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56 箱入り

 今日も元気にぽてぽてデチデチ。

 何度か谷に近づいて覗き込んでは、だめ?とお伺いを立ててくる。

 断崖絶壁。下手するとほぼ直角に駆け下りてほぼ直角に駆け上がる、とんでもない乱高下をかますことになる。

「やめろ、ポチ、コロ、タマ」

 大好きな飼い主に言われてポチコロタマの尻尾がしょぼん。

「やめろ、多分死ぬ」

 端的な反対だが、おそらく多分じゃない。

「やめてくださいね……?」

 どう考えても心臓に悪い。あまりにも断崖絶壁。

「俺たち落ちたら間違いなく死ぬ……いや、グルナとフィリは死なないかもだけど」

 危ない橋は渡らないに限るのである。だって振り落とされたら死ぬ未来しか見えない。

「いや、俺も死ぬが?ルシフェルと契約してるだけで身体は人間だぞ」

「え、飛べたりしねーの?」

「お前は俺たちをなんだと思ってるんだ」

 普通に振り落とされたら、七魔の契約者も死ぬらしい。ますます持ってやめたほうがいい。

「つーか、まだ渡れねぇの?」

「うぅむ……確かもう少し言った辺りに橋があったはずなんだがな……」

 首をかしげるグラナート。その記憶は一体何年前のものなのだろうか。

「…………え、それ本当に大丈夫か……?」

「どこまで行ってもこのままだった、じゃ話になりませんよ」

 不安。めちゃくちゃ不安。

「だ、大丈夫だ。行き来はあるんだから、橋もある」

「そりゃそうかもしれないけど……」

 なおも言い募ろうとした瞬間に、軽快にデチデチ歩いていたポチコロタマの足がピタリと止まった。

「お?なんだこのデケェ犬」

「ケルベロスのくせに毛並みも良さそうだし、てけぇだけであんまり強そうに見えねぇな」

「犬っころ、お散歩か?ちょっとその毛皮分けてほしいんだけどよ」

 治安が悪いとは聞いていた。が、こんな野盗のテンプレみたいなセリフを吐く奴らが野生(?)のケルベロスを襲撃してくるとは思わなかった。

「野盗?」

「野盗にしたって、ケルベロスに声をかけるのは……」

「毛皮狙いならむしろ追い剥ぎか……?」

 追い剥ぎだとしたら剥がれるのは生皮である。どうかと思う。

 アホなのかな、こいつら、とド困惑する人間たちをよそに、グラナートがさっと飛び降りた。

「貴様ら、うちの可愛いポチ、コロ、タマの毛皮をよこせだと!?バカも休み休み言え、そんなことしたら痛いだろうが!!」

 間違ってはいないを間違ってはいないのだが、果たしてそれでいいのだろうか。

「うわ、上に飼い主いたのかよ」

「ちょうどいい、そんなら金目の物と食い物置いてけ!」

 あまりにもテンプレすぎる。ウルラートたちが呆れた目で野盗どもとグラナートを見つめる中、肝心のポチコロタマはといえば、目の前に飼い主が降りてきたことで、遊んでもらえる!と言わんばかりに尻尾を振っている。

 本当にどうかと思う。

「貴様ら、うちのコたちが可愛いからって!うちのコだぞ!!やらん!!!」

「………いや、誰もケルベロスをくれとは……」

「つーか、ケルベロスにポチコロタマって……」

「やかましい!!うちのコには指一本触れさせんぞ!」

 野盗たちが手に持つ武器を睨みつけて怒れる魔王が剣を抜いた。怒れる魔王というか、イカれてる。

「………あれいいのか?あいつら、魔物じゃなくて魔族だろ?前に、俺の民に危害を加えることは許さんとか言ってなかったか?」

「いいんじゃないか、どうでも。あいつの親バカはだいぶ前からだってルシフェルが呆れてたし。なんか、このポチコロタマが生まれる瞬間に立ち会ったらしいぞ」

「あぁ、それで……」

 そういう問題ではないが、ひとまずグラナートの親バカ具合に納得した。子犬のころから育てたのなら仕方がない。

「それに、ごろつき数人程度でグラナートがどうこうなるわけもない。でも、一応降りておいたほうがいいかもしれない」

「なんで?」

「………ポチコロタマ、戦闘経験がない。箱入りだ」

 箱入り。箱入りケルベロス。絵面は完全に捨て犬である。

「戦闘経験が……ない……?」

「ケルベロスが……?」

 ぽかんとするウルラートとピスティにフィリテが頷いた。

「あの親バカが、こいつに戦闘をさせると思うか?」

「…………思わない」

「思いませんね……」

 満場一致。

「そういうことだから、一応降りたほうがいい。ビビって暴れて谷底に落ちたら目も当てられん」

 ウルラートとピスティは、目を見合わせてそっと頷き合い、ポチコロタマの背中を降りた。

 こうして、箱入りケルベロス(捨てられてない)を巡る戦いの幕が切って落とされたのである。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回更新は土曜日21時を予定しておりますので、またよろしくお願いします!

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