俺の魔術は相場に乗る。
壇上は白い布と花輪で巻かれて、光だけがやけに綺麗だった。拍手は波みたいに寄っては返す。
俺はその波の外。広場の端。屋台の影。背中側には城門へ抜ける人の流れ。
石段の上に衛兵が二人。壇の脇に司祭が一人。どっちも笑ってない目で広場を撫でている。
「——皆さま。積立は、未来への贈り物です」
聖女ニイーサが柔らかく言う。柔らかすぎて、言葉が布みたいに滑る。
「六十を越えれば、自力で魔力は生まれなくなります。だから今、溜めるのです」
その一文だけ、妙に刺さった。老人が頷き、若い連中はよく分からない顔で拍手を続ける。
俺の視界だけが、別の問題を抱えていた。
《MP》 88,800,000〔LIVE〕
拍手の波の中で、誰も数字に怯えていない。誰も顔色を変えない。
この板は――俺にしか貼りついていない。
「……何が積立ニイーサだ。くだらねえ」
息に混ぜた毒を吐き捨てた。
「男なら黙ってフルレバで殴れ」
隣の女が眉だけ動かす。「聞こえた」の顔。
司祭の視線が刺さる。衛兵も一瞬だけこっちを見る。拍手の温度が、一段落ちた。
俺は笑わない。笑うと余計に目立つ。
肩をすくめて、人の背中に紛れて城門へ流れた。
門をくぐると空気が変わる。石畳の匂いが薄くなって、土と馬の匂いが混ざる。
王都の外れ道は呑気だった。荷車がきしみ、露店の串焼きが脂の匂いを撒いて、旅装の連中がぼんやり歩いてる。
俺もぼんやり歩いた。ぼんやり“できてる”のが最高だった。
《MP》 88,800,000〔LIVE〕
串を一本買って噛む。脂が熱い。頬が勝手に笑う。
「含み益の味がするよな」
当然、誰も反応しない。俺の益は裏側にしかない。
城門脇に並ぶ他の屋台を冷やかしていると、露店に空の蓄魔瓶が積まれていた。誰かがぶつかったらしく、ガラスが一斉にカチン、と噛み合う。
その音が――あの夜の机の音と同じだった。
匂いが変わる。脂が消えて、乾いた紙とガラスと夜になる。
板が、記憶ごと視界に落ちてきた。
◇
机。瓶。帳簿。栓の金具。
蓄魔瓶の肩を布で拭く。曇りを取って、目盛りの線をもう一度出す。
いつもの積立。いつもの手順。
栓を締めた、その瞬間だ。視界に透明な板が落ちてきた。剥がれない。目を閉じても残る。
《MP》 9,900,000〔LIVE〕
「あ、なんだこれ......新しい魔道具か?」
板は黙って動く。体が先に反応する。頬が熱くなったり、喉が冷えたりして、いちいち腹が立つ。
俺は瓶に手を伸ばした。癖だ。“ちょい足し”。
指先から魔力をほんの少し流し込む。
板の下に、ふざけた文字列が出た。
【BTC】×2
「……BTC? 二倍?」
笑いが漏れかける。漏れた分だけ、もう一滴足したくなる。
×5
《MP》 12,800,000〔LIVE〕
「伸びた。——追加」
声が軽い。手も軽い。
ちょい足しの量が、いつもの倍になる。手つきが雑になる。
次の瞬間、胃が浮いた。
《MP》 9,100,000〔LIVE〕
「おい! 落ちんな!」
怒鳴った声が部屋の壁に当たって跳ね返る。
その反射に、俺の指が無意識に動いた。取り返すじゃない。殴る。数字を殴る。
×10
《MP》 40,000,000〔LIVE〕
「来た来た来た! 十倍! はい勝ち! 追加! 追加!!」
“増える”って感覚が、皮膚の内側から湧いてくる。息が浅くなる。肩が軽くなる。頭の奥が熱い。
瓶が減るのが気持ちいい。減ってるのに増えてる。
理屈が崩れる音がする。頭の中で。
最後の一押し。
「……いいね。もっと」
最後の一押し——これを最後にするから。
×100
《MP》 60,000,000〔LIVE〕
頭の奥が、ぱちん、と弾けた。眩しいのに暗い。世界が薄いのに、殴れる。
「……っ、は」
笑いが止まらない。
机の上の帳簿が、紙くずに見えた。瓶が、ただの瓶に見えた。
“積立”って言葉が、急に腹立たしくなる。
「積立? ……くだらねえ」
試したくなる。掌を見て、部屋の灯りへ指を向けた。
「——火。ちょい、出ろ」
豆粒のはずが、跳ねた。天井が一瞬だけ明るくなり、熱が遅れて頬を叩く。木の匂いが焦げる。机の端が黒くなる。
「おいおい! やりすぎだろ! ……いや、最高!」
隣家の壁を叩く音。怒鳴り声。
俺は窓を閉めた。現実が殴り返してくるのが、逆に気持ちいい。
板は動き続けた。俺も動き続けた。冷めたら終わる気がして、寝られなかった。
◇
俺は王都外れの道を歩いてる。串は食い終わって、指先だけ脂が残ってる。
視界の上は、相変わらず――
《MP》 99,012,740〔LOCK〕
「……時間外か」
桁の並びが気持ちいい。意味はない。意味がないのが最高。
「俺、今なら魔王でも殴れるだろ、復活してくれてもいいぜ?」
言い切った瞬間、足元の土が、ふっと湿った。
水たまりでもないのに、靴底が吸い付く。草の匂いが急に薄くなって、代わりに喉の奥へ冷たい粉が入ってくる。
前を歩いていた旅人が、咳き込んだ。乾いた咳が一つ。間を置かず、もう一つ。
俺も息を吸って、吸ったことを後悔した。
視界の板が、笑うみたいに点いた。
【情勢:流行病拡大】
「……は? ふざけんな!」
札が降る。容赦がない。
-70%
-80%
-90%
↓ -99,012,320/強制ロスカット
↓ 420/残骸
「残骸って何だよ!! 俺の人生を勝手に残骸にすんな!!」
胸の奥が、いきなり狭くなる。息が半分しか入らない。
指先が冷える。関節が硬い。視界の端が、暗くなる。体が重くなり、揺らした指を草が切る。
《HP》 300 → 290 → 280…
「待て待て待て待て……っ、俺の命、秒で減ってんだけど!」
怒鳴った声が咳に変わって、喉の奥が鉄の味に染まった。
息が詰まる。指先が冷える。視界の端が暗くなる。
道の脇、草の湿った溝でぷるん、と透明が揺れた。
スライム。最弱。丁寧な速度で寄ってくるのが、逆に怖い。
「……おい。今はやめろって」
威嚇のつもりで手を突き出す。――ただの手だ。何も出ない。
踏ん張ると息が上がる。息が上がると、死が近づく。
いつもの癖で、詠唱が出かかる。殴ればいい、と体が言う。
でも“いつも”をやったら、持っていかれる。
「——火よ——」
板が、一拍だけ冷たく光った。
【追証:HP】
《HP》 270 → 200 → 120…
「……っ、追証を命で取るな!!」
俺は詠唱を噛み殺した。息も噛み殺した。
減りは戻る。戻るだけだ。止まらない。
スライムが一歩ぶん近づく。透明の中に、俺の顔が歪んで映る。
情けなさが先に来る。次に、怖さが来る。
「話し合い……できるだろ。な?」
口が軽口を探す。軽口しか出てこない。
でも喉は乾いて、舌が上顎に貼りつく。声が割れる。
俺は一瞬だけ、裂けた指先を押さえた。血がつく。
プライドより、生き残るほう。俺はその順番を間違えない。
土が湿って冷たい。額がすぐ汚れる。俺は土に額をつけた。
「頼む……! 今だけ見逃してくれ!」
声が裏返る。笑えるほど必死だ。笑ってる余裕はない。
「今日——今日死ぬと困るんだよ!ここが底なんだ!多分!」
息が詰まって、言葉が途中で千切れる。
スライムは止まらない。止まらないまま、迷うみたいに揺れる。
「お願いだ……おれたちともだち!」
スライムが、ぷるん、と止まった。
世界が一瞬だけ“間”を作る。
空気が張る。
《MP》 420〔LIVE〕
↑ +(一滴)
指先の痺れが、ほんのひと呼吸ぶんだけ薄くなる。
詠唱はしない。したら死ぬ。
指を鳴らす。火花ひとつでいい。脅せれば、それでいい。
俺は指を鳴らした。
【現物消費】
ぱちっ。
乾いた音。小さな光。指先が焼ける匂い。
スライムが、ぷるん、と後ずさった。透明が一歩ぶん引く。
俺は息を吸った。吸える。まだ生きてる。
勝ってない。延命しただけだ。それで十分だ。
「ふぅ、儲け儲け。命があるってサイコーだな」
視界の端で、最後の札がいやらしく点滅する。
【ドオージ】
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「……は?」
乾いた笑いが出た。喉が痛い。
俺の指は震えていた。恐怖じゃない。
あんなに痛い目を見たのに、俺の脳はまた、焼けようとしていた。
「次は、ドオージってやついってみるか?」
了




