茨木さんと調理実習1
調理実習、それは女子が料理できるんだぞアピールにもってこいなステージである。
私も料理は作れないことはないが感想を聞くと大概「あー」て言われることが多い。自分で食べてもあーてなるのは実証済みだ。つまりとても微妙な味である。
何故かうちの学校は調理実習に使う材料は全額自腹である。その分自分の好きな物を作っていいというので不満をいう人は少ない。
今回5人か6人の男女1グループを作ることになり、クラス内で再び一部の生徒を除いて抗争がおこりかけたが、この件については側で傍観していたダンディで人生経験豊富な森口先生がまとめてくれたため、グループは私、香穂ちゃん、茨木さん、石田君、東野君、委員長戸田君のグループに決まった。苦情は当然上がるが先生の「お前ら茨木や東野と組んでまともに料理作れるのか?無理だろ!!」と疑問からの全否定をしたためファンクラブ所属のクラスメイト達は文字通りぐぬぬ、となり反論が出来ないままグループ分けは終了した。
挨拶のときの香穂ちゃんの挙動不審ぶりは半端じゃなかった、普段どちらかというと大人びたイメージだったのにも関わらず、茨木さんを前にすると顔を真っ赤にしながらひたすら手を上下させているではないか。思わず大丈夫怖くないよー優しいよーとまるで始めて犬と戯れる子供とお母さんみたいになってしまった。
茨木さんについても黙って相手が近寄るまでじっと待つその姿はとても頭のいいワンコに見える。思わず頭を撫でてみるとびっくりした後くすぐったいわって笑ってくれてもう髪の毛さらさらだしいい匂いするし美人だけど可愛いわで私の頭はパーンとなりました。
今みているのは本当に同じ人間なのか、天使じゃなくて?と疑問にかられた私はふらふらと近くの壁により思いっきり頭をぶつけ、その後気付いたときには保健室の天井だった。
私が起きたのが気配で分かったのかシャーとカーテンを開けて私の様子を確認する立花先生。ゴキを見てキャーと言った保健の先生だ。整った顔立ちと常に少し困ったように下がっている眉が女子生徒のハートを掴んでいるらしい。
事故の内容は茨木さんから聞いていたようで私の調子がよくなったことを確認してから早々にお説教を頂いてしまった。自分が悪いので甘んじて説教を受け入れる。
話の内容からしてここまで森口先生が運んでくれたらしい。どうりで体からタバコの臭いがする筈だと、くんくん匂いをかんでいると一通り注意し終ったようで苦笑いした立花先生は落ち着くようにとお茶をくれた。うーん茶がうまい。
「君が保健室に来たときは大変だったよ。茨木君と東野君はあんな表情も出来るんだと驚いてしまった。」
「東野君がなんで出てくるんですか?」
「森口先生が君のこと運んでいる最中今にも飛び掛りかねない形相だったんだよ。茨木君も泣きそうになりながら森口先生に引っ付いていたし」
「そんなに2人に心配かけていたんですね。後で謝っておきます」
「うん、そうして。森口先生が騒がしいって2人を保健室からつまみ出した後、凄い落ち込んでいたからね」
「おー、あの2人に物怖じしないって森口先生凄いですね!私なんてすぐ平伏してしまいそうになるのに」
「それはそうだよ、全職員から厳選して担任を選んだのだから」
「流石レスリング部顧問っていったところですか・・・」
「それは関係ない」
ばっさり否定された私はそこまで元気なら大丈夫だねと保健室から追い出されてしまった。
教室に戻ってみると泣きそうな茨木さんと安心したような香穂ちゃんが出迎えてくれた。
心配かけてごめんねと謝れば大丈夫だよと2人とも返してくれたため、ほっと一安心。香穂ちゃんも茨木さんに対して普通になったようだ。曰く「早紀ちゃんの奇行を見ていたら我に返った」ということらしい。結果オーライじゃない、と鼻高々にしていたらだからってもうやらないでねと釘をさされてしまった。すみません気をつけますとだけ返事はしておいたがやらない自信がない。
ちなみに東野君にもお礼を言いながら近づくと爽やかな笑顔が一転、鼻をしかめた東野君。彼の手元からにゅっと出てきたファブリーズをいきなり全身にかけられてしまった。
私なにか粗相をしてしまったのではと顔が真っ青になる中、私の手をとりすんすんと匂いをかいだ東野君は満足そうに一度頷いた後、はっと気づいたとように王子フェイスに戻り気にしないでと足早に去って行ってしまった。
驚きと絶望で固まる私に様子を見ていた周りの皆が大丈夫、臭くないよと慰めてくれる。なかでも茨木さんのよしよしは強力で私のすさんだ精神はすっかり回復した。近くでこの泥棒猫!と言わんばかりに私を見ていた石田君にはどや顔をしておいた。
その次の日、いつも通り優しい笑顔で挨拶をした東野君、あの時の行動はなんだったのかと疑問に思うばかりである。
そんなこんなでまちに待った調理実習の日!
只今3人で家庭科室に移動中である。
「去年は早紀ちゃんと一緒にチャーハン作ったよね」
「パラパラするぞって意気込んだもんね。懐かしいなー。茨木さんはなに作ったの?」
「ハンバーガーよ。まぁ、私はグループの皆の邪魔にならないようにひたすら酢と卵を混ぜてたけど」
まさかのマヨネーズ係である。
「大人気だっただろうね、そのマヨネーズ」
「ええ、何故かね。プリンを作っていた班も貰っていってかけて食べていたけど絶対美味しくないのにと思ったわ」
「それは美味しくないよ。変だねー」
「そうよね。」
せめて別で食べればいいのに、いやしかし、私も貰ったら勢いでプリンの上にかけてしまいそうだ。まぁつまり
「茨木さんがもてもてってことだね。」
「そんな、もてないわ。告白されたこともないし」
「うそ?!」
「井上さんまで。ほんとうよ。手紙で呼び出しをされて、これは告白だと思ったら誰も来ない、なんてことばかりよ。」
多分告白しようとした人は緊張のあまり知恵熱だして早退したんだと思うよ。うん、同じクラスだった田辺君もそうだった。
それか抜け駆けすんなって争いがあったのかもしれない。
ちなみに井上は香穂ちゃんの苗字である。
そろそろ到着するぞというとき香穂ちゃんが調理室近くの御手洗いにいってから行くというので荷物を預かり茨木さんと2人で歩みを再開する。
「まぁ気にしてもしょうがないわ。それより東野のことよ。アドレス教えてからメールは来ている?」
「うーん、きてるといえばきてるんだけど…」
「だけど?」
「返事返してなくても来るんだよね。一定時間に朝夕晩と」
「・・・内容はどういったものかしら。」
「面白い情報とか時事とかが多いかな。ためになるよ!東野君みたいなメール送る人珍しいよね」
最近はもうメルマガ感覚になりつつある。本当に東野君という人はつかめない。
「ええ、そうね珍しいわね。私にはほぼ2文字の文しか送ってこないけど」
「2文字って文章として成立するの?」
「どうかしら、基本的にそうと違うしか返ってこないわね。」
「今日は何曜日とか質問形式だとどうなるの?」
「ggrksって。他に聞ける人いないから聞いてるのに…!」
「あ、うん次からは私にメールしてね。分かる範囲なら答えるから!」
「ありがとう、本当に望月さんがいてくれて嬉しいわ」
唇をかみ締めて悔しそうにした表情から一転ぱっと明るくなった茨木さんは照れを隠すようにたどり着いた教室にさかさかと入っていってしまった。
そんな茨木さんをほのぼのと見ていた後、先ほどのggrksの後、一瞬私の脳内の選択肢に上がった、やったね5文字だよは言わなくてよかったと本気で思いながら私も調理実習室に足を踏み入れた。
次回も調理実習続きます!




