨木と仲良くやっているのか心配しているらしいから、その証拠写真を撮って欲しいんだ。決して茨木が好きとかそういうのじゃないし、そこはうちの母親も僕の部屋を見て承知しているだろうから心配しなくていいよ。あ、そうそういつ望月さんの家には挨拶にいけばいいかな。幸子さんにはもう挨拶はしてあるんだけれど、お父さんとお兄さんにはまだなんだ」
こんな怒涛のように話す東野君は初めてでどう対応すればいいのか反応に困る
「えーと・・・」
「分かりづらい上に気持ち悪いなんて・・・!とにかく写真を撮ればいいと思うわ望月さん」
茨木さんのナイスな翻訳によりやる事がわかったため東野君からカメラを預かり写真を撮影する。ふたりとも笑顔だがそのポーズのままで東野くんのお母さんが心配しないのか不安だ。
パシャリ
何枚か写真も撮り終わり、東野君にカメラを返そうと近づくとなにやら残念そうな様子
撮り残しでもあったかなと不安に思っていると東野君がぽつり
「僕のカメラの中は見ないの・・・?」
「えっ、なんで?個人情報だし見ないよ」
いきなり何を言い出すかと思えば見て欲しかったのか東野君。
石田君ならともかく、本人を目の前にして見るのは流石に上級者すぎて私には出来ない。
「どの口がそれを言うんだ。大体東野はその場にいなかったのになんで知ってるんだよ、」
「愛の力のなせる技だよ。俺がいかに望月さんが好きかわかるだろうと思ってね」
「盗聴器がなせる技でしょうが。ほら、望月さんが物凄い勢いで引いてしまっているわ」
思わずカメラを片手に距離を置いてしまった。
前々からなんとなく東野君から好意を感じていたけれどまさかこんな小市民にと思って流してしまっていたことが悔やまれる・・・
「だから最近東野君のメールが私の気になっている話題ばっかりだったのか」
「どうしてその状況で何も思わなかったんだ」
「いや、普通に気が合うなーって思っていました」
「望月―――まぁいい。そのカメラちょっと先生に見せてみろ」
見せてみろといいつつ分捕るようにしてカメラは森口先生の手元に納まった。
それはまずいと東野君がカメラを取り返そうとするがそこはレスリング部顧問。東野君をアイアンクローしたまま片手でカメラをいじり出した。
全てを見終わった先生はため息をつき、そのまま東野君を解放しカメラも返却、どうやら教育者的にセーフだったようだ。
「いかに望月が好きかは伝わったが見せないほうがいい、いや絶対見せるな。嫌われるどころじゃすまないぞ。あと望月はもう少し女の子らしく、しおらしくしような」
頑張ろうなと滅多に見せない森口先生の慈愛の眼差しとともに贈られた言葉。
そんなことより写真が尋常じゃなく気になる。滅多に動じない森口先生を動かした画像とは一体どんなものなのだろう。―――私にとってマイナスにしかならないことは分かるが気になるものは気になる。
その後いくら説得しようとも東野くんはその画像を見せてはくれませんでした。




