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茨木さんと調理実習2

まさか茨木さんが告白されたことがないとは驚くばかりである。断わられる以前に告白すらできないのは切ないとしか言いようがない。告白されそうもない私はその倍ぐらい切ない。


調理実習室に入ってみると授業開始5分前ということもあって大勢の男子生徒達がエプロンを付けて授業が始まるのを今か今かと待っている。この調理実習は3.4時間目を通して授業を行うため、そのまま調理したものがお昼になる。そのため失敗すると昼がなくなるということになり、そうならないようにと皆気合が入っている。

と、見せかけて茨木さんのエプロン姿を見ようとしていることは私にはお見通しだ。君達のボールに納まっているカメラは食材じゃない。


黒板にはグループごとに今日作る料理がかかれている。

私達のグループは東野君の希望によりカレーに決まったらしい。

らしいっていうのは私が保健室で気絶している間に決められていたからだ。正直助かった、私はカレーぐらいなら特別美味しくはないけど人並みに作れる。そう言った私を見て茨木さんは後方にいた東野君にその大きくて切れ長の目をそろーと向けて「まさか、いやまさかね」と呟いていてまじ意味深。深く聞こうと思わなかった私はその場をスルーしてしまったがその日の夜、東野君から『望月さんカレーは普通に作れるって幸子さんから聞いたよ。楽しみだな』ってメールが来たときはこいつ、やっぱりうちのお母さん狙いだったんだと戦慄が走った。なんで娘の私より先に名前で呼ばれているんだ幸子!幸子ーー!!と思わず叫んだらお母さんが下からダダダダダと凄い勢いの足音と共に上がってきてお母さんの名前を呼び捨てにすんじゃないよってはたかれた。痛い。

あれか、私は将を射となんとかって諺の馬扱いなのか。

メールの返事はその勢いあまって『私は馬じゃないよ』って返信したが冷静になった後どう考えても会話になってないことに気付いた。ごめん東野君。


他の班もチキン南蛮、酢豚、野菜炒め等さまざまな料理を作るようだがどれも共通点がある。

白飯がいることだ。

森口先生の判断により、飯盒係と調理係に分かれ調理することに決まっているのだ。理由は茨木さんと東野君を分かれさせることにある。流石ひげが生えていて色気のある頭のいい35歳はやることが違いますねって言ったら試験近いからって露骨すぎるだろって言われてしまった。何故ばれたし。

飯盒係は森口先生の監視のもと、校庭の隅にあるアウトドア部の資材をお借りして作ることになっている。男子が飯盒だと思いきや3班以外の男子は全員調理実習室にきている。女子は私達を除いて全員飯盒に行ってしまったのはもうしょうがないと思う。


香穂ちゃんもお手洗いから戻り茨木さんもこちらに来たため準備をしようとエプロンを付ける。香穂ちゃんは水玉の可愛いエプロン、茨木さんは紺のシックなエプロンで2人ともよく似合っている。自分のエプロンを見てみる、兄が小学生の頃に作った恐竜のエプロン。小学生が作っただけあってミシンの縫い目ががたがただ。でも、茨木さんから可愛いって言ってもらえた今日はエプロン記念日にしようと思う。


「よし、じゃあ頑張って作ろうか!香穂ちゃんと茨木さんは料理する?」

「お菓子はよく作るよ」

「私も母の手伝いでよく作るわ」

「おっけーわかった。じゃあ私皿洗いやるね!」

皮むき器なしでは何もできない私より料理がうまいことが分かったので一番技術力を問わない洗いもの係に立候補したところ戸惑いながらもそれでいいならと2人は了承してくれた。

長らく使われていなかったお皿やお箸、ボール等を洗っている最中暇なので周りを見渡してみる。家庭科の先生の怒鳴り声をバックミュージックに香穂ちゃんはコンロの方でフライパンを暖めている、茨木さんはじゃがいもを切ってくれているがその目つきは真剣そのもの、緊張している様子がこちらにもよく伝わってくる。

周りからはひそひそとじゃがいもになりたい、いや包丁に、俺はエプロンだとか様々な煩悩の声が聞こえてくる。人のこと言えないが料理したほうがいいと思う。

「茨木さん真剣だね」

「ええ、望月さんに美味しいって言って欲しいもの」

「そんなの、茨木さんが作ったものならなんでも美味しいよ!」

「ありがとう。ほんとに美味しくなるよう頑張るわ」

はにかんで笑った後また作業に戻った茨木さん。

視線が逸れたその瞬間、周りから溢れる殺気を感じたが最高にハッピーな私にはたんぽぽの綿毛が飛んでくる程度の威力しかなかった。

その間も先生の怒声は耐えない。お疲れ様です先生。



1時間30分後美味しそうなカレーとご飯がのったお皿を前に6人全員が集合していた。外でご飯を炊いていた石田君たちも頑張ってくれていたようで白米がきらきらと光っていて食欲をかきたてる。

他の班もなんとか間に合ったようで。全員席についているが各班で文句が飛び交っているのは普段料理をしない男子にアウトドアに慣れていない女子。美味しくできなかった所は多かった筈だ。森口先生が生徒を宥めながらこちらに視線をチラリと向ける。戸田君と香穂ちゃんが立ち上がり予め多く作っておいたカレーとご飯を少量だが各班に提供すると皆の不平不満はピタリと止まり、目の前に置かれた食料をきらきらした目でじっと見つめている。

ようやくおさまった教室を見て先生は呆れながらも安心したようでそのまま石田君の隣に着席する。ちなみに家庭科の先生はチキン南蛮を作った班と一緒に座っている。それを見た委員長は立ち上がりいただきますと懐かしい号令をかけるとみんなも続いていただきますと続け、ようやく食事が開始された。


味は当然ながらうまい、私の少ない語彙では表現できないけどとても美味い。

おいしいよと言えば茨木さんはカーと顔を真っ赤にした後照れを隠すようにカレーを意味もなくぐりぐりとしている。今、私は新婚生活の旦那さんの気持ちを感じた!一方香穂ちゃんは嬉しそうにでしょって言ってくれた。これもなかなかありだな。

「で、望月お前はなにをやったんだ」

「これを見てください」

「カレーか?」

「いえ、皿です」

「これがなんだ?」

「私が洗いました」

「なんで一番偉そうなんだお前」

頑張ったからだよ!茨木さんの精神にいたく感激した私は皆に不衛生なものを出してはならないと猛烈に洗ったのだ。そのことを理解してくれないなんてと森口先生をせめようとする前にとんとんとご飯の入った飯盒を叩く音、2人でそちらを見ると居たのはそれは充実感に満ちた表情をした石田くんだった。

「これ、俺が洗いました」

「ご飯をか?」

「いえ、飯盒のほうです」

「お前もか石田」

「ほとんど東野がやってくれたからな。俺も他の班の手伝いで何もしてないし」

どうやら森口先生は3班の様子はほとんど見ていなかったらしい。

石田君を見て脱力している。

そんな中、東野君はひたすらカレーと持参したらしいビニール袋を交互に見ることを繰り返していたが隣にいた茨木さんがなにかをぼそっと呟くとびくっと反応し慌てて正面を向いたため視線がぱちりと合ってしまった。

やばいなにか言わないと

「美味しいよ東野君」

ぎこちないながらもへらっと笑うと丁度周りも会話が途切れた瞬間だったらしく少しの間だけ無音になった中机の下でカチッという音がする。

その瞬間いきなり走り出した東野君とそれを追いかけるように立ち上がった茨木さん、そのまま2人は調理室から凄い勢いで出て行ってしまったのだ。


当然周りはぽかーんである。

そんな中面倒そうにため息をついた森口先生は2人を追いかけようと立ち上がる。

「食事を続けろ」と指示した後はだるそーに部屋から出て行ってしまった.


その後、5分もたたない内に2人を引き連れて帰ってきた先生は本当に凄い先生なんだなと思った。




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