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俺の魔術は相場に乗る。

作者: ななくさ
掲載日:2026/03/14


 壇上は白い布と花輪で巻かれて、光だけがやけに綺麗だった。拍手は波みたいに寄っては返す。


 俺はその波の外。広場の端。屋台の影。背中側には城門へ抜ける人の流れ。


 石段の上に衛兵が二人。壇の脇に司祭が一人。どっちも笑ってない目で広場を撫でている。


「——皆さま。積立は、未来への贈り物です」


 聖女ニイーサが柔らかく言う。柔らかすぎて、言葉が布みたいに滑る。


「六十を越えれば、自力で魔力は生まれなくなります。だから今、溜めるのです」


 その一文だけ、妙に刺さった。老人が頷き、若い連中はよく分からない顔で拍手を続ける。


 俺の視界だけが、別の問題を抱えていた。


《MP》 88,800,000〔LIVE〕


 拍手の波の中で、誰も数字に怯えていない。誰も顔色を変えない。

 この板は――俺にしか貼りついていない。


「……何が積立ニイーサだ。くだらねえ」


 息に混ぜた毒を吐き捨てた。


「男なら黙ってフルレバで殴れ」


 隣の女が眉だけ動かす。「聞こえた」の顔。

 司祭の視線が刺さる。衛兵も一瞬だけこっちを見る。拍手の温度が、一段落ちた。


 俺は笑わない。笑うと余計に目立つ。

 肩をすくめて、人の背中に紛れて城門へ流れた。


 門をくぐると空気が変わる。石畳の匂いが薄くなって、土と馬の匂いが混ざる。

 王都の外れ道は呑気だった。荷車がきしみ、露店の串焼きが脂の匂いを撒いて、旅装の連中がぼんやり歩いてる。


 俺もぼんやり歩いた。ぼんやり“できてる”のが最高だった。


《MP》 88,800,000〔LIVE〕


 串を一本買って噛む。脂が熱い。頬が勝手に笑う。


「含み益の味がするよな」


 当然、誰も反応しない。俺の益は裏側にしかない。


 城門脇に並ぶ他の屋台を冷やかしていると、露店に空の蓄魔瓶が積まれていた。誰かがぶつかったらしく、ガラスが一斉にカチン、と噛み合う。

 その音が――あの夜の机の音と同じだった。


 匂いが変わる。脂が消えて、乾いた紙とガラスと夜になる。

 板が、記憶ごと視界に落ちてきた。



 机。瓶。帳簿。栓の金具。

 蓄魔瓶の肩を布で拭く。曇りを取って、目盛りの線をもう一度出す。

 いつもの積立。いつもの手順。


 栓を締めた、その瞬間だ。視界に透明な板が落ちてきた。剥がれない。目を閉じても残る。


《MP》 9,900,000〔LIVE〕


「あ、なんだこれ......新しい魔道具か?」


 板は黙って動く。体が先に反応する。頬が熱くなったり、喉が冷えたりして、いちいち腹が立つ。


 俺は瓶に手を伸ばした。癖だ。“ちょい足し”。

 指先から魔力をほんの少し流し込む。


 板の下に、ふざけた文字列が出た。


【BTC】×2


「……BTC? 二倍?」


 笑いが漏れかける。漏れた分だけ、もう一滴足したくなる。


×5

《MP》 12,800,000〔LIVE〕


「伸びた。——追加」


 声が軽い。手も軽い。

 ちょい足しの量が、いつもの倍になる。手つきが雑になる。


 次の瞬間、胃が浮いた。


《MP》 9,100,000〔LIVE〕


「おい! 落ちんな!」


 怒鳴った声が部屋の壁に当たって跳ね返る。

 その反射に、俺の指が無意識に動いた。取り返すじゃない。殴る。数字を殴る。


×10

《MP》 40,000,000〔LIVE〕


「来た来た来た! 十倍! はい勝ち! 追加! 追加!!」


 “増える”って感覚が、皮膚の内側から湧いてくる。息が浅くなる。肩が軽くなる。頭の奥が熱い。

 瓶が減るのが気持ちいい。減ってるのに増えてる。


 理屈が崩れる音がする。頭の中で。


 最後の一押し。


「……いいね。もっと」


 最後の一押し——これを最後にするから。


×100

《MP》 60,000,000〔LIVE〕


 頭の奥が、ぱちん、と弾けた。眩しいのに暗い。世界が薄いのに、殴れる。


「……っ、は」


 笑いが止まらない。


 机の上の帳簿が、紙くずに見えた。瓶が、ただの瓶に見えた。

 “積立”って言葉が、急に腹立たしくなる。


「積立? ……くだらねえ」


 試したくなる。掌を見て、部屋の灯りへ指を向けた。


「——火。ちょい、出ろ」


 豆粒のはずが、跳ねた。天井が一瞬だけ明るくなり、熱が遅れて頬を叩く。木の匂いが焦げる。机の端が黒くなる。


「おいおい! やりすぎだろ! ……いや、最高!」


 隣家の壁を叩く音。怒鳴り声。

 俺は窓を閉めた。現実が殴り返してくるのが、逆に気持ちいい。


 板は動き続けた。俺も動き続けた。冷めたら終わる気がして、寝られなかった。



 俺は王都外れの道を歩いてる。串は食い終わって、指先だけ脂が残ってる。

 視界の上は、相変わらず――


《MP》 99,012,740〔LOCK〕


「……時間外か」


 桁の並びが気持ちいい。意味はない。意味がないのが最高。


「俺、今なら魔王でも殴れるだろ、復活してくれてもいいぜ?」


 言い切った瞬間、足元の土が、ふっと湿った。

 水たまりでもないのに、靴底が吸い付く。草の匂いが急に薄くなって、代わりに喉の奥へ冷たい粉が入ってくる。


 前を歩いていた旅人が、咳き込んだ。乾いた咳が一つ。間を置かず、もう一つ。

 俺も息を吸って、吸ったことを後悔した。


 視界の板が、笑うみたいに点いた。


【情勢:流行病拡大】


「……は? ふざけんな!」


 札が降る。容赦がない。


-70%

-80%

-90%


↓ -99,012,320/強制ロスカット

↓ 420/残骸


「残骸って何だよ!! 俺の人生を勝手に残骸にすんな!!」


 胸の奥が、いきなり狭くなる。息が半分しか入らない。

 指先が冷える。関節が硬い。視界の端が、暗くなる。体が重くなり、揺らした指を草が切る。


《HP》 300 → 290 → 280…


「待て待て待て待て……っ、俺の命、秒で減ってんだけど!」


 怒鳴った声が咳に変わって、喉の奥が鉄の味に染まった。

 息が詰まる。指先が冷える。視界の端が暗くなる。


 道の脇、草の湿った溝でぷるん、と透明が揺れた。

 スライム。最弱。丁寧な速度で寄ってくるのが、逆に怖い。


「……おい。今はやめろって」


 威嚇のつもりで手を突き出す。――ただの手だ。何も出ない。

 踏ん張ると息が上がる。息が上がると、死が近づく。


 いつもの癖で、詠唱が出かかる。殴ればいい、と体が言う。

 でも“いつも”をやったら、持っていかれる。


「——火よ——」


 板が、一拍だけ冷たく光った。


【追証:HP】


《HP》 270 → 200 → 120…


「……っ、追証を命で取るな!!」


 俺は詠唱を噛み殺した。息も噛み殺した。

 減りは戻る。戻るだけだ。止まらない。


 スライムが一歩ぶん近づく。透明の中に、俺の顔が歪んで映る。

 情けなさが先に来る。次に、怖さが来る。


「話し合い……できるだろ。な?」


 口が軽口を探す。軽口しか出てこない。

 でも喉は乾いて、舌が上顎に貼りつく。声が割れる。


 俺は一瞬だけ、裂けた指先を押さえた。血がつく。

 プライドより、生き残るほう。俺はその順番を間違えない。


 土が湿って冷たい。額がすぐ汚れる。俺は土に額をつけた。


「頼む……! 今だけ見逃してくれ!」


 声が裏返る。笑えるほど必死だ。笑ってる余裕はない。


「今日——今日死ぬと困るんだよ!ここが底なんだ!多分!」


 息が詰まって、言葉が途中で千切れる。

 スライムは止まらない。止まらないまま、迷うみたいに揺れる。


「お願いだ……おれたちともだち!」


 スライムが、ぷるん、と止まった。

 世界が一瞬だけ“間”を作る。


 空気が張る。


《MP》 420〔LIVE〕

↑ +(一滴)


 指先の痺れが、ほんのひと呼吸ぶんだけ薄くなる。

 詠唱はしない。したら死ぬ。

 指を鳴らす。火花ひとつでいい。脅せれば、それでいい。


 俺は指を鳴らした。


【現物消費】


 ぱちっ。


 乾いた音。小さな光。指先が焼ける匂い。

 スライムが、ぷるん、と後ずさった。透明が一歩ぶん引く。


 俺は息を吸った。吸える。まだ生きてる。

 勝ってない。延命しただけだ。それで十分だ。


 「ふぅ、儲け儲け。命があるってサイコーだな」


 視界の端で、最後の札がいやらしく点滅する。


【ドオージ】


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「……は?」


 乾いた笑いが出た。喉が痛い。


 俺の指は震えていた。恐怖じゃない。

 あんなに痛い目を見たのに、俺の脳はまた、焼けようとしていた。

 

「次は、ドオージってやついってみるか?」


 了

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