第6話 【物理無双】港で暴れる迷惑配信者を、母上(レベルカンスト主婦)が「地域密着型スキル」で成敗した件
「何でも屋」の母のもとには、時折、厄介な依頼が舞い込む。 今回のターゲットは、三崎の港で我が物顔をする「迷惑系動画配信者」。 最新機器を操る相手に対し、アナログ最強の母がとった撃退法とは?
1.港の侵入者
日曜の昼下がり。
俺は、愛車の三輪車を整備しながら、ガレージ兼作業場にいた。
平和な休日だ。だが、その静寂は、血相を変えて飛び込んできた漁協の組合長によって破られた。
「花代ちゃーん! 大変だ! 助けてくれぇ!」
組合長は、三崎の海を知り尽くした海の男だ。その彼が、まるで幽霊でも見たかのように青ざめている。
リビングから、「親父の嫁」こと母・花代が顔を出した。
「どうしたの組合長? またカモメに弁当盗られた?」
「ちげぇよ! ユーチューバーだか何だか知らねぇが、若造が勝手にちっさい飛行機みたいなの飛ばして、網の作業場に入り込んでるんだ!」
ドローン。空飛ぶ無人航空機。俺のデータベースによれば、許可なき飛行は航空法および港則法に抵触する恐れがある。しかし、組合長は困り果てていた。
「注意しても『撮影の邪魔だ』って聞きやしねぇ。警察呼ぶのも大ごとだし……花代ちゃん、なんとかなんねぇか?」
親父の嫁は、ほほう、と目を細めた。
その瞳の奥に、かつて湘南エリアを震撼させたという噂の「伝説の総長」の光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。噂の真相は定かではない。
「わかった。……リタくん、出動よ」
「……了解した。戦闘記録(動画撮影)の準備をする」
俺はスマホを構え、母上の背中を追った。
2.ハイテク機器 VS 親父の嫁
現場である製氷所の裏手に着くと、そこには金髪の若者と、コントローラーを握る男の二人組がいた。
頭上では、プロペラ音を響かせて黒い機体がホバリングしている。漁師たちが作業する真上を、挑発するように飛び回っていた。
「おい、そこ! 危ないから退きなさい!」
母上が声を張り上げる。 金髪の若者が、気だるげに振り返った。
「あぁ? なんだよオバサン。今いいとこ撮ってんだよ。映り込むと再生数落ちるから消えてくんない?」
オバサン。その単語は、本田花代という絶対権力者の辞書において、最も忌み嫌われる禁断の呪文だ。
俺は静かに目を閉じ、心の中で合掌した。(南無……。貴殿は今、核弾頭の起爆スイッチをダンスしながら踏み抜いたのだ)
「……誰がオバサンだって?」
母上の周囲の温度が、急激に氷点下まで下がった。 だが、若者は気づかない。
「うるせーな。これ高いんだぞ? 壊したら弁償できんのかよ田舎もんが」
若者がコントローラーを操作し、ドローンを急降下させて母上を威嚇した。
ブォォン!
風圧が母上の髪を揺らす。普通の主婦なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。だが、我が家の絶対権力者は、微動だにしなかった。
「……ふーん。いい度胸ね」
母上は、足元に落ちていた「漁業用のタモ網(柄の長さ3メートル)」を拾い上げた。
構えは、剣道の上段……いや、あれは「竹刀を持った特攻服の構え」だろうか。
「おいおい、そんな原始的な網で、この最新鋭ドローンが捕まるわけ……」
若者が鼻で笑った、その瞬間だった。
ヒュンッ!!
母上がタモ網を一閃させた。それは視認不可能な速度で空を切り裂き――。
ガシャッ!!
「えっ」
若者の目が点になった。空中にあったはずのドローンが、消えていた。いや、正確には、母上の持つタモ網の中に「捕獲」されていた。
「捕ったどー!!」
母上は高らかに叫び、網の中で暴れるドローンを地面に降ろした。
【鑑定結果】:本田花代の動体視力=野生の猛禽類クラス。
3.説教と握り飯
「な、なにしやがる! 俺の機体が!」
若者が掴みかかろうとする。母上は、タモ網をドン!と地面に突き立て、仁王立ちで彼を見下ろした。
「あんたねぇ! これが大事なのはわかるけど、その下で働いてる人の頭が見えないの!?」
ドスの効いた……いや、腹の底から響く怒号。 若者がビクッと縮み上がる。
「万が一落ちて、漁師さんに怪我させたらどうすんの! あんたの再生数と、人の命と、どっちが大事なのよ!!」
「そ、それは……」
「道具は人を喜ばせるために使いな! 人を怖がらせて稼いだ金で食う飯は、美味いのかい!?」
正論。
そして圧倒的な「親父の嫁の圧」。
若者たちは、完全に気圧されていた。ハイテク機器も、ネットの数字も、この生身の人間が放つ熱量の前では無力だった。
「……す、すいませんでした」
二人は深々と頭を下げた。
一件落着か。俺が録画を停止しようとした時、母上の表情がふっと緩んだ。
「……わかればよろしい。ほら、これ食いな」
母上は、あの四次元トートバッグから、ラップに包まれた巨大な「おにぎり」を取り出した。具は、昨日の残りのワカメだろう。
「腹減ってると、ロクなこと考えないからね。三崎のワカメは美味いよ」
若者たちは呆然としながらもおにぎりを受け取り、一口食べた。そして、ボロボロと涙を流し始めた。
「……うめぇっす。母ちゃん……」
「誰が母ちゃんよ! お姉さん!」
母上は照れ隠しに笑い、彼らの背中をバンバンと叩いた。
帰り道。
俺は三輪車に跨りながら、母上を見上げた。
「母上。……ドローンの捕獲、見事な手際だった」
「んー? 私はただ、ハエ叩きの要領で網を振っただけよ」
ハエ叩き。
最新鋭ドローンを害虫と同列に扱うその感性。やはりこの女には勝てない。
後日。
動画サイトには『【神回】三崎の港で最強のオカンに説教された件』という動画がアップされ、なぜか三崎の観光PRとしてバズっていた。
親父の嫁は「私が映ってないじゃない!」と文句を言っていたが、画面の端に見切れるタモ網だけで、その存在感は十分に伝わっていた。
三崎の平和は、今日もこの絶対権力者によって(物理的に)守られている。
(第6話 完)
【作者より】 いつも応援ありがとうございます! 今回は「何でも屋」としての母・花代のエピソードでした。 彼女にかかれば、ドローンもハエも等しく「叩き落とすべき対象」のようです。
次回第7話予告
「宿敵、本田鉄平。 筋肉と衝動だけで生きるこの野蛮人と、まさか手を組む日が来るとは! 小さな救出劇の記録にご期待ください!
「5歳児なのにハードボイルド」
「最強の母と無口な父」
「三崎の港町でのスローライフ(?)」
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