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第7話 【緊急共闘】宿敵(ライバル)と一時休戦して「小さな命」を救出したら、脳筋と頭脳派の相性が良すぎた件

俺の宿敵、本田鉄平。 筋肉と衝動だけで生きるこの野蛮人と、まさか手を組む日が来るとは。 これは、神社の裏手で繰り広げられた、知性(俺)と野生(鉄平)による、小さな救出劇の記録である。

1.筋肉の敗北


 放課後。俺は三崎の守り神、海南神社の裏手をパトロール(散歩)していた。

 すると、静寂な境内の裏手にある資材置き場から、すすり泣く声が聞こえてきた。


「ううっ……ごめんよぉ……俺の手が、デカすぎて……」


 見れば、そこには幼稚園最強の武闘派にして、俺の永遠のライバル・本田鉄平がいた。彼は積み上げられた古材やベニヤ板の前で、膝をついて項垂れている。

 常に「力こそパワー」を地で行く彼が、これほど無力感を露わにしているとは珍しい。俺は無視して通り過ぎようとした。だが、孤高を愛する男は、敗者の涙を見過ごすほど冷酷ではない。


「……おい、鉄平氏。何をしている」


 俺が声をかけると、鉄平は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「り、理太郎……! あそこ! あそこ見てくれよ!」


 彼が指差した先。

 古びた重そうな木の板が斜めに倒れ込み、地面との間にわずかな三角形の空間を作っていた。その暗い隙間の奥に、小さな光が二つ見えた。


「ミャァ……」


 仔猫だ。

 まだ手のひらサイズの、茶色い毛玉。どうやら遊び半分で潜り込んだはいいが、出られなくなってしまったらしい。


「泣き声がするから覗いてみたら、あいつが落ちてて……。助けようとしたんだけど、俺の手、デカすぎて入らねぇんだよぉ!」


 鉄平が自身の丸太のような腕を見つめて嘆く。

 なるほど。彼は「持ち上げる筋力」はあるが、「持ち上げたまま、その下にある小さな物体を繊細に回収する」というマルチタスクに対応できていないのだ。

 質量とパワーに特化した彼のステータスが、ここでは完全に手詰まり(デッドロック)を起こしている。


2.作戦名:オペレーション・ジャッキ


「……状況は理解した。泣くな、見苦しい」


 俺は冷静に周囲をスキャンした。

 敵(障害物)は、推定重量15キロの木の板。

 ターゲットまでの距離は、大人の腕なら届くが、子供の腕ではギリギリだ。

 だが、俺たちの体格なら、板さえ退かせれば潜り込める。


「鉄平氏。俺と貴様で、パーティを組むぞ」


「え? パーティ? お誕生日会か?」


「違う。共闘だ。俺の頭脳ロジックと、貴様の筋肉フィジカル。これを融合させる」


 俺は地面に膝をつき、鉄平に指示を出した。


「作戦を説明する。単純だ。貴様がその筋肉で板を持ち上げ、維持しろ。その隙に、俺が内部へ突入し、ターゲットを確保する」


「……俺が持ち上げてる間に、理太郎が入るのか? もし俺が手を離したら、お前、潰れちまうぞ?」


 鉄平が不安そうに言う。

 確かにリスクはある。もし彼が力尽きれば、俺も仔猫もただでは済まない。

 だが、俺はニヤリと笑って見せた。


「貴様の筋肉を信じているわけではない。貴様の『根性』を計算に入れているのだ。……できるな?」


「……っ! 当たり前だ! 俺はしおかぜ組の横綱だぞ! 絶対離さねぇ!」


 鉄平の目に炎が宿った。単純な男だ。だが、今はその単純さが頼もしい。


「よし。行くぞ! オペレーション・ジャッキ、開始!」


3.知性と野性の勝利


「ぬんッ!!」


 鉄平が気合と共に、重い板の下に手をかけ、一気に持ち上げた。

 ズズズ……と重苦しい音を立てて、板が地面から離れる。鉄平の顔が瞬く間に真っ赤になり、額には玉のような汗が吹き出した。太い腕の筋肉が、まるで岩石のように隆起し、小刻みに震えている。


「ぐグググ……! い、いけぇぇぇ! 理太郎ぉぉ!」


 空間が開いた。高さにして、わずか三十センチほど。

 俺は一瞬、その隙間を見て息を呑んだ。もし今、鉄平の手が滑れば、俺はこの重量級の板に挟まれてぺちゃんこだ。俺の命運は、この脳筋男の握力のみに委ねられている。

 だが、鉄平の目を見た。

 充血した目は一点を見据え、微塵も迷いがない。「絶対に落とさない」という、鋼の意志がそこにあった。


(……信じよう。この筋肉バカを)


 いくぞ!

 俺は迷いを捨て、泥だらけの地面を這い、その隙間へと滑り込んだ。

 薄暗い空間。埃っぽい匂い。奥で震える仔猫と目が合う。


「……おい、チビ助。怖くないぞ。さあ、来い」


 俺は手を伸ばした。

 仔猫は「シャーッ」と威嚇したが、俺が構わずに首根っこを優しく掴むと、観念したように大人しくなった。

 確保完了。


「鉄平! 出るぞ! あと三秒耐えろ!」


「うおおおおお! どんとこぉぉぉい!!」


 鉄平の腕が限界を超えて悲鳴を上げているのがわかる。血管が切れそうだ。それでも、板はミリ単位たりとも下がってこない。

 俺は仔猫を抱え、バックで這い出した。

 俺の足が完全に外に出たのを確認すると、鉄平は「ふんぬぁっ!」と叫びながら、ゆっくりと、音を立てないように板を下ろした。


 ドスン。

 板が元の位置に戻る。俺たちは地面に転がった。俺の腕の中には、キョトンとした顔の小さな毛玉が無事に収まっている。


「……やった! やったぞ理太郎!」


 鉄平が満面の笑みで、汗だくのまま飛びついてきた。

 実に暑苦しい。泥臭い。だが、悪い気分ではない。


「ふん。貴様の単純な筋力も、使いようによっては役に立つようだな」


「へへっ、お前の『ゆうき』もすげぇな! ビビってなかったぞ!」


 俺たちは泥だらけの顔を見合わせて、ニカっと笑った。

 宿敵との一時的な同盟。悪くない成果リザルトだ。


「よし、まずはこのチビ助を安全圏へ移送するぞ」


「おう! 参道に出ようぜ!」


 俺たちは泥だらけになた服など気にも止めず、意気揚々と資材置き場を後にした。

 ふと、俺の脳裏にある記憶が蘇った。

 以前、女子たちが噂していたのだ。『鉄平くんが迷子の猫を助けていた』と。

 当時の俺は、それを「根拠のないプロパガンダ」だと一蹴し、奴を「粗暴な悪党」と断定していた。

 だが、今、俺の隣で鼻水を垂らしながら、仔猫の頭を無骨な指で撫でているこの男の顔は、どう見ても悪党のそれではない。


(……訂正しよう。あの証言は、真実だったのか)


 俺は心の中で、自分のプロファイリングデータに修正パッチを当てた

 本田鉄平。

 粗暴だが、弱きを助ける優しさを持つ男。……少しだけ、評価を上方修正してやってもいいかもしれない。

 達成感を胸に、仔猫を抱えて神社の裏手から表の参道へと出た、その瞬間だった。


「コラァァァ!! 服を泥だらけにして何やってんのあんたたち!!」


 雷鳴が轟いた。

 目の前に、買い物袋を提げた「親父の嫁」こと母・花代と、鉄平の母親が仁王立ちしていたのだ。

 どうやら夕飯の買い出しからの帰還ルート上で、我々は最悪のエンカウントを果たしてしまったらしい。


「ゲッ、母ちゃん!」


「母上……これは人命救助ならぬ猫命救助であり……」


 弁明は無駄だった。

 俺たちはそれぞれの母親に確保(逮捕)され、たっぷりと説教を食らい、そして泥だらけの服を洗濯機に放り込まれることになった。

 だが、助け出した仔猫が、鉄平の家の新しい家族として迎えられたと聞いた時、俺は密かにガッツポーズをした。


 筋肉と頭脳。  混ぜるな危険だが、混ぜれば最強。

 またいつか、世界の危機が訪れた時には、この「脳筋」と手を組んでやるのもやぶさかではない。


(第7話 完)

いつもお読みいただきありがとうございます! 今回はライバル・鉄平との共闘回でした。 いがみ合っていても、いざという時は背中を預けられる(物理的に命を預ける)関係、男の子っていいですね。


次回第8話予告

「夜の三崎、そこは「大人」という名の未確認生物たちが跋扈ばっこする、魔都へと変貌する。とある酒場に潜入した5歳児の、ハードな一夜の記録」お楽しみに!




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